第2話 転生、そして邂逅

 肩につく位の銀色の髪に褐色の肌、気弱そうな紅い眼を持った情けなさすらも感じさせるような顔の幼女。これが今の自分の姿だというのか。


 転生の儀について知られていることは殆どない。何せ儀式を完遂させるにはそれなりの魔力回路を持った人間を殺す必要がある。

 当然そんなことのために貴重な人材を消費する訳にもいかず、この術式についてはこれまで殆ど研究されてこなかった。

 それ故に分かっているのは詠唱者は死亡して記憶を持ち新しい肉体で甦るということだけ。


「観測装置さえあれば徹底的に解析できたのに……、あの老害どもめ」


 ずっと男として生きてきただけに女性の身体というのは慣れないことだらけだが、よくよく考えるとこれはこれで都合がいい。

 今の私の姿を見て【アストラ】と認識する奴はまずいないだろうから大手を振って人里を出歩くことができる。

 何よりこの身体には忌々しいあのクズの血が流れていない。つまり完全に縁を絶つことに成功したということだ。


 デメリットらしいものは殆どない。これはこれでラッキーだったのかもしれないな。

 となると今すべきことはこの裸体を隠すための服を見繕うことと衛兵などに呼び止められた時に使う設定を考えることか。


 この廃屋は元々執行前の死刑囚を待機させる場所だ。まともな服どころか布すらない。


「これを使うしかないか……」


 骸骨が纏うボロボロに擦り切れたローブ、元々自分が使っていたものだから構わないか。

 とはいえ死体から剥ぎ取るというのは中々抵抗感はある。仮にそれが自らのものであったとしても。


「《置換》」


 女性物の服というのには全く詳しくないが、とりあえずそれっぽい形に仕立て上げてみる。動きやすいようスカートは短めに、簡単に脱げるようシャツと一体化。毒物などで肌がかぶれないよう袖は長めに。


 冷暖は魔術で何とかなるし、もし変な服装だったのならまた作り替えればいい。


「こんなもんでいいかな」


 体も髪も特別汚れているわけでもないし出発しても問題ないだろう。

 と、忘れちゃいけない。


「《フレア》」


 積み上げられた自作の魔導書、それに向けて火炎魔法を放つ。

 この研究成果を他人に奪われる訳にはいかない。内容は全て覚えている。だからこうして燃やしてしまうに限る。


 自分はもうアストラ・・・・ではない。誰も素性を知らない一人の孤児としてこの世界を自由気ままに生きて、真理に辿り着く目的を達成までだ。


 まずは新しい人生に馴れるためにも人里を目指そう。



 ――最悪だ。

 衛兵が魔物と遭遇する可能性はないと断言している安全な森、そのはずなのにゴブリンの群れと遭遇してしまうなんて。

 赤い服を着た少女は汗だくで森を走りながらそんなことを考えていた。

 その後ろには平均的な女児より一回り小さい背丈でこん棒を持ち、黄色い蜥蜴のような眼をギラつかせるゴブリンの姿が見える。


 凡そ100体はいるであろう緑色の小鬼に対抗できる手段など凡人にはない。できることは木や岩の影に隠れながら奴らから逃げることだけだ。


「(逃げなきゃ……、さもないと)」


 飛び込むように岩影に隠れて少女は息を整える。運よく奴らに見つからず村へ帰れるよう祈りながら逃げ続けるしかない。


 けれど彼女が着ている一般的な村娘の服装は森の中を走るには邪魔なものが多く、元々少ない体力を余計に奪っている。


 よくある話だ。村娘が仕事で森に入り、魔獣に襲われたり亜人に犯されて死体と成り果てるというのは。

 


 そして運悪く今回の哀れな遭遇者は彼女だったというだけ。

 だが、彼女は決して不幸に散った娘・・・・・・・だったわけではない。



「《ヒートレーザー》」


 大木を焼き地面を溶かすほどの炎、太陽が落ちてきたのかと錯覚するくらいの熱量がゴブリンの群れを丸ごと消滅させる。


「よしよし、質は落ちてないっぽいな」


 次いで聞こえてきたのは底抜けに能天気な女の声、それも表面が焙られた岩にかくれている村娘よりも幼いように思えるものだった。

 村娘は岩陰から少し顔を出して声の主を探る。



 遮蔽物が無くなったことで直に地面を照らすようになった太陽の光を受けて輝く美しい銀色の髪、健康さを感じさせる褐色の肌、まるで宝石をそのまま埋め込んだかのような綺麗な紅い瞳。


 あどけなさを感じさせるその幼女は目の前の灼けた大地を見て満足そうな笑みを浮かべている。


 ――きっと大丈夫なはずだ。

 村娘はただの感ではあるがそう考え、その幼女の前に姿を現す。


「あの……、貴女が先ほどの奇跡を起こした方ですか?」


 これがこの時代に生きる或る公爵令嬢と、かつて史上最強の賢者と謳われた幼女の運命のファーストコンタクト。

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