第5話 追憶、そして現在
「多くの人間から負の感情というのを学んだ。だから決めたんだよ。私は、何も決めないと」
その言葉に目の前の研究員は私に掴み掛かり憤怒の表情を露わにして怒鳴り始めた。
「そんな下らん理由で、この栄誉ある研究所に何も貢献せず部屋に籠って研究ばかりしているのか!? いいか、お前はここに勤める……」
「何度頼まれても、いや脅されても答えは変わらない。観測実験が終わるまで
不可視の魔術を研究レポートにかけ、遠隔操作しているゴーレムにそれを金庫に入れさせてさらに魔術を幾重にもかける。これで私以外にはこの研究成果を見ることは出来なくなった。
「お前と違って俺たちには守るべき家族がいるんだ。そのためにも!」
「裏金やら色々サポートしてくれる大事な大事なパトロンを守るために
これ以上コイツと話すことはない。金輪際とな。
何も始まっていないのに全てを投げ出せだと? 冗談じゃない。私にはこの研究の結果を見届ける義務がある。
それこそが私が生まれてきた理由だ。
―――
「神の御心に背いた者よ。抵抗しなければ無用に命を取る真似はしません」
「(老害共が……)」
法衣に身を包んだ聖女とそれを取り囲む僧兵、魔法を行使しようとするが奴らが『聖威』と呼ぶ広範囲のマナ操作によってそれも叶わない。
奴らの向こうで
読唇術で読むと「あのレポートを手に入れられれば研究所は安泰だ」とか「あいつがいなくなれば俺の成果は認めれらる」だのつまらんことしかほざいていない。
だがそんなクズに手も足も出せず、そして滅多に見ることが出来ない『聖女のマナ』を前に何ら研究をすることすら出来ないのが今の自分だ。
滑稽だな、どこまでも。
「貴方には魔法は過ぎたる力だったようです。
生気のない眼で聖女は私の首を見る。すると瞬く間に漆黒の首輪、噂に聞く《呪いの首輪》という奴が装着されたようだ。
ああ、これで私には何もなくなったのか。だとしたら。
「異端者アストラに追放の罰を与える。邪神域の森で己の罪を悔いながら死ぬまで主に謝罪し続けよ」
――こんな体、もういらない。
♢
「寝てたのか……」
目を覚ますとそこは走る馬車の中だった。どうやらフィーナの衣装合わせに付き合っている内に眠ってしまったようだ。
窓の外を見ると月明かりが草原を照らしている。結構あの森から離れた所まで移動しているようだな。
「おはよう、というには時間が変ですね。お腹減っていませんか?」
「ああ、ちょっと腹減ってる。何かある?」
フィーナは編み物を止めるとバスケットの中からクッキーと紅茶の入った水筒を取り出して渡してくれる。
少しパサパサになってはいるが紅茶の水分で苦にはならない。
「あと数時間もあれば屋敷につくようです。それまでしっかり休養を取ってください」
「や、もう十分寝たから大丈夫だよ。おねーさんの家に着いてからの予定を教えてくれる?」
――特別な紹介が無い限り街に入ることは出来ない。
私が転生術式を展開している間に王国では政変が起きたようで、その結果治安が著しく悪化したという。
そして各市町では街に入るのに貴族が発行した入門許可証が必要になったそうで。
無論アルマにそれを手に入れる当てはなく、助けてもらった礼ということでフィーナが住まうフリードリヒ家の屋敷に向かうことになったのだ。
「着いたらすぐにお父様と面会します。なのでこの馬車の中で正装に着替えてもらうことになりますが」
「うん、それくらいなら大丈夫。魔法で振動はいくらでも和らげるから」
今もこの馬車には《振動止めの魔術》をかけている。車内にある装飾品は微塵も揺れていないし、これなら服を着替えるのに苦労することはない。
「わかりました。で、これが着てもらう服装なんですが」
心なしか興奮しながらフィーナは
紫で纏められ所々フリルのついた、如何にもな令嬢のドレス。
「これ着ないとダメ、……なんだよな」
「はい! きっとアルマちゃんなら完璧に着こなせますよ!」
まるで可愛らしい小動物と出会った乙女のように興奮しながらフィーナは私に似合う服装を考えている。
「屋敷についたら着せ替え人形にされるかも」と思いながらも、私は今の環境にどこか微笑ましさを感じていた。
……あんなクズ共に囲まれるような人生は二度とゴメンだ。
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