第12話 人形と少女、そしてメイド

 魔法陣のかけ直し自体は特に手間取るほどのことではなかった。剥がれたところに新しい術式を貼り直すだけ、しかも痕跡が多少残っているから元々どんな魔法陣だったか容易に判明したことで実にスムーズに終わったものだ。


 問題はちゃんと正しく、かつ安全に起動するかということ。

 念のため内部構造体をチェックして致命的な損傷がないことは分かっているが、それでも不確定要素を完全に取り除けたわけではない。

 新しくシャドウシールダーを召喚し「もしも」に備えた上でコアを躯体に接続して起動のための魔力を流す。


 魔法陣がコア内部に収納され体表を走るマナラインに光が灯る。

 少女の姿をした《ゴーレム》は気だるげに目を開けて周囲を見渡す。そして私たちを見て……。


「理解不能、どうしてわたしは人間の前にいるのですか?」




「どうですか? ちゃんと可愛いメイドに見えますよね?」


 白を基調にしたシンプルで機能美を追求したエプロンドレスを纏い、化粧によって人形感が消え色白で無表情な美少女。これならメイドとしてそこらの人間を騙し通せるだろう。


「ただの化粧でここまで化けるとは、本当に凄いな……」

「綺麗に見せることは武器を増やすことですからね。アルマにも覚えてもらいますよ」


 おっと、墓穴を掘ったかな? マナーを学ぶのと違って普段から行動を阻害されるから正直勘弁してほしいのだけど。

 

「そのうち、ね。ちょっとソイツと2人で話したいことがあるんだけど」

「わかりました。話し合いが終わったら私の部屋に来てください」

「はいよ」


 そう言ってフィーナは化粧用具を持って部屋を出ていく。さてと。


「《ゴーレム》、アストラという名前に聞き覚えはあるか?」

「……わたしの唯一のマスターです。今から311年と58日7時間3分11秒前の会話を最後に会っていません」

「なるほどね。じゃあもし自分がアストラだと言ったらお前は信じるか?」


 その言葉を聞きゴーレムは私の体を舐めるように観察する。そしてソイツは静かにかぶりを振った。


「あり得ません。貴女からはマスターの魔力を感じませんし、そもそも身体的特徴が全く一致していないです」

「そうなるよな。じゃあこれならどうだ?」


 ゴーレム自体背丈はかなり小さいが、それでも今の私の体よりも若干背が高い。なのでコアに手を当てるのでさえ一苦労だ。

 服のボタンを外し露出した赤いコアに手を当て、そこへ意識を集中させる。

 これで魔力パスを一時的ではあるが繋げられた。次いでお互いの体を包み込むようにマナを収束させる。


「《シェアドリーム》」


 言葉が紡がれると共に部屋の壁が何処までも続く草原へと塗り替えられていく。

 この空間には私とゴーレム以外には何もない。これで気兼ねなく真相をこいつに話すことができる。


「この魔法は……」

「お前の優秀な記憶回路ならこいつを覚えているだろう? 

 機密情報の漏洩を防ぎつつ円滑に情報共有を行うための手段シェアドリーム、お前が目覚めたのとほぼ同じ時期に開発を始めたこの魔術を」


 これを見てゴーレムは顔を下げて体を震わせてしまっている。そしてそのコアは点滅を繰り返していた。

 どうやら相当に混乱しているようだな。まあその辺りは追加の説明で納得してもらえるだろう。そう考えていると……。


「……どうして、わたしを見捨てたんですか。あれだけ待っていたのにっ……!」

「!」


 その時のゴーレムの顔は、まるで今にも泣きだしてしまいそうな人間の少女の顔だった。

 

 なぜそんな顔をする? いやどうしてそこまで感情を発露できるんだ?

 わからない、わからない事だらけだ。だから調べるためにも話を切り上げてゴーレムの体を解剖する必要があるかもしれない。


 なのに、これはまるで……。


「それは、こいつを見たら分かるよ」


 指を鳴らして天空に「私が追放され転生術を実行するまでの記憶」を映像として映し出す。

 それを見て彼女は今度は怒りを感じさせるような表情をする。

 ゴーレムが感情を持つことなどあり得ない。魔法陣の経年劣化による魔術式の異常作動の影響か、それとも。


 けど今はそんなものどうでもいい。

 感激と興奮、好奇心よりも遥かに強い感情が体を熱する。私の発明品がこんな進化を見せてくれたんだから嬉しくないわけがない。

 ただ記憶媒体に実験の工程や結果を記録し、それを基にサポートすることしか出来ないように設計されたはずのゴーレム道具が人間になった。

 それは奇跡に他ならない。

 こんな事を叶えられるのはそれこそ神以外に誰がいるというのだ?


 最終実験は決して的外れなものではない。その根拠となり得るかもしれない存在が目の前にいるんだ。

 こんなに嬉しいことは早々ない。


「まだ信じられないか?」

「信じられない、というわけではありません。今のわたしの思考回路は多くの疑問を呈しています」

「それはその内わかっていくだろうよ」


 興奮を必死に抑えながら再びゴーレムのコアに手を触れる。


「とりあえず聞かせてくれ。また私の下で働いてもらえないか?」

「……もしよろしければ、不束者ではありますがお傍に置かせてください」


 彼女は淑女のように静かに頭を垂れた。なら私から出せる返答はこれだけだ。


「……じゃあ、改めてこれからよろしく」

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