第8話 真似方、そして入学志願


 主の魔力を感じられなくなって一体どれだけの昼と夜の入れ替わりを見てきただろう。

 新しい研究材料の調達を命じる命令はこず、森に住む小動物に勝手に懐かれながら日光と木々の間を流れる冷たい風を浴びるだけの毎日。


 主と最後に会った日の事は今もこの記憶保存結晶に精確に保存されている。

 最終目的を達成するための至高の実験、《神を識る》のために私はこの森へ配属され主からの次の指令を待った。


 待った、待った、待った、待った、待った、待った。


 そうして100年・・・が経ち、私は理解した。捨てられた廃棄ということを。


 ガラスの中で生まれ、突然森の中に捨て置かれた道具に行く当てなどない。

 だからこうして岩の上で座って、いつか全機能が終了するその日を待つだけ。

 それからさらに時が過ぎ、森の一部が拓かれ巨大な建物ができた。記憶を参照するにあれは主が嫌っていたキゾクというのの住居らしい。

 

 どうでもいい。捨て置かれた私があんなものに関わる必要はない。

 仮にもし彼らが私を見つけたのなら、その時は容赦なく破壊してもらう。そう思って私は変わらぬ姿勢でキゾクを観察した。

 


 建物が完成して少し経ち、どこからか一台の馬車が現れ中から小さな人間の娘が現れる。

 屈託のない笑みを浮かべ誰からも慕われる少女、観察のため幾重にも視覚強化魔術をかけられた宝石の目は余すことなくその姿を記憶媒体に保存していた。



 主は人間の男性だ。そして大抵の人間の男というのはあのような女性に親近感を抱く生物だと多くの書物で報告されている。


 もしじぶんがこんな無機質な機械人形などではなく、あんな少女の姿だったら主は捨てずに留めて置いてくれたのだろうか?

 冷たい肌などではなく、この小動物のような温かい皮だったら寄り添ってくれたのだろうか?


 わからない、何もワカラナイ。

 主は言っていた、わからなければ実験をすればいいと。

 

 150年と1日8時間53秒ぶりに躯体を動かす。


 わたしじぶんの実験を始めよう。

 



「入学?」

「ええ、13歳になった貴族の子女は魔法学園に入学しなくてはいけないのです」


 午前中の講習を終え屋敷の庭園でお茶会をしているとフィーナが神妙な面持ちで話し始める。

 魔法学園、自分が通っていたアカデミーとはまた違うものなのだろうか?

 貴族の子女はそこに通う義務がある、ということから恐らくただの教育研究機関というわけではないのだろうが。


「ということは私は一人でこの屋敷で暮らすことになるのか? それだと」

「流石にそんなことはさせられません。姉たる者、アルマの面倒はちゃんと見ます。だから」


 そう言って彼女はカバンから魔紙を取り出す。表題には《魔法学園貴族枠入学》と書かれてある。


「魔法学園は旧第二王宮を改修したものだから何時でも王都に出向くことができますし、必要なら護衛も付きます。だから」

「わかった。そこに入るよ」


 学園と名乗っている以上は多くの書物があるはず。貴族向けとなれば一般に出回ってない物が収蔵されているかもしれない。

 私が追放されてから今に至るまで何が起きたのか知ることが出来る。


 そして何よりタダで研究道具や施設が使えるかもしれないよりありがたいものはないのだ。

 

「え、いいの?」

「むしろこちらから頼みたいくらいだ。これにサインすればいいのか?」


 フィーナはこくりと頷く。

 しかしあの鳩が豆鉄砲を食ったような顔、応じるとは思っていなかったのだろうな。

 そして、アルマを魔法学院に入れるために粘り強く説得するつもりだったのかもしれない。

 ということはあの屈託のない笑顔の裏には何かしらのデカい秘密を抱えている、ということもあり得るのか。

 まあ色々と考えはしたが、現状全ては憶測というより妄想の域を出ない。一応は家族なんだからそういった事を考えるのは良くないだろう。


「はいよ、書いたぞ」


 その間に《アルマ・フォン・フリードリヒ》と入学希望書にサインする。


「確認します。……?」

「どしたー」

「……いえ、随分と旧い字体だなと。アルマはどこでこれを学んだのですか?」


 普通に書いたつもりなのだが、どうやらフィーナには読みにくかったのかもしれない。

 研究所でゴーレムから「文字が下手で記録しにくい」とよく文句を言われてはいたが、そこまで下手な字だったのか。


「書き直した方が良い?」

「このままで良いと思いますよ。博識だと思ってもらえるだろうし」


 ん? 下手な字が博識に思われる?

 


「それってどういう……」


 フィーナに問おうとしたその時、空から謎の物体が落ちてくる。


「な、なにが起きたんですか!?」

「—―フィーナ、下がって」


 《シャドウシールダー》と《シャドウチャリオット》を召喚し盾にしながら砂埃の中にいる何かにそなえる。

 あの森にある仕掛けは全て解除したし、この身体に残っているアストラの残滓は私の記憶と魔術だけだ。つまりアストラを狙っての攻撃は不可能。

 となるとアレはフィーナを狙ったものかもしれない。

 そう思って備えていたのだが。


『—―――』


 何か軋む音がする。そして瞬く間に砂埃は取り払われ落下物の姿が露わになっていく。

 全身が稀少鉱石に覆われ、多種多様な花や木の枝が突き刺さった下手な小屋ほどの大きさを誇る異形の怪物。

 そいつは私を睨むと言葉にならない咆哮、否、嬌声を上げた。


『—――――――ッ!!』

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