第36話 メール

 弘志が病院に戻ると、沙羅は目を覚ましていた。

「……お父さん、どこに行ってたの?」

「お父さんも色々忙しいんだぞ!沙羅調子はどうだ?」

 余計な心配はかけたくない。弘志は笑顔を向ける。


「明日、もう一度検査して大丈夫なら退院ですって!ね、沙羅ちゃん」

 真美が嬉しそうに沙羅の代わりに答えた。明るい報告をしたい。


「……お父さん、赤ちゃんの性別聞きたい?明日聞けば教えてくれるんだって。迷うな。真美さんは知りたい?」沙羅はすっかり明るくなっている。


「……ママになる沙羅ちゃんは?」「どうしようかな。うーん、無事でいてくれたらそれでいいかな。いっぱいこの子にストレス与えちゃったから」


 沙羅はお腹をさすりながら、ごめんねと呟く。男の子でも女の子でもどっちでもいい。出産までこの小さな命を守り抜く事だけ考えよう。


「……じゃあ、明日また来るね。ゆっくりしなさい。おやすみ」


 弘志と真美は手を振って出て行く。明るく振る舞っていても、一人残された病室で不安になり、携帯電話を鞄から取り出した。


 今まで双樹に送った一方通行のメールの履歴を消したかった。双樹ではなく母親が読んでいたメールだ。お母さんは私の気持ちを全て知っていたんだ。


✳︎☆✳︎☆☆✳︎

お兄ちゃん、昨日ねお母さんとケンカしちゃた。

私トリマーになりたかったんだけど、反対された。    

▶︎沙羅、自分の人生だ、後悔しないようにね。


☆*☆✴︎☆

ついに私も戒め受けました。辞めるって言ったらお母さんが和室で号泣した。

お兄ちゃん、私、間違ってるのかな?悩み中です。

▶︎沙羅、お母さんを泣かせちゃうのは仕方ないよ。けど、間違ってないよ。


☆*☆✴︎☆

相談したい事があるんだ。あっ、お兄ちゃんは彼女出来ましたか?

私、バイト先でお客さんに付き合ってって告白されたの。

彼は二つ年上です。医大生なんだ。将来の事は考えてないけど。

初めて男の人を好きになりました。付き合ってもいいよね。

▶︎沙羅、良かったな。人を好きになるって幸せな事だよ。沙羅、また彼氏に会わせてくれ。


☆✴︎☆*✴︎☆

お兄ちゃん、久しぶり。お元気ですか? 言いにくいんだけど、私妊娠しました。

どうしても産みたいんだ。彼には内緒です。

出産時にちょっとトラブルありそうだから、家の人付き添いでって言われちゃった。お母さんと話せないから、お父さんにお願いしました。

そしたらね、再婚相手紹介されたの。真美さんていう人だよ。すごく美人で優しいの。

お兄ちゃん、お父さんに連絡先教えてもいいかな?

返事下さい。

▶︎連絡先は教えないで欲しい


☆*☆☆✴︎

お母さんから電話がありました。私まだ脱退していないんだって。

排斥処分保留なんだって。復帰を考えるように言われちゃた。

シングルマザーになるって決めたの。もう戻りたくないよ。

でも、時々不安になります。

彼との結婚望んじゃう事もあるよ。優柔不断な沙羅より。

▶︎子供のために教団に戻った方がいいよ。


☆✴︎☆✴︎☆

明日は定期検診です。もう六ヶ月過ぎたよ。

胎動も感じるの。早く赤ちゃんに会いたいな。

実は、輸血問題で揺れています。体は教団から離れたのに、まだ心のどこかで教義を恐れている自分がいる。輸血したら神に救ってもらえないのかな。

普通の家の子に生まれたかったよ。

▶︎順調で良かった。輸血は出来るならしないほうがいいと思う。


☆✳︎✴︎☆☆

今、検診終わりました。赤ちゃんが元気で安心したよ。

生まれたら抱っこしてね。本音は、拓海にも抱いて欲しかったけど。

お兄ちゃん、いつもありがとう!

▶︎分かった。


 双樹の返信が久美子に代ったのはいつからだろう。喫茶店で会った翌日にはもう双樹はこの世にいなかった。


 沙羅はメール全てを削除した。


 赤ちゃんのために前を向いて生きていこう!


 今からだっていくらでもやり直せる!


 沙羅は強くなりたいと思った。

 

 





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