車いすの野球競技

増田朋美

車いすの野球競技

車いすの野球競技

暑い一日だった。その日は、雨が降っていたけれど、なぜか暑い一日だった。まあ言ってみれば、蒸し暑いという言葉がぴったりの一日である。そういうわけで、みんなエアコンの聞いた部屋の中にいることが多かった。

それでも、お昼過ぎごろに、雨はやんで、太陽は出なかったが、曇っていながらも地面は乾いた。そうなると、外で遊ぶのが大好きな子供たちは、すぐに外へ出て、スポーツをして遊んだ。そういうことができるというのは、ある意味幸せなことだった。

蘭が、数日後に施術をする人のための下絵を描いて、さて、ご飯の支度するか、と考え始めたちょうどその時、自宅の居間に置かれていた、固定電話が鳴った。アリスは、産婆の仕事のため、出かけていた。仕方なく蘭は、固定電話のほうへ行って、受話器を取った。刺青の予約をするものは、蘭の携帯電話かメールで問い合わせるようにしているので、たぶん、妻のアリスに向けて、電話をよこしたのだろうと思った。

「はい、伊能ですが。」

とりあえず相手は女性かと思ったが、相手は男性であった。ということは、何かの勧誘電話とかだろうかと思ったが、

「ああ、伊能君かい?阿部慎一です。」

と、電話の相手は、蘭の同級生の阿部君だった。

「なんだ、阿部君か。どうしてうちの番号を知っているんだよ。」

と、蘭が驚いてそういうと、

「ああ、ごめんね。君の携帯電話に掛けようと思ったが、携帯電話の番号を忘れてしまって、それで君の自宅の番号を、電話帳で調べたんだよ。」

と、阿部君はそういっている。そうか、もう電話帳に登録しておく人も少なくなったが、そういえばうちはそうしていたなと蘭は思い出した。

「そうなんだね。で、今日はどうしたの?何かあった?」

と蘭が聞くと、

「ああ、あのね。今日、富士総合運動公園で、車いすの野球の試合があるんだよ。パンをもって、応援に行こうと思っているんだけど、チケットが余っているから、一緒に行かない?」

意外なものに誘われたものだ。野球観戦なんて、一生かかっても誘われることはないだろうと思っていたのに。

「車いすの野球なんて、できるのかい?そんなこと。」

と、思わず蘭は言ったが、

「何を言ってるの。そういうこと言うから、障害者スポーツが普及しないんでしょうが。蘭はそういうところ、偏見が強すぎるよ。そのためにも、車いす野球の試合見に行こう。幸い今日は、雨も、もう降らないみたいだし。もちろん、蘭が特に用事がなければだけどね。」

という阿部君。蘭はカレンダーを見た。どこにも予定は入っていない。下絵はもう書き終わっている。

「どうかな?一時にプレイボールだ。」

「わかったよ、阿部君。」

と、蘭は言った。阿部君は、今から迎えにいくから、と言って電話を切った。

三十分くらいして、ワゴンタイプの介護タクシーが、蘭の家の前にやってきた。その中に阿部君が

乗っていた。蘭は、よろしくお願いしますと言って、その中に乗り込む。阿部君は、大量のライムギパンを入れた袋を所持していた。

「それでは行きますよ。」

と、蘭が乗り込むと、運転手は、にこやかに笑って、ワゴン車を運転していく。確か、富士総合運動公園にある野球場までは、車でも30分近くかかる。

野球場についてみると、全日本車いす野球連盟と書かれた旗が、入り口近くに置かれていた。つまりこの組織が認定している野球チームの試合なのだろう。

蘭たちは、野球場の車いす席に座った。確かに、車いす席は、一寸選手が見にくい位置にあるのが難点であるが、一応試合内容は理解できた。対戦チームは企業が結成させた車いすの野球選手で結成されたチームである。でも、普通のプロ野球に比べると、観客の数も驚くほど少ない。でも、中には、本当に野球が好きな少年もいて、かっ飛ばせ!なんて叫んでいる声もよく聞こえてくる。もちろん車いすの野球なので、選手もみんな車いすに乗っているから、バットでボールを打って、一塁へ向かって激走し、一塁手と正面衝突ということも数多い。そういう時は、一塁手もバッターも立てないので、係員にいちいち起こしてもらうことになる。そういうところで蘭は、なんだか申し訳ないと思わないのかと思うが、車いす野球の選手たちは、そういうことは何も思わないらしく、平気でぶつかり合って、ひっくり返っている。

それにしても、車いすで野球なんかできるのかと、蘭は半信半疑でいたのだが、ちゃんと選手たちは、バットを振っているし、ちゃんとグローブをもってボールを追いかけている。楽しそうだ。それを見ていると、野球というものは、障碍者でもあこがれるスポーツなのかと蘭は思った。

試合は、健常者の野球と変わらず、9回裏でちゃんと終わった。満塁さよならホームランというような派手な展開はなかったものの、ヒット数の多さから、富士市出身の野球チームが勝利を収めた。

蘭は、どちらのチームを応援していたとか、そういう感情はわかずに、主に野球競技のシステムを鑑賞していたという節があるが、阿部君は純粋に、富士のチームを応援していたようなのだ。富士市のチームが勝利して、てを叩いて喜んでいる。

「なあ、伊能君、控室に行ってみないか?」

急に言われて、蘭は、あ、ああ、そうだねといった。そして阿部君に連れられて、選手控室に行く。

「こんにちは、勝利おめでとう。お祝いにパンを持ってきました。」

阿部君が、そういうことを言いながら、控室に入る。選手たちは、お互いに体を拭きあったり、お茶を飲んだりしている。一番近くにいた、車いすの中年の男性が、にこやかに笑って、それを受け取った。阿部君の話によると、野球チームの監督さんだという。コーチなどには何人か歩ける人もいるようであるが、監督さんは、車いすの人がなるのだという。

「どうもありがとうございます。」

と、にこやかに笑って、監督さんは、歩けるコーチにとりあえずパンの袋を渡して、選手一人一人に配ってもらう。選手の中には、発音が不明瞭なものもいるが、大体のものが食べていいかと監督に聞いている。

「はいはい、どうぞどうぞ。ぜひ食べてくださいませ。」

と、阿部君が言うと、選手たちは嬉しそうにパンにかぶりついた。中には、足が単に不自由というだけではなさそうな選手も多い。言葉が不明瞭だったり、一寸食べ方が幼いという選手もいる。でもみんな野球が好きで、野球をしたいという思いが顔に出ている人たちだった。

「そこにいる、着物の人は誰なの?」

ふいに選手の一人からそういうことを言われて、蘭は自分の顔を指さした。確かに、着物で野球観戦は珍しかったのか。

「ああ、この人は、刺青師の伊能蘭さんです。僕の同級生で、仲良しなんです。」

と、阿部君がそう説明したので蘭はちょっと、頭を下げる。

「蘭さんも、車いす野球をしたいの?」

と、選手の一人がそう聞いたので、蘭は、いやあ、そんなことはありませんと答えたが、着物を着た人物がやってきたということで、選手たちは興味を持っているようだ。蘭は、それをにこやかに見ている監督さんも、指導者として、しっかりしているなということを感じ取った。多分監督さんは、選手から慕われているんだろう。でも、何だろう、ほかのコーチやマネージャーのような人たちは、なんだか選手たちに対し、冷たい雰囲気がある気がする。

「監督の綿貫です。よろしくどうぞ。」

と、監督さんは、そういって、ほかの選手にも一人ひとり名前をいうように促した。彼らは、にこやかに笑って、自分のフルネームを言うが、周りのコーチたちが冷ややかな顔をしてそれを眺めている。

「もし、お時間がありましたら、来週もこちらで試合をしますので、良かったら来てください。今度は、静岡市内の強豪チームとの対戦です。20人だけしかいないうちのチームですが、頑張って、勝てるようにします。」

全員が名前を述べ終わると、綿貫監督が言った。蘭は、野球観戦というものをしたことはなかったが、ぜひまた見たいと思える野球チームだと思った。

「ありがとうございます。ぜひ、試合を拝見したいです。」

と、蘭は、にこやかに笑い返した。

「じゃあ、うちのチーム、バット綿貫のファンとなってください。お願いします。」

選手の一人がそういうことを言ったため、蘭は、変なチーム名だなと思ったが、それは言わないで置いた。

「いやあ、ありがとうございます。今日は、楽しめたよ。」

蘭は、帰りのタクシーの中で、バット綿貫のメンバーたちと一緒に取った写真を眺めながら、阿部君に言った。

「野球なんて足の悪い人間には縁起でもないかと思っていたけど、こうして面白いスポーツができてくれて、楽しめるようになったんだね。」

「そうだねえ。まだ、車いす野球というと、発展途上の段階にあるんだけどね。」

と、阿部君は、答えた。

「でも、楽しかったよ。あの、綿貫さんという監督さんがまたいいよ。いい指導者になりそうじゃない。きっと、ああいう監督さんなら、次の静岡市の強豪チームとも勝てそうな気がする。」

蘭は、阿部君にそういってみたが、

「そうだねえ。一見すれば、そう見えるんだけどねえ。」

と阿部君はいうのである。ということは、やっぱり、監督さんとコーチ陣が合致しないということだろうか。それでは、何だか、一寸監督さんがかわいそうな人だと思ってしまう蘭だった。

「それでは、うまくいってないのかい?あの監督さん、選手さんからは慕われているみたいだったけど。」

と蘭はちょっと聞いてみる。

「まあねえ。そういう事なんだよね。それで、君の意見を聞きたかったんだ。伊能君だたら、どう見るかなと思って。」

阿部君はやっと問題点を話した。

「そうだねえ。僕たちは、少なくとも、健康な人の恩恵を受けて、そうしなきゃ生活できないからね。確かに、トップが障碍者で、それ以外が健康というのは、人によっては逆になるし。」

蘭はとりあえず答えを言う。

「でもね、あの綿貫さんは決して悪い人じゃないんだよ。それはわかってくれればと思う。悪いのは、ほかの人たちで。なんで、足の悪いひとに、師事をされると妬ましく思えるという人が出ちゃうんだろう。」

「うーんそうだな。」

阿部君の問いかけは、まさしく答えの出ない問題だった。でも、綿貫さんとほかのコーチたちが、うなくいってないことは、まさしく事実だった。それを、問題として取り上げてしまう方が、なんだかおかしな研究者という意見もなくはない。

「でも、障害者スポーツとなると、やっぱり障害者が監督であった方が、選手としての経験もあるんだろうし、いいんじゃないの?やっぱり、野球の監督は、選手としてプレーした経験があった方が、

チームを引っ張っていくこともできるでしょうしね。」

蘭は、ありきたりの答えを言ってしまった。

「まあ、スポーツというとそうなんだけどねえ。」

と、阿部君は、一寸ため息をついた。まるで君の答えはそれくらいか、と言っているような目つきだった。それでは、蘭が野球のことを知らなすぎるとでも言いたげである。

「そうだねえ、僕は、野球の試合のことはあまりよく知らないからな。ちょっと教えてもらってから、また答えを出すよ。」

蘭はとりあえずそれだけ言っておく。

「まあ、それだけしか言えないけどさ。頑張って野球をやってくれというばかりだ。」

阿部君の顔に、蘭は、にこやかに言った。

その数日後。なんとなしに、富士市内のニュースを掲載している岳南朝日新聞を開いた蘭は、目を見張るほど驚いた。岳南朝日新聞のスポーツ面に、「車いす野球チームの監督、腕を切られてケガ」という記事が飛び込んできたのである。事件の概要は、新聞によると、夜道を歩いていた綿貫監督が、バイクに乗った人物にいきなり腕を切りつけられたそうだ。こういう記事が新聞に載るなんて、富士市の治安状況は、非常に良いということだろうが、逆に、こういう事しかネタがないということでもあった。蘭は、その時は、あまり気にも止めなかったのであるが、しばらくたって、アリスから、

「阿部君から電話。」

と、言われて、しぶしぶ応答したのである。阿部君は、どうしてこういう時に、携帯電話を使わないで、固定電話にかけてくるんだろうか。

「今日の新聞記事を見たかな?あの、綿貫監督の事書かれていたよね。僕は、見舞いに行こうかなと思うんだけど、伊能君もこないだあったことだし、一緒に行かない?」

と、阿部君は電話口でそういうことを言っている。蘭は、なんで自分がと思ったが、確かに先日車いす野球の試合を見に行ったし、控室にもいったことを思い出し、一緒に行くことにした。

「じゃあ、またタクシーで迎えに行くよ。玄関先で待っててくれればそれでいい。」

と、阿部君は言ったので、蘭は、わかったよと電話を切って、急いで出かける支度を始めた。

阿部君のタクシーは、数分後にやってきた。蘭も阿部君に手伝ってもらって急いでタクシーに乗り込む。監督はどうしているのかと聞いてみると、けがをしたので、芦川病院というところにいると阿部君は答えた。そういえば、新聞紙にも、芦川病院に運ばれたと書いてあったと蘭は思った。

タクシーはしっかり芦川病院に向かってくれた。総合病院であったが、有名人が入院したようなことは今まで一度もなかった。玄関先には、報道関係者が何人かいて、一寸騒がしい雰囲気になっていた。阿部君が、受付に行って、綿貫さんと面会したいのですがと聞くと、報道関係はお断りだと受付は言った。蘭が、僕たちは報道関係ではありませんというと、受付はそういう事ならと言って、蘭と阿部君を通してくれた。

綿貫監督は、幸いなことに、突き落とされた時頭を打ったとかそのようなことはなく、右腕を骨折しただけだったという。病室は、三階にあった。よく、テレビドラマとかで、有名人が入院するような立派な設備を整えてある部屋でなく、小さな個室であった。阿部君が、ドアをたたいて、こんにちは、お見舞いに来ました、というと、先日あった時と変わらないで、はい、どうぞ、と明るい声が聞こえてきた。

阿部君がドアを開けると、腕を包帯で吊った、綿貫監督がベッドに座っていた。顔つきは先日あったときとまったく変わっていない。あの時と同じように、ニコニコして、穏やかな顔つきである。

「こんにちは、わざわざ刺青師さんまで来てくれてありがとうございます。いやあ、ほんと、今回は運が悪かったですね。全く、変な通り魔とかそういう事だったのかなあ。まあ、こんな時代ですからね。誰でも、犯罪に巻き込まれることはあるだろうなとは思っていたけど。でも、腕でよかったですよ。其れも、利き腕じゃなくて。僕は左利きなので、左手をやられたらえらい目に会うところでした。」

と、監督は、できるだけ軽く流そうとしているのだろうか、そういうことを言った。

「でも、ただでさえ、不自由なのに、片手を怪我したらさらに不自由でしょう?大丈夫なんですか?」

と阿部君が聞いた。監督は小さなため息をついて、

「まあねえ、何も不自由はないと言ったらうそになるけど、でも幸い、ここの看護師さんもみんな親切で、しっかり優しく接してくれるから、今のところ不自由だと思ったことはないよ。」

と、それでも明るく言った。

「そうですか。お見舞いにパンを持ってきました。よかったら、食べてください。」

阿部君が、ライムギで作った田舎パンの入った箱を、カバンの中から取り出した。

「おう、そこにおいてくれや。阿部君は、パンの達人だからな。うまいパンを食べれば、けがもすぐに治っちゃう。」

と明るくいう綿貫監督。蘭は、そういうことをいう綿貫監督がなんだか気の毒だなと思った。もちろん、監督は自分と同じように足が不自由なのだ。ただでさえ、いろんなことが不自由なはずなのに、これだけ大きな怪我をして、さらに不自由になったのだから、もう生きるのが嫌だとか、そういうことを漏らしたっていいはずなのだ。蘭は思わず、監督に向かって、

「綿貫さん、僕も同じ障害を持っているからわかるんですけどね。障害がある上にさらに不自由なことになったら、そんな風に笑顔で楽しそうにしている必要もないと思うのですが。もっとつらい思いをしていると愚痴っぽくなっていいと思うんです。そのほうが、より人間的だと思うんですが。なんだか、綿貫さんがそんな顔して応答してくれるから、僕はつらくなります。」

と、言ってしまった。阿部君が、どうしてそんなこというんだという顔をしたが、

「いえ、すみません。僕は、そうやって苦難に直面した時、にこやかに笑顔で迎えられる人を、見たことがないのでして。其れよりも、こんなに不自由になってもう嫌だとか、生きたくないとか、そう思う方が、自然だと思うんですけど。だって、後遺症で、腕が動かなくなる可能性だってあるじゃないですか。それが不安だとも一言も口にしないんですもの。なんだか、不自然というか、、、。」

と、蘭は続けて言った。

「まあ確かにね、不自由になっちゃう不安がないわけじゃないよ。でも、答えを言えば、不自由になっている暇はないんだよね。だって、監督がいなくなったら、野球チームが成り立たなくなっちゃうもの。」

と綿貫さんは言った。なるほど、不自由になっている暇はないか。きっと監督として、選手から慕われているからそういうことが言えるんだろう。そんなセリフを言えるんだから、みんなに愛された幸せな人だと蘭は思った。

「でも、次に行われる、静岡市のチームとの試合が見られなくなったのは、残念だな。それは確かに不自由と言えば不自由かもね。先生に、試合を見に行くだけでも外出させてくれないかと言ったんだけど、そんな無茶なこと言わないで安静にしていろって怒られちゃった。」

綿貫さんははじめて、「不自由な」ことを言った。

「そうですか。では、その試合では監督不在ということになってしまいますね。」

と蘭が言いかけると、

「ああ、手越コーチに監督の代行を頼んでいるんだけど、勝ってくれるかどうか、心配だなあ。」

と、綿貫さんは不安そうなことを言った。

「代理の人がいてくれても、確かに不安になりますよね。普通のプロ野球なら、テレビで中継されることもあるのでしょうが、そういうわけにもいかないし。」

蘭は、とりあえず、綿貫さんの言葉に同調してあげるようにしようと思った。でも、綿貫さんは、選手たちから慕われている、障碍者としてはまれな部類に入る人物だというのが、一寸悲しいところでもあった。

突然、病室のドアをがちゃんと開けて、華岡と警察官が一人入ってきた。華岡は入って来るとすぐに警察手帳を綿貫さんに見せてちゃんと主治医には、許可をもらっていると伝えた。

「なんだ、華岡か。また聞き込みか?そういう時は強引に入ってくるのではなく、一寸挨拶ぐらいしろよな。」

と蘭が言うと、華岡は、

「ああ、ごめんごめん。俺たちも、綿貫さんを切りつけた犯人が誰だったのかわかったから、すぐにお知らせしようと思って、急いできてしまった。野球チームのメンバー一人一人に話を聞いたところ、コーチの手越が、犯行を認めたので、俺たちは傷害で逮捕した。まあよかったですよ。すぐに犯人が見つかって解決できて。」

というので、蘭も阿部君も、顔が凍り付いた。先ほど手越さんは、今度の静岡のチームとの試合で、監督を代行してもらう人物としてあげられていたのに。その人が、まさか、綿貫さんを切りつけた犯人だったなんて。

「おい、待ってくれ。その手越というやつの動機はなんだよ。」

蘭が、華岡にそう聞くと、

「ああ、手越は、こんなところで話すのも失礼なのかもしれないけれど、綿貫さんがチームのリーダーだったのが、我慢できなかったらしい。」

と、華岡は答えた。

「ちょっと待ってくださいよ、刑事さん。だって、手越コーチは、監督の右腕みたいな存在だったのに、監督の事憎んでいたんですか?」

と、阿部君が聞くと、華岡はまあそういう事だなと答えた。確かに人間の心理というものはよくわからないけれど、やっていることと、言っていることが真逆になるということはあり得ないことではない。

「そうですか、、、。」

阿部君も悲しそうだが、監督も悲しそうだ。まるで子供みたいに、涙を流している。利き腕をやったわけではないので、涙は拭けないことはないのだが、其れも忘れている。

「監督。」

と、蘭は言った。

「障害があるとどうしても恨みや妬みを持たれることもありますよ。でも、監督は、不自由になっている暇はないと言いました。それは、チームの人たちも同じ気持ちで待っていると思います。どうかその気持ちを忘れないで、選手たちに顔を見せてやってください。」

監督は、涙をこぼしたまま、ううと頷いた。

「きっと、今度の静岡のチームとの試合は、勝ってくれると思います。また、僕たちも応援に行きますよ。」

阿部君が、監督にハンカチを渡しながら、にこやかに言った。


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車いすの野球競技 増田朋美 @masubuchi4996

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