第20話 反発

 シングルマザーになると決心したはずなのに、これが母親への復讐だと割り切ったはずなのに、父親のない子にしてしまう。沙羅は子供への罪悪感で苦しむ。生まないという選択肢もあるが、教団の教えが沙羅の堕胎という行為を止めた。自分のエゴで妊娠した愚かさを神はどのように見ておられるのだろう。


 ボーとしていた時、また電話が鳴る。見覚えのない番号に警戒しながら出た。


「もしもし」「……もしもし、沙羅、私だけど」


 ゆっくりと、沙羅の名前を呼ぶ電話の主は久美子だった。

「……沙羅、話があるの。今日会えない?」


いったい何を言っているのだろう。沙羅は答えないでいた。

「……沙羅、聞いてるの?今日会って話したいんだけど!」


 信仰否認をし、戒められ、排斥処分を受けた娘に、この人は何を言っているのか、勘当だと言って追い出したくせに、今、この人は会いたいと言っている。沙羅は頭が混乱した。こちらから連絡取れないように電話番号まで変えた母親ひと、今頃どんな顔して連絡してきたのか、沙羅は次の言葉が出ないでいた。


「……沙羅、あなたすぐにでも復帰出来るのよ!条件さえ満たせば、すぐ」

久美子の声が震えている。もう親でも子でもないと追い出した母親の声が明るく上ずっている。沙羅は久美子に苛立って冷たく言う。


「……復帰なんてするわけないでしょ!おかあさん、私これから子供産むんだよ。シングルマザーになるんだから。結婚前に妊娠したんだよ。もう排斥処分のままでいいから。ほっといて!」


「……それがね、あなたまだ排斥じゃないの。処分保留で悔い改めが認められたら、すぐに復帰出来るのよ。長の過分の御親切なの。沙羅は特別なのよ!」


 嬉々として話す久美子に沙羅は呆れる。どの顔して戻るのか、やっと抜け出せた宗教組織に戻る事ほど愚かな選択はない。沙羅はもう戻らないからと吐き捨てた。

「……お母さんに恥をかかせて!この二年、お母さんがどんな思いで過ごしたか分かる?双樹に裏切られて、沙羅にも裏切られて、お母さんがどんなに惨めで哀れで、苦労したかあなたに分かる?」


 電話の向こうで久美子がヒステリックに叫んでいる。今、沙羅は子供の頃のように怯えるのではない。久美子の精神がもっと壊れる事を望んで一言言った。


「お母さん、お父さんにも裏切られたね。……もう連絡して来ないで!」

 

 沙羅は久美子の泣き喚く声を途中で切り、携帯電話をベッドに放る。


───妊娠おめでとう!今、何ヶ月なの?体調はどう?栄養のある物食べなくちゃね、予定日はいつ?産後は実家いえでゆったり過ごしなさい。女の子かな、男の子かな?私もおばあちゃんになるのね、嬉しい。


 誰にも祝福されない妊娠をした私が悪いの?それとも変な宗教にはまったお母さんのせい?普通の生活がしたい。普通の家の子に生まれたかった。


 沙羅はベッドの上の携帯を胸に抱き、お兄ちゃんと言って泣いた。

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