第3話

「あなたたちね、そういうことをやられると本当に困るのよ。一体何考えているの」


林希は凄まじい剣幕で私たち吹奏楽部員を睨みつけながら言った。


芸術学部との大学祭の合同演奏会の件は高校の先生たちの耳にも入り、話を聞いた林希は私たち吹奏楽部員を職員室に呼び出した。


「困るって、一体何が困るんですか」


齋藤先輩はやや挑発的な態度で林希に問いかけた。


「なにって、高校の許可も取らずに、勝手に吹奏楽部を名乗って、それも外部の団体と勝手に集団を組んで大学祭に参加するだなんて、あなたたち何もかも勝手すぎるでしょ?一体だれがそんなこと許可を出したの?」


「先生、私たちは吹奏楽部でもなんでもないですよ。ただ放課後、大学生の友達と一緒に楽器を演奏している音楽仲間ってだけです。大学祭に参加することはすでに大学実行委員会の方から許可を取っていますし、なんの問題もないと思いますけど」


これは私のセリフだが、よくできた理論武装だなんて言うつもりは毛頭ない。誰がどう見ても私たち吹奏楽部の活動にケチをつける方がおかしい。私たちが吹奏楽部を設立できないのは高校から(というか林希)から不当な圧力を受けているからだし、大学生と合同で大学祭に出場することは、もはや高校とはなんの関係もない。いうなれば市民マラソン大会に参加するようなものである。高校に文句を言われる筋合いはない。


私たちの話を聞いた林希は机をバンッと叩いた。目をそらし知らん顔していた周囲の先生たちが一斉にこちらに視線を向けた。


「偉そうなことを言うんじゃない!学校にはね、あなたたち生徒を危険から守る義務があるのよ。あんなチャラチャラした大学の学生と毎日一緒に練習するだなんて、何か起こったらどうするの」


「芸術学部の皆さんが危険ですって?すみませんが先生、あの大学にも毎年うちの生徒も何人も入学していますよね。ジャズサークルにも私たちの元メンバーもいるんですよ。特に問題ないと思いますが」


「だ、だから学校に認められていないのにそういう外部の人間と接触するのは」


「学校に認められてないって言いますけど、先生が認めないだけでしょ。それに私たちはもう学校に認められた団体ですよ」


「私があなたたちの活動を認めないよう嫌がらせしてるとでも言いたいの?悪いけどね、職員会でも吹奏楽部の設立を支持する先生は一人もいないのよ。楽器はお金もかかるし部室も余っていない。今うちの学校に新しい部活を設立する余裕なんてないの。ましてや吹奏楽部なんて。ん、待ってあなた今なんて言ったの?ふざけないで。一体いつ誰が吹奏楽部の設立を認めたっていうの?」


「いや、だから私たちは吹奏楽部なんかじゃありませんって。タンポポ研究会です」


「は?」


「先週同好会の申請を生徒会に提出し、職員会の承認も受けたはずですが」


タンポポ研究は齋藤先輩の詭弁によって生まれた架空のサークルだったが、試しに同好会として申請してみたらどうかということで、適当に書類を提出したところあっけなく同好会として認められてしまった。


「咲校に正式に認められた団体である私たちタンポポ研究会は音楽がタンポポの生育にいかような影響を与えるか研究をするため毎日体育館横で楽器の演奏をしていました。そして私たちの楽器の腕前を聞きつけた大学生にセッションを持ちかけられたということです。いやジャズの音色がタンポポにどのような影響を与えるのか今から楽しみですよ」


パンッ


私の左頬に衝撃が走り頭の中で一瞬火花が散った。


「ふざけてんじゃねえぞガキが!私は認めない!何があってもお前たちを潰してやる!呪ってやる!」


周囲の先生たちに取り押さえられながら林希は私たちをすさまじい剣幕で睨みながら目には涙を滲ませて、さすが声楽科というようなよく通る声で単純な感情をぶつけてきた。


これにはさすがに私もたじろぎ、吹奏楽部の先輩方は腰を抜かして立ち上がれなくなったり、さらに泣いたりともうてんやわんやの騒ぎになってしまった。


ここから先は思い出しただけで不快な気分になる出来事がたくさん起きたのであまり詳しく語りたくはない。さらっと流そうと思う。


事件のあと私たちは両成敗的な処分を受けた。タンポポ研究会は同好会資格を取り消された。林希は平手打ちとは言え生徒に暴力をふるったということで、教育委員会から厳重注意を受けた。それを不服とした彼女は後期の私たち吹奏楽部員の成績を軒並み1に下げるという暴挙に出た。またことあるごとに私たち吹奏楽部を目の敵にした。


私たちは芸術学部生の皆さんや高咲市民芸術機構など前々から高咲高校のやり方を問題視していた人々の力を借り、林希の傍若無人なふるまいを世論に訴えることとした。


芸術学部OBに地元上毛新聞社へ入社し記者となった人がおり、私たちの訴えに耳を傾けてくれた。汚いやり方のような気もするが、大々的に取り上げられたこの新聞記事により咲校吹奏楽部はついに正式に部活として認められることとなった。こうして私たちの戦いは終わりを迎えた。


「いろいろあったけど、悪かったな」


私は遠藤に詫びだ。あの職員室での事件から、実は2年以上の月日が流れていた。咲校吹奏楽部が正式に認められたときには、私たちは3年生に上がり、季節は秋だった。齋藤先輩たちは既に卒業し、正式に認められたと言っても相変わらず部員は数名だった。


しかし芸術学部との繋がりは残っていた。2年遅れてしまったが、大学祭で演奏をするという近藤の計画がようやく実るときが来たのだ。


「松野君は悪くないでしょ。悪いのは全部林だよ」


「そうだけど、あのとき俺があんなに林を挑発しなければ2年前に演奏会を行うことができたはずだったのに」


「それはそうかもしれないけど、あのとき松野くんがもし林にひっぱたかれてなかったら、まだ吹奏楽部は正式に創部できてなかったかもしれないじゃん。松野くん、林にひっぱたかれてくれて本当にありがとね」


遠藤はくしゃっとした顔を私に向け、ステージの上へと消えていった。


頑張れ!高咲高校吹奏楽部(了)


おわりに


この話は群馬県のとある女子高校の吹奏楽部OGから聞いた話と作者自身の経験を組み合わせて作ったものです。あくまでフィクションであり、本来はもう少し穏便に部を設立することができたようです。今ではこの高校の吹奏楽部も大きな規模となり、コンクールでは西関東大会に出場しない年がないくらいの腕前となっているようですが、おそらく数十年前このような事件を経て部が設立したことを知っている現役部員は一人もいないのでしょう。それを思うと、何とも言えない感情が沸き立ってきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頑張れ!高咲高校吹奏楽部 水城ナオヤ @gad_tsuxin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ