第4話 奇跡、そして令嬢
「あの……、貴女が先ほどの奇跡を起こした方ですか?」
少女は胸に手を当て緊張しながら私に問う。馬鹿正直にからくりをバラす必要はない。
とりあえず馬の上で考えていた設定を話すか。
「ああ、そうだ。私にとってこの程度のこと造作もない」
「こんな森の奥深くで貴女一人で生活していたのですか? 親は?」
「とっくにくたばってるよ。魔法さえあれば一人で暮らしていけるんだ」
思いついたのは、『森の奥深くで偏屈家な親に魔法の知識を叩きこまれ今まで森の中で暮らしてきた野生児』というシナリオだ。これだったら少なくとも転生や《アストラ》という名を知られることはない。
それにこの年頃の少女に見合わない言動をしたとしても「育ちのせい」という言い訳が出来る。
「1人でずっと……」
「まあ、そういうこと。もう魔物はいないだろうから無事に帰れると思うよ。それじゃ」
殆どの魔獣は先の攻撃で一掃されたからこの娘を一人にしても問題ないだろう。
だから私は先を行く。
シャドウチャリオットに指示を出して人里へ向けて走らせる。
「待ってください」
と、再び少女に呼び止められてしまう。これ以上話すことがあるのか?
「お姉さん、今度は何?」
「方向から見て貴女は街へと目指すようですが、そこに誰か知り合いはいるのですか?」
「いないよ。でも人里に行かないと目的を果たすこともできないし」
今の自分が何よりも欲しているのは情報と観測装置のパーツだ。特に情報はこんな森の中では中々得られない。
自分が死んだあと、研究所はどうなったのか。万が一残っているのだとしら慣れ親しんだ研究用具を取り戻せるかもしれないのだから。
そんな返答に赤い少女は一瞬暗い顔になるがすぐに表情を変えて覚悟を決めた目で私にあることを提案する。
「行く宛がないのなら私の家に来ませんか?」
♢
大貴族のご令嬢が身分を隠して市中を出歩く、というのは有名なロマンスだ。
昔に流行った、屋敷を抜け出し追手に追われる公爵令嬢が街中で記者に助けられ1日だけの自由を謳歌するという小説は令嬢たちの乙女心に深く突き刺さったという。
そしてそれは目の前の少女にとっても同じだったようで。
「お嬢様、お怪我はございませんか?」
「大丈夫です。それよりもセルジュ、この方に何か着る物を用意してさしあげなさい」
森を出た私たちを待っていたのは如何にもな従者だ。
高級な素材で仕立てられたのだろう綺麗なスーツに身を包み、優雅な立ち振る舞いをする誰もが思い描く理想的な執事は怪しげな笑みと訝し気な視線を私に向けてきた。
「失礼ながら身元もわからない方に施しを授けるのは」
「私の命の恩人です。無礼な態度は慎むように」
そう言って彼女は私の手を掴み馬車へと入る。車内は暑くもなく寒くもない温度で維持されており森の中に比べたら天国のような心地よさだ。
恐らくは気温を調整する
椅子の下を見ると巨大な氷塊が押し込まれている。なるほど、これの冷気で魔法を補っているというわけか。
しかしこれだけ金のかかった馬車は下手な貴族ですら用意できないだろう。となると。
「お姉さん、もしかしてお姫様だったりする?」
「いいえ、私は無駄に古くからこの国に在る貴族の娘ですよ。ところでまだ名前を伺っていなかったですね」
「……名前は『アルマ』、ただの『アルマ』だよ」
大昔にたわむれに読んだ推理小説のヒロインの名前をそのまま使う。特別珍しい名前でもないし問題ないだろう。
「アルマ……、良いお名前ですね。私の名はフィアナ・フォン・フリードリヒと言います。気軽にフィーナと呼んでください」
フリードリヒという貴族を私は知っている。建国に大きく貢献したという七大烈士、その一つに数えられ今も残る公爵家。
そんな歴史ある家の令嬢が私の目の前にいるのだ。
これはメンドクサイことになりそうな予感……。
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