第14話 ガオ、夢、そして再びの追走
――― それは、生れたばかりの日の記憶
『アキ、この子犬、捨てられたの? 』
『たぶん、そうだと思う』
雪降る街の中、自分を見つめる二人の
『この子犬震えてるよね。雪も降ってるし、寒いんじゃないかな? きっとお腹も空いているよね。アキ』
『うん』
『可哀そうだよ』
女の幼子はそこで何かが弾けたように突然大声で泣き始め、それを見ていたアキと呼ばれた男の幼子は意を決したように大きく頷くと「よしっ!」と叫んでいた。
『ハナ、この子犬を連れて帰ろう。お父さんやお母さんにウチで飼えるようにふたりで頼もう』
『うん』
名を持たぬ犬は二人に抱きあげれた時、その掌の小ささに少し驚き覚えたが、同時にそこから伝わる温かさに、生まれてきた意味を見いだせるような気がしていた。
****************
雨降る中、自分の小屋の前でふたりは泣いていた。
『アキ、お父さん、死んじゃったの? 』
『…… 』
『ウソだよね』
『…… 』
いつもなら優しく答える少年は口を固く閉ざしたまま俯いている。その瞳には涙が溢れていた。
『ハナ、アキ、お父さんは遠くへ行ってしまったけど、これからはお母さんが頑張るから大丈夫よ』
ふたりを抱きしめるようにそう優しく語る女性。
『そろそろ、お家に入りましょ。今日の夕食はふたりの好きなドリアよ』
『ほんと? 』
明るく返事をする少女と俯いたままの少年はゆっくりと立ち上がると家の中に入っていった。
****************
春がそこまで来ていたある日、自分小屋の前でふたりは真剣な顔で話し合いを続けていた。
『アキ、なんで私たちがお祖父ちゃんの家に引っ越さなきゃいけないの? 』
『母さんの病気が良くなるまでの間だよ。母さんの病気が治ればまたこの家に帰って来れる。それにガオだっているんだ寂しくはないさ』
そう語りながら自分を撫でる少年の手は僅かながら震えていた。
『お母さんの病気治るの? 最近、お話しもしてくれなくなったし、お料理も作ってくれなくなったよ』
『きっと、治るさ。それまでの間は俺がハナと母さんを――――
唇を噛みしめた少年は空を見上げ、そう語ると少女の手を握りしめた。その意志宿りし瞳からは、強い覚悟が感じられた。
****************
自分の身体を誰かが擦っている感覚に気が付き、ガオは目を覚ました。見慣れぬ景色と見ていた夢で時系列が混乱しかけたが、巻かれた包帯と身体に走るビリビリとした痛みに記憶が蘇る。
「おっ、ワン公、目ぇ覚ましやがったな」
「昨晩からずっと寝ていましたからね」
窓から漏れてくる陽の光の強さから、自分が倒れてから時間がかなり経っている事は想像がついた。
「ここが何処だかわかるか? 昨日、おめえは死に掛けてたんだぞ。それをウチの
話し掛けて来た老人が示す先には、気の良さそうな青年の姿。ガオは小さく頬を揺らした。
「今のはコイツなりの礼か?」
「だと思いますよ」
「礼儀正しい奴だな」
老人と青年は目を合わせ笑顔を見せていた。ガオは徐々に記憶が整理されて行き、自分が果たすべき事を思い出し、西側の方向を見つめる。
「
老人が楽し気に紙皿に乗せたドッグフードを持ち出すと、青年の顔に少しだけ影が差した。
「ほれ喰え、飯を腹に入れなきゃ身体は動かんぞ」
目の前に出された柔らかそうな食べ物を見る代わりに、ガオは西側を見つめながら身体に力が入るかを確認する。
――― 動ける
「食欲が
怪訝そうな表情を浮かべる老人に対し、青年は小さく息をついたうえ口を開いた。
「まさかとは思いましたが、少し驚きました…… 杉山さん、猟犬の中には主人から出されたモノか自分で捕えた獲物以外、口に入れない個体がいると聞きます。僕も見るのは初めてですが、多分この子はそのタイプです」
「ほーう、義理堅く、頑固で変わりモンのワン助か、面白ぇじゃねえか」
驚いた事に老人は痛快だとばかり大声で笑うと、腰を上げ、入口へ向かい歩き出した。
「杉山さん? 」
戸惑う青年をよそに店の入口のカギを開け、扉を開くと老人はガオをに視線をぶつけてきた。
「おめぇ、命賭けてでも、行きたいトコがあるんだろ? 目覚ましてから、ずっとと同じ方向見てやがるもんな」
老人が何を言っているのか、その全てまでは分からなかったが、老人の意図は理解できた。ガオは静かに立ち上がると老人の開けた入口に向かい歩き出す。自身の後ろを治療をしてくれた青年が心配そうについて来てくれているのは気配で分かっていた。
入口の手前で立ち止まると、ガオは身体を大きく揺すり、動きづらいとばかりに自分に巻き付いていた包帯を緩めた。
「さらしなんぞ大げさでいけねぇってか? 男の旅立ちはそうでなきゃいけねえよなぁ。
「まだ、包帯を外していい状態じゃないんですよ? 」
「覚悟は出来てるって面構えしてんぜ、コイツ。‥‥‥ それにここでは飯も喰わねえし、例えふん縛っておいても出て行っちまう。そういうタイプのワン助なんだろ? 」
「それは、そうですが…… 」
青年は心配そうに自分を見つめつつも、緩んだ包帯を丁寧に外してくれていた。まだ身体のあちこちが痛むが動けないわけではない事を理解していたガオはその場で四肢に力を込めた。
「あっ、そんなに力んだら傷が開いちゃうよ! 」
「ったく、無鉄砲な野郎だ」
入口付近に立つ青年は諫めるような口ぶり。老人は何か眩しいモノでも見る様な視線を向けて来る。ガオはふたりと視線を合わせた。
「早く、ご主人に会えると良いね」
「もう、人間なんぞにヤラれんじゃんネーぞ」
ガオは軽く頭を揺すりそれに応えると西に向かい走り出した。
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