第10話 奴隷《ゴーレム》の中の美少女

 初めてみたその女の肉体を真似た躯体へと改造し終えたその人形は、なおも苔に覆われたその岩の上でうずくまるだけという無為な毎日を過ごしていた。

 精巧な少女人形のような美しい姿を得たにも関わらず、人形の不満と不安は増す一方だったのだ。


 何かが違う。これでは主に認めてもらえない。

 美とは何か、主の琴線に触れるにはどうすればいいのか、そもそも人間の男の欲とはどのようなものなのか。

 しかし、ガラス管の中で生まれ、本と実験道具だけという無機質な研究室で主としか触れ合わず、その生の大半をこの岩で過ごしてきた人形の演算装置コアはその問いに対する答えを見つけることができなかった。


 ――わからなければ一度違う角度から物事を観察してみよ。


 主が常日頃口にしていたその言葉、人形はそれを思い出すと《あの少女》の外見を思い出す。

 白い肌に美しい亜麻色の髪、そして――。


『ふく』


 そうだ、あの人間の少女は体温を適温に保つのと汚れから肌を守るのに使われる《服》を纏っていた。

 そして人間は服にどれだけ装飾が施されているかで評価するという。

 

 人形はそう結論付けると近くの樹木から皮を剥ぎ、それをあの少女が着ていた服のように変形させ直接体に貼り付ける。

 

 ――まだ、足りない。もっと綺麗にしないと。


 近くに生えていた花を樹皮に差し、綺麗な石ころをねじ込む。

 まだ足りない。もっと、もっと、もっと。


 人形は理性の欠片もなく、目に付く『綺麗なもの』を体に付けていく。

 始まりはただに認めてもらい傍にいたかっただけだったが、時間が経つにつれ人形に目的はただ綺麗になることへと変わってしまっていた。


 時間の流れとはかくも恐ろしきもの、それは暗闇のような孤独と共に人形のコアを擦り減らし歪ませ、遂にはおとぎ話に出てくるような誰もが想像し得る怪物へと変えてしまったのだ。


 そして。


 200年以上の時を経て、人形の前にどこか懐かしさを感じさせる美しく膨大な魔力を持った少女が現れる。


 ――欲しい。


 しかし人形にとってそれは、ただの餌、でしかない。

 かくして、歪な鉄板と無造作に植え込まれた植物で奇怪で醜悪と化した《ゴーレム》は日の光が差す領域に姿を現したのだった。





 物言わぬガラクタと化したゴーレムの残骸、観察してみたが殆どが元設計にはない部品のようだ。

 魔術の欠片もなく無理矢理溶接した鉄板や植物で大きく見えていただけで本体は小さそうだな。

 あんまり時間をかけて解体してたら屋敷の人に取り上げられそうだし、ここは……。


「これ全部貰っていい?」

「……ええ、構いませんよ」

 一瞬間があったがフィーナは承諾してくれる。多分あんな化け物を見て怯えてるんだろう。


 さっそと部屋で休ませてあげた方がいいかもな。

 それはさておき、まずコイツをどう解体すべきか。召喚獣は与えられた命令を実行することは出来るが、それは単純作業のみに限られる。


 そもそも奴らの握力だとこの貴重なサンプルを壊してしまいかねない。だからこそアシスタントにゴーレムを建造したのだが、生憎とここにそんなものない。

 本当はパーツごとで綺麗に保管しておきたかったのだが、持っていけないのならこうするしかないか。


「《物質置換》」


 とりあえずは溶接されているガラクタは全て処分しやすい圧縮させてしまう。

 大抵この大きさの単純作業用ゴーレムというのは頑丈性や扱いやすさを重視してコアを小さくしている。

 とりあえず容易に持ち運べるサイズにして後は時間をかけて解析すればいい。そう考えていたのだが。


(? 本体がかなり小さいな)


 幼女の肉体いまの体もかなり小さいが、このゴーレムの本体はアルマと同じくらいに小さい。

 あれほど大きく見えた躯体の大半はがらんどうだし、これじゃ服みたいなものだな。


 ならわざわざ壊す必要はないか。

 威力を落とした《クリーン》で中心部のパーツを取り払いコアを露出させる。


「……これは、これは」



 その胸に嵌めこまれている宝石はとても見覚えがあるものだった。

 世紀の大実験、生きる目的、最終目的を達成するための至高の実験、そのための観測のためマナの集結点へと観測に向かわせたのを最期に分かれた人造の助手ゴーレム

 それと同じコアを取り付けられている何処かフィーナに似ている少女の人形がそこにあったのだ。

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