第16話 饗宴と敗北者の慟哭

 貴族の子女を迎えるという事もあり、魔法学園の新入生歓迎パーティーは王宮で開かれるものに匹敵するほど豪華で盛大なものだった。


 出される食事は全て最高級品、テーブルにまでもダイヤモンドが使われ、会場にはわざわざ冒険者に依頼して取ってこさせたという希少植物オーロラ・プラントが観賞植物として展示されている。


 このパーティーに費やした額が庶民の生活費一生分というのだから、上級貴族の金銭価格は本当におかしい。


 ただこうやって見栄と権威を見せつけておかないとライバルに弱っていると思われるから彼らも彼らで大変なんだろうな。


「……リタイアが許されない死のマラソンってところか」


「フロイライン、何か気になるものでもありました?」


「オーロラ・プラントに見惚れてしまっていたようです。鑑賞にお邪魔のようですので失礼させていただきます」


「いや、そういうわけでは……!」


 グラス片手に近寄ってきた貴族の少年にそう告げて話を切り上げるとフィーナの下へ向かう。


「流石は出会いクラブと揶揄されることだけはある。公爵家とわかったら男があちこちから寄って来るな」


 野郎には微塵も興味が無いんだけども。


「きっとそれだけではですよ。アルマにはこれがありますから」


「なんだそれ……。そういやラウラの件はどうなった?」


 人差し指でほっぺを押され出したのでやんわりとフィーナの手をどかす。彼女は残念そうにしながら《マジックボックス》から冊子を取り出す。


「学園長とお話して彼女とアルマの部屋を同じにさせました。本当にこれだけでいいのですか?」


「これ以上便宜を引き出したら間違いなく腐るよ。とりあえず優先すべきは安全だからね」


 これくらいの無茶は聞いてもらわないと困るからな、と付け加えてグラスに入ったノンアルコールのシャンパンを飲み干す。


「本当は私の部屋で三人一緒に暮らしたかったのですけど……」


「公爵家の長子は執行会管轄のゲストハウスで生活しないといけないだっけ。まあ、疲れたら言ってくれよ。抜け出す手助けくらいはする」


「その時はそうさせていただきます。でもそう簡単にヘタレませんよ」


 そう言ってフィーナは自分の胸を叩く。


「ん、わかった。それじゃあ自分はそろそろ部屋に戻るよ」


 パーティー会場を見るとちらほら部屋に帰る者が増えている。ここにいてもやることはないし帰って新しい魔術の研究でもしよう。


 と、忘れてた。


「もうとっくに気づいてるんだろうけどさ」


「?」


「悪い蟲がついてるよ。取らなくていいの?」


 その言葉にフィーナは驚いた顔をするが、すぐにまた笑みを浮かべて。


「ええ、もう少し羽ばたかせてあげようかと。折角羽化したばかりですからね」


 ならこれ以上何か言う必要はないだろう。


「おやすみ、フィーナ」


「はい。おやすみなさい、アルマ」




 コロシアムの決闘は《男》にとって人生最悪の催し物となった。


 世間知らずな箱入り娘に取り入り確かな信頼を得た。あとは彼女を不幸な事故で退場させ、適当な遺言書を使ってあの家から財産を奪い取る。


 だが現実は違った。あの幻想ファンタジーの極みともいえる化け物のような幼女が現れたせいで全てが狂ってしまった。


 禁断の森に危険はないと偽装報告書を上げて魔物どもに襲わせるという数年かけて練り上げた緻密な計画が、たった一度放たれた熱線で全て塵芥と化したことを知った男は、怒り狂い物に当たり、そして再起を試みる。


 愚かなことにも世間知らずのお嬢様馬鹿なガキとその親ははあの幼女化け物を養子したわけだが、それは男にとってチャンスとなり得たものだった。


 今なら何が起きてもこのガキに全ての責任を押し付けられる。

 

 そう考えた男は契約者の力・・・・を使い長らく眠っていた伝説の怪物ゴーレムを呼び覚まし主共々始末しようとしたのだ。


 当然衛兵隊を呼びつけないよう人払いも行った。


 さしもの化け物でも伝説の怪物に敵うまい。そう考えていたのに。


「まだ、まだチャンスはあるッ……!!」


 ボトル一本を飲み干しても心地いい酔いを感じられない。もっと馬鹿な世間知らずのお嬢様が化け物と決闘するという千載一遇の好機に、その取り巻きの女どもを騙しこんでアイツにとって圧倒的不利な状況に仕立て上げたにも関わらず結果はこのざまだ。


「来週のダンジョン視察、そこで俺が勝つんだ!」


 男、セルジュを除いて誰もいないフリードリヒ家専用馬車内に悲鳴とも笑い声ともつかない声が木霊する。


 ここまで全てが彼が侮っていた者の手のひらの中にあるということすらも知らずに……。

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