第9話 賢者と魔女、そして怪獣

「どうしてこんな所にゴーレムが……」


 歪な姿をしたゴーレムは振り上げた鉄の拳を自分たちを目掛けてへ振り下ろされた。

 即座にシャドウシールダーを操りその攻撃を受け止めさせるが――。


「(この威力、《情報置換》の魔術か……)」


 《情報置換》とは物体を構成している情報を質量に変換するという魔術で、アストラが所属していた研究所では主に未知の古代遺物の解析調査などで使用されていたものだ。

 単純にかかる重量が2倍になっているのだから対人戦用のシャドウシールダーでは相手にならない。


 あのゴーレムの構造を詳しく知りたいけど、今は安全を優先するか。


召喚術サモン・ベヒモス」


 


 遠い昔にその製造技術が失われ、今やおとぎ話に登場する怪物の一種となった存在ゴーレム

 それが突然屋敷に現れ今や自分と義妹に襲い掛かろうとしているという状況にフィーナの思考回路はショート寸前だった。


 それでも彼女は大事なアルマを安全な場所へと連れて行くために恐怖を押し殺して立ち上がる。


 自分がやらなけらば誰がやる。周りに家臣はいない。アルマが頼れるのは自分だけだ。


 フィーナはこの恐怖と混乱の中で、アルマと出会った時の状況を忘れてしまっていた。

 無数のゴブリンを瞬く間に蒸発させる力、フィーナの背丈に比べて一回り小さいこの幼女にはそんな奇跡を可能とする力があるということを。



召喚術サモン・ベヒモス」


 アルマの肩を取ろうとしたその矢先、彼女の口からそんな言葉が紡がれた。

 意味は全く理解できない。アルマの家に伝わる呪いの言葉なのか、それとも祈りの言葉なのだろうか。

 フィーナの思考回路でこの言葉について考えられたことはこれだけだ。


 なぜか? それはこの時代に生きる常人では理解できないことがその意味不明な言葉によって発生したからだ。


「なにあれ……」


 地面がひび割れそこから這い上がって来たのはあの《ゴーレム》に勝るとも劣らない歪さを持った黒い生物だった。

 物置小屋ほどの巨体に小さな蝙蝠の羽、赤く輝く9つの目を持ち下半身が蜘蛛で上半身が蜥蜴という不完全キメラそのものと言える怪物ベヒモスはゴーレムに向けて飛び掛かる。


 ゴーレムはその巨体に見合わない俊敏さで攻撃を躱し、ベヒモスを使役するアルマを潰そうとする。しかし。


『!』

(そうすると思ったよ)


 四肢が崩れかけ今にも消滅しそうな状況になりながらも盾騎士シャドウシールダーが主からの命令に従い影の盾でゴーレムの強固な拳からアルマとフィーナを守護したのだ。

 もしソレが《質量置換》の魔術を行使していたら間違いなく彼女たちは赤黒いシミと成り果てていたことだろう。


 しかしアルマはソレが《質量置換》を行使しないと確信していた。

 なぜならば。


『—――――――ッ!!』


 8本の脚を器用に操りベヒモスはゴーレムの頭部を押さえつけると、その巨大な前腕でひたすらにその胴体を叩く。

 その拳から肉体を構成するマナが放出し出しても耐えず、殴る、殴る、殴る。

 初めはゴーレムも振り解こうとしていたが、執拗に一部分のみを狙った攻撃で発生した躯体へのダメージに耐えきれず、やがてその分厚い鉄板と乱雑に植物が差し込まれた腕をぴくりとも動かせなくなっていく。


 そして押し潰されひび割れた胴体を完全に破壊すべくベヒモスが腕を振り上げ……。


「はい、お疲れ様」


 「パンッ!」と手を叩く音が聞こえた次の瞬間には、丸で最初から存在しなかったかのように召喚された怪物たちは消え去っている。

 輝く銀の髪を持った褐色の幼女は微塵も恐れることなくゴーレムの壊れた胴体に近づいていく。


 一連の戦闘の間近にいた幼い公爵令嬢フィーナはただアルマという逸脱した存在に改めて・・・見惚れていた。


「(ああ、本当に貴女と出会えて良かった。貴女の傍にいればもっと面白く、もっと楽しい光景を見せてもらえるのでしょう?)」


 ――その心の底に歪んだ何かを抱えながら。

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