薬草1枚1000Gっておかしいだろ!

羽生零

運営は悪魔

 マガタカは道具屋で愕然としていた。対面式のカウンターをチェックして表れたウインドウに表示されたアイテムの値段。それに目が釘付けになっていた。


『薬草 1コ 1000G』


 ……ありえない、高額過ぎる。たかだかHPを50回復させるだけの道具なのに。ネトゲをいくつもやってきたマガタカだったが、こんなに回復アイテムが高かったゲームは一つもなかった。


「ふざけてんのか?」


 とっさに出た一言がそれだった。その言葉に反応して、カウンターの向こうにいた店員が顔を上げた。店員は二足歩行する猫のような獣人で、椅子に腰掛けて本を読んでいた。


「薬草1枚1000Gっておかしいだろ!」


 大声を上げてカウンターをドン! と叩く。猫店員は「値段設定に不満がおありかニャ?」と尋ね返す。その態度にまたマガタカは腹が立った。


「当たり前だ! 初期街で、これから冒険に行こうってのに回復アイテムが最低でも1000Gっておかしいだろ!」


 マガタカの現在の所持金は100Gである。武器や防具は1000Gどころかどんなに安くてもその倍の2000Gするし、初期装備どころか初期アイテムの支給さえ無かったので、仕方なくまずは回復アイテムで冒険する体勢を整えようとしたのだ。


「このゲーム戦闘でしか金が手に入らないんだぞ! なのに薬草が1000Gって、わりに合わねーよ!」


 怒鳴り散らしても猫店員は肩を竦めて「じゃ、戦わずにぼーっとしてりゃいいニャ」と言い出す。「ふざけんな!」とまたマガタカは怒鳴る。


「お前運営じゃねーのか? AIか? クソ対応しやがって。運営と話すコマンドはどこだよ? メニューにねーんだけど」

「NPCはみーんな運営とつながってるニャ。意見を言えばちゃんと運営にも伝わるし、ここでの答えが運営の応対だニャ」

「ああそうかよ。じゃあさ、このゲーム、運営に文句言えるって話だったよな? 運営は誠実にご意見に対応しますっつったよな!? じゃあこの明らかなゲームバランスの調整ミスはどうにかすべきだよな!?」


 激昂するマガタカに猫店員は、


「嫌なら買わなきゃいいニャ」

「……は? ハァ〜〜〜〜?」

「物の価値決めてるのはこっちニャ」

「おいコラ、誠実な対応って」

「対応はしてるニャ。あなたを消さずに話聞いてるニャ。その上でなんであなたの要求通りのことしてあげなきゃいけないニャ?」


 マガタカはキレた。それまでも怒っていたが、いままで以上に腹を立てた。


「はぁ……クソ乙、マジクソ運営だわ、もう死んでいいよお前。物と金の価値が釣り合ってねーの? 分かる? 頭わる、脳みそガイジかよ。もういいわ。この世界からさっさと出せよ。クソゲー世界にいたくねーんだけど」

「この世界からは出られないニャ」

「ふざけんなよクソが! 死ね!!」


 この言葉に、猫店員は長々とため息を吐いた。


「元の世界でお前が生きる価値もどうせないだろ」

「は?」

「世界というものに対してお前の存在価値が釣り合ってないの、分かる?」

「はぁ? 何言ってんだおま――」

「薬草1枚1000Gが高い? じゃあお前のHPに1000G分の価値があるのかよ」


 怒りに任せて口を開こうとしたマガタカは、体に軽い衝撃を感じた。見ると、胸元に槍の穂先が突き立っている。猫店員が目にも留まらぬ速さで槍を繰り出していた。


「お前さっき死ねって言ったな? これがその分の『誠実な対応』だよ」


 その言葉を聞きながら、マガタカの意識は急速に薄れていった……。



   †



「ヤッホ、アルダリヌちゃん。調子どう?」


 パソコンを見ながらコーヒーで一服していたアルダリヌは、上司の声に顔を上げて「良い調子ですねえ」とにやけ顔で答えた。


「ネットでクレーム入れまくってる連中。自分の言葉にさも価値があるかのように振る舞うもんだから『ご意見に誠実に対応』だとか『クレームむしろ歓迎』とか聞くとすーぐに食いつくんですよ。おかげで穢れた魂がザックザクです」

「そしてオレらはウッハウハってわけだ! いやぁ、ネトゲとネット広告を活用した集魂なんて我が社じゃ初めての企画でどうなるかと思ったけど。これで我が社も安泰だなぁ、たぶんボーナス出るぞ。夏には極上の悪人の魂が貰えるぞ〜」

「マジですか! 頑張って仮想世界一つ作った甲斐がありましたよ〜」

「これからも頑張ってくれよ。穢れた魂は金の鉱脈、醜い感情は悪魔の通貨だ。かき集めれば悪魔は儲かるし人間社会はキレイになる。みんなから感謝されるよう、軽い穢れなんかじゃなくて大物狙いでいけよ」


 はーい、と元気な返事をしながら、アルダリヌは夏のボーナスの使い道を考え初めた。パソコン画面の中では、マガタカが無一文でリスポーンしていた。

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