掌編小説・『キノコ』
夢美瑠瑠
掌編小説・『キノコ』
掌編小説・『きのこ』
私は、桝・優瑠夢(ます・ゆるむ)という、32歳の美貌の女優なんですが、演技力には定評があって、主演のドラマや映画は軒並みヒットして、「ライフ」という雑誌の「世界の美しい顔100人」の一人に、なぜか?選出されたりして、まず順風満帆の人生なんです。
勿論テレビにもよく出ているし、舞台とかのお仕事もあります。
普段立ち寄るそこかしこはどこでもだいたい顔パスだし、預金口座の残高もうなぎ登りで、おまけに去年は六本木ヒルズ族の大富豪の社長と結婚して、披露宴の中継の番組の瞬間視聴率も、40%を超えたりしました。
今は「月九」というドラマの枠の、「酒と薔薇の日々」というアル中の女性の話に
主役で出演していて、人気が沸騰して、毎週視聴率は20%を超えています。
「桝酒でお祝い」、とか言って、テレビ局では毎週大入り袋と清酒が皆に配られたりしているんです。
そんな私ですから、もちろん大豪邸に住んでいて、田園調布にあるんですけど、庭もたっぷり300坪あって、遠目に俯瞰すると、さながら鬱蒼とした森の中に、おとぎの国のお城がある・・・そんな感じなんです。
マイケルジャクソンなんかは趣味が高じて自宅の敷地内に、ディズニーランドみたいな遊園地まで作ったらしいけど、私は私で、色々と自分の趣味を「おとぎの国のお城」の中でDEEPに繰り広げています。
深い森の中の古城に潜(ひそ)んでいる魔法使いのおばあさんよろしく、お金に糸目をつけずに、誰にも秘密にして、マニアックな趣味に耽っている・・・
そういう完全に自分というものを忘れるオフのオーヴァーホールの時間、それがハードな女優業というものを続けていくための、必要不可欠な充電の時間になっている、そういう感じもあります。
そうして、今休みの日や空き時間に最も没頭している趣味・・・
それは錬金術ではなくて、何を隠そう、「キノコの栽培」なのです。
キノコ?なんでキノコなの?と、思われるかもしれないですが、私がキノコを好きなのは少女時代からで、食卓に乗ってくるマッシュルームやシイタケ、松茸などのしこしこした食感が大好きでした。
家の庭にはシイタケを自生させる苗木?が日陰に並べてあって、そこにぼこぼこ生えてくるシイタケの笠とかの感じもユーモラスな気がして好きでした。アドレサンスの年頃になると、キノコ類の写真入りの図鑑を買って、多種多彩の、不思議な模様と形のキノコたちを、よく眺めていました。
こういう趣味嗜好というのはあんまり深い意味がないというか、ただやたらにキノコが好きで好きで、なぜかと言われても答えようがなくて、そういう意味ではいわば新婚夫婦みたいなものかもしれない笑
そうして、どんどんキノコに嵌っていって、病膏肓に入るというか、自分で実際に普通種から希少種まで、タネを取り寄せて、自宅で栽培するようになってきたのです。・・・
「おとぎの国のお城」みたいな我が家には、実は宏壮な、地下室があって、そこが私の「キノコ栽培空間」になっています。
ちょっとした体育館くらいの広さがあって、その半分くらいのスペースにぎっしりとキノコの生えた、菌床の松とかクヌギとかの小樹木を並べています。
シイタケ、シメジ、ナメコ、エノキタケ、マイタケ、マッシュルーム、松茸などはもとより、毒テングタケ、キヌガサタケ、イカタケ、ツチグリ、カニノツメ、ワカクサタケ、オニフスベ、ヤマブシタケ・・・
枚挙にいとまがない?というか、きりがないくらいに、世界中の珍しいキノコまでコレクションしていて、多分種類のバラエティでは、どんな植物園とかにもひけを取らないと思います。
実際に根付かせるには数年間を要した種類もあって、専門の園丁の人を雇って世話をしてもらっているのですが、この人は某大学の先生で、キノコ博士と言われている人です。
こういうことをごく親しい人以外には一切秘密にしているのが、趣味としての醍醐味で、秘密のこのキノコ園のことを思う度に、私は仕事場にいても、愛人と密会していても、なんだかじんわり暖かい幸福な気持ちになって、うっすらとほくそ笑む感じになります。
もちろん、きらびやかなジュエリーで一杯の宝石箱とかも持っていますが、オリジナリティーということでは、ずっとこのキノコ園のほうが稀少価値があって、貴重で、キノコ愛の強い私には、その分自分という存在の、唯一無二のアイデンティティーを証明づけてくれるような、そういう場所になっている気がします。
・・・ ・・・
栽培スペースはキノコの生育に適当な、LED照明や高湿度環境や、空気の組成やらが理想的に調整されています。
園丁役の「キノコ博士」は、全部のキノコに名札と詳しい説明を、付与していてくれていて、私もとても全部は把握しきれていないので、時々フロアを経めぐって珍しいキノコの名称を覚えたり、おさらいしたりします。先生にも名前が分からない、どこからどう紛れ込んできたのかよく分からないキノコもあります。
「キノコ巡り」は私にとってはかけがえのない愉悦の時間で、気が付くと何時間も地下にいたりします。コレクションを始めた当初は自分で覚束ない手つきで菌床を作ったりしていたのですが、途中からは管理を先生に任せていて、珍しい、新しい種類の輸入とかも請け負ってくれているのです。
・・・ ・・・
ここからはちょっと門外不出?の話になるんですが、キノコにどっぷり浸かっているというと、例のキノコの不思議な薬効に言及しないわけにはいかない感じもします。
そう、有名な「マジックマッシュルーム」のことです。ワライタケとかシビレタケには、幻覚を見せたり、酩酊感を起こしたり、精神作用を惹起するシロシビンやシロシンという一種の麻薬成分が、含有されているのは有名でしょうか?これは昔からよく知られていて、未開社会のシャーマンとかもトランス状態を作り出すためによく用いていたそうです。
原則として今は麻薬としてこういうキノコを用いるのは法的に禁止されているのですが、「キノコ博士」の先生はもちろんこういうキノコについても詳しくて、秘密ですが、私たちは様々に色んなマジックマッシュルームを栽培して、色々にブレンドしたりして、沢山のパターンの麻薬を作り、皆でその酔い心地を比較する「キノコパーティー」を開いたりします。
そういう種類のキノコも無数にあるので、色々な組み合わせを作っているうちに「これは極上の酔い心地」とか、「最高の幻覚が見れる」とかそうした、“傑作”とかも作れてきました。
“傑作”には、ちょっと巫山戯て、香水とかカクテルみたく、「甘き罪の誘惑」とか、「森と魔術の結婚」とか、「光と虹の洪水」、とか「夢を誘う妖精」とか作用に相応しい名前を付けて、キノコパーティーの仲間内で面白がったりしています。・・・
詳しいことを書きだすときりがないのですが、この「マジックマッシュルーム遊び」はまだまだ奥が深い気がしていて、そのうちに、「究極の傑作」も、できるかもしれない。・・・そう期待しています。
・・・今日は何だか気分がすぐれないので、私は地下室に降りて、オオワライタケとヒガシシビレタケ、リバティーキャップ、の三つを摘んで、薬剤室に入って、すりつぶして、適当に配合して、煎じて飲みました。
これは、「煌めく虹の燭光」というブレンドで、強い抗うつ効果があります。
程なくして、試行錯誤して私たちが見つけたこの絶妙の天然の抗うつ剤が素晴らしい効果を発揮し始めて、世界の色彩は見とれるほどに鮮やかに変貌して、気分は薔薇色を通り越して黄金色、という感じになってきた・・・
「♪ああキノコ、キノコ、キノコちゃん、大好きよ♡あなたみたいに素敵な人類にとってのパートナーは他にいない・・・♪」
気が付くと気分が高揚しきった私はそういう即興の「キノコ賛歌」を自作して、歌っていました。ここはこの世の楽園、そういう気分が何時間も続きました。・・・
そうして、こういうクスリは、よく吟味してあるので、全く副作用や依存性がありません。
(ナイショですが、セッ〇スの時に使っても「ムフフ」になります笑)
キノコ・ドラッグは、ハクスリーの「素晴らしき新世界」という小説に出てくる、
未来の夢のハッピードラッグ、「ソーマ」そのもの、いやそれをはるかに凌ぐ?という感じなのです・・・
・・・ ・・・
こうして時たまメンタル面をキノコに支えられたりしている私は、その後も女優業のほうは、ずっと相変わらず順調で、ブルーリボン賞とか、日本アカデミー賞とかを、いただいたりします。
演技をするときに心がけているのは、役柄の人物について、なるたけいろんな方向から多角的に解釈して、できるだけ鮮明な、生きた人間のパーソナリティーという自分なりのイメージを創造して、尚且つ全身全霊でその人格に感情移入します。
そういう作業を経ている役作りだと、やはり魂が入っていて、見る人の心を動かして、高い評価を得る、私は経験的にそういう演技術を会得したのです。
キノコ栽培の趣味も、秘密にしておきたい一方、多少誰かに自慢したい気持ちもあって、「キノコと私」というエッセイを書いたりもします。
控えめに書いているので、殆ど反響とかはないですが、読んだファンが、シイタケやら松茸やらどっさり送ってくれたりもします。
キノコというのは、しっかり地中に根を張るわけでもなくて、結局一種の寄生する生き物、そういう範疇なのかと思いますが、女優というのも虚業と言えば虚業で、人々の虚栄心とか無意味な芸能界への憧れとか、そうしたあやふやな、はしゃぎたがりの浮ついたギョーカイという世間とは異質の、隔離された菌床に、寄生しているだけのキノコ・・・
そんな気がする時もあります。
でもそれは美しくて、人々に夢を与えるキノコなのです。
そうしてキノコには精神作用の他にも、ベータグルカンとか、がんを予防したりする様々な薬効成分もあります。
なんだか奇妙でユニークな生態の、動物でもなく植物でもなくでもちゃんと飄々と?生きていて、しっかりと独特の存在感を示しているキノコたち・・・
自分でない虚妄の人格を束の間に演じることが仕事の私は、これからも自分の愛するキノコを見習って、奢らず僻まず、私たちはしょせん社会の寄生虫かもしれないのだという謙虚な自省を忘れずに輝かしいとも言える限りある女優人生を精一杯全うしたいと思うのです・・・
<了>
掌編小説・『キノコ』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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