モリッコさん
ものほし晴@藤のよう
モリッコさん
Uさんは就職するまで実家暮らしだったんですが、小学生のとき、ご実家の隣に同い年の女の子が引っ越してきたんだそうなんですね。その女の子とは通学路を共にしているうちに仲良くなって、Uさんの家に遊びに来るようになって……幼馴染ってやつですね。
でも、女の子のほうはUさんを自分の家に呼んだりしなくって、Uさんはずっとそれが不思議だったそうですが、中学生になるころには、そんなものかなと思ったと言っていました。
高校も一緒で、ほとんどの時間をその女の子と過ごすようになったころ、とうとうUさんは女の子の家にお呼ばれしたんですって。
Uさんが言うには、女の子の家の外観は昔からずっと変わらず普通に見えたし、内装もいたって普通のお家だったそうです。汚いだとかそういうことも無くて。気になるところがあるとすれば、どこにいても時計が目に入るなあ、と感じるくらいだったとか。
その日、女の子のご両親はいなくて、Uさんが前日に想像していたよりかは気楽に居間のこたつでおしゃべりしていたそうなんですけど、時計を見た女の子が突然、
「あ、ごはんあげなきゃ」
と言いだしたんだそうで。Uさんは、
「なんか飼ってたっけ?」
と聞いて。ええ、Uさんはそれまで彼女がペットを飼っているなんていう話を聞いたことがなかったんですね。
女の子は、
「ううん、ちょっと」
とか言いながら部屋を出て行って……。お茶碗いっぱいのご飯を持って戻って来て、びっくりしているUさんの後ろにあった襖をガラッと開けて、そこは押入れだったそうなんですが、その下段にお茶碗を置いたそうです。
押入れの下段にあったのは、古そうな、抱えて運べるくらいの大きさの……このくらい。白塗りされた木箱でした。時を経てすこし茶色くなってしまっている感じの。一見して異様な雰囲気をしていました。蓋のような、開けるための構造が無いんです。女の子はお供えをするみたいに、その箱の前にご飯の入ったお茶碗を置いていたんですって。
「なにそれ?」
もちろんUさんは聞きました。
「……モリッコさん……」
女の子は答えました。
女の子は、その箱に毎日決まった時間ご飯をあげていること、今日は両親が二人ともいないから自分がご飯をあげなくてはならなかったことをUさんに説明しました。……はい、今のわたしたちみたいに、Uさんも聞きたいことが山ほどあったみたいなんですが、よその家の宗教?のこととかをずかずかと聞いちゃいけないかな、という遠慮があって、それ以上聞けなかったと言っていました。
大学生になり、Uさんは地元の大学、女の子は遠くの大学へ入学して寮生活になりました。めったに会いに行けないような距離だったらしいですが、そのころの二人の関係については詳しく聞いてないですね。ただ、2年生の冬、女の子のお母さんが亡くなって、お通夜の席で女の子が言った言葉をUさんは忘れられないそうなんです。
「モリッコさんが……。お母さん、食べられちゃった……」
いえ、女の子のお母さんは脳梗塞で亡くなったらしいんですよ。外傷もなく。しばらくして、女の子のお父さんも亡くなって、それは自殺だったとか。奥さんを亡くして随分弱ったみたいで、会社も辞めて、引きこもっていたんですって。夏休みの、女の子が帰省中だった晩のことだったそうです。
それから女の子は大学を辞めて一人きりの実家に戻っていましたが、Uさんの就職を機に、一緒に暮らしはじめました。……二人は結婚したんです。
わたし、Uさんとは職場で出会ったんですね。彼が独立して開いた事務所の事務員として採用されて。はじめはびっくりしました。事務所に炊飯器があるんです。Uさんは昼食も炊き立てが食べたい人なのかなあ、なんて思っていたこともあります。あるとき、ご飯大盛りのお茶碗を持つ彼が、事務所の倉庫に入っていくのを見たんです。倉庫はお世辞にも食事向きとは言えない場所だし、お昼時でもないのに。不思議だなと思ってそっと倉庫を覗いてみました。それで、わたしUさんが古い箱の前にご飯をお供えしているのを見たんです。その、モリッコさんにご飯をあげていたんですよ。
彼、そのころ疲れ切っていたんです。奥さんを亡くされて。はい。先ほどまで話していた幼馴染の女の子のことです。
恥ずかしい話ですけど、わたしは出会ったときから彼に心惹かれるものがあって、できるかぎり彼の心に寄り添うように努力してました。
告白したとき、ひどく拒絶されたんです。もう人と付き合ったり結婚はしないつもりだって。本当に幼馴染の奥さんを愛していたんだと思います。その想いに触れるたび、嫉妬を覚えたりもしました。もう死んでいる人を相手に。勝ち目は見えませんでしたけど、Uさんができるだけ心地良くいられるように頑張りました。
あはは、ありがとうございます。もう結婚して2年ですかね。仲は良いですよ。でもたまにやっぱり、前の奥さんが忘れられないんだな、って思う時があって。実はうち、今でも、モリッコさんにご飯あげてるんですよ。彼の仕事が忙しくてモリッコさんにご飯をあげるのは自然とわたしの役目になりました。必ず決まった時間にご飯を準備しなくちゃいけないし、そのせいで新婚旅行もできなかったし、正直普通の生活じゃないですよね。Uさんのことは全部愛してますけど、こだわりの強い家で育った前の奥さんの変な習慣をそのまま引きずって、わたしも巻き込まれちゃって、ちょっと思う所はありますよね。
そろそろ、そういう過去から解放されても良いと思うんです。わたしだって鬼じゃないので2年も我慢しました。それで、もうやめようって、少し前Uさんに言ったんです。新しい生活を始めようって。そしたらもう、あんな顔見たことなくて。青ざめて、と思ったら真っ赤になって、それはだめだ絶対だめなんだ本当に頼むからモリッコさんにご飯をあげてくれ! って、わたしの肩をガタガタ揺さぶるから、かわいそうに、まだ傷は癒えてないんだなあって、思ったんです。
彼自身もガクガク震えているから抱きしめてよしよしと宥めている最中も、
「俺がご飯をあげなかったから、モリッコさんに食われたんだよ」
って。自分を責めているんです。
箱の中身?さあ、わかりません。蓋がないですし。でも重いですね。引っ越しの時持ってみましたが、ボーリングの玉くらいの重さを感じたかな。
仏壇みたいに外に出していればご飯をあげるのも楽だけど、見た目があんまりよくないから、うちでも押入れの下段に置いてます。そこには衣装ケース入れたかったのに。
愚痴ばっかりになっちゃったかもしれませんけど、最近ではわたし、この生活を楽しもうって思って。たまにパスタとかあげてるんです。焼き鳥、菓子パン、クリスマスにはケーキとかいいかもしれないですね。ちなみに昨日はカロリーメイトにしてみました。えぇ?何も起こらないですよ。いつも通り。前の奥さん、お友達との旅行先で亡くなってるんですよ。交通事故で。ご家族の不幸も、偶然に決まってるじゃないですか。食われたとか信じてないです。だからいずれは、あの猫とか犬とか飼ってる人が使ってるあれ、時間になるとエサが自動的にザザーって出てくる、あれでいいと思ってるんですよね。まだUさんには言ってなくて、黙ってそれに変えてみて、何も起こらないでしょってわかってもらおうと。ゆくゆくはそれも必要なくなるように、段階を踏むのは大事かなと思って。
えー。怖くない怖くない。モリッコさんっていうのもね、これはUさんが調べてきたんですけど、「守子」さん……子守をする女の人とか、神様に仕える人?巫女さん?みたいな意味なんですって。全然悪い言葉じゃないんですよ。
え、……まあ、そうですね、言われてみれば、お供えをしているわたしたちの方が「モリッコさん」らしい気もしますけど……。
でも、仮にそうだとしたら、あの箱はいったい何なんですか?
モリッコさん ものほし晴@藤のよう @monohoshi-hare
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