第12話 弘志の告白 3

 弘志は両手で顔を覆ってから、おしぼりで額を拭き……告白を始めた。


◆◇◇◇◆◆

 双樹が生まれて一ヶ月もしないうちに、またあいつらは訪問してきた。すでに子育てを終えた五十代の女性二人だった。まだ朝八時前なのにだ。その時は帰れって怒鳴りつけてやった。昼間、嫌な予感がして、営業先から家に寄ったら、あいつらがいたんだよ。驚いたね、居間で楽しそうにしてやがったよ。久美子の姿はなくて、探し回った。どこにいたと思う?トイレだよ。双樹を、まだ首の座らない双樹を便器に座らせていたんだ。あの冷たい便器に真っ裸のままだ。すぐに双樹を奪いとって、バスタオルにくるんだ……。頭に血が上ってる父さんに久美子はなんて言ったと思う?……躾なの、甘やかしたらダメなんだと言った。新生児に何の躾が必要なんだ、って怒鳴りつけたよ。


 新生児のうちから一人の人間として扱わないと、この子は立派な大人に育たないとまで言った。怒鳴り声を聞いてあいつらも、黒瀬教祖の教えの通りに育てれば幸せになれますと、父さんを説得しようとした。許せなかった。


 毎晩夜中まで久美子と話し合った。寝不足のはずなのに、久美子の目はギラギラしていて、薄気味悪かった。いつ手に入れたか分からない水晶玉があって、これで邪心を清めているから大丈夫だと言ってたんだ。


『もうすぐこの世が滅ぼされるの!その事を私も伝えなきゃいけないのよ。お釈迦様が黒瀬教祖を仲介役としてお選びになったの。天に復活した黒瀬鉄斎がその大役を与えられたのよ!』


 久美子は支離滅裂な話をして、早く集いに行きたいと言った。沙羅も久美子から教えられてきただろう。黒瀬は死んで天に復活し、釈迦の命令でこの世を滅ぼす?ろくでもない話だ。その黒瀬っていう男が天にいる証拠を見せろって言ってやった。久美子は信仰の目を持つ人にしか分からないって言ったよ。呆れたね。


『黒瀬教祖の教えを聞いて、あなた!あなたにも救いの手が差し伸べられているの。早く信者にならないと滅ぼされるわ。お願い!』


 久美子は何かに取り憑かれたように、父さんに教えを聞くよう勧めた。そんな嘘信じられるわけないじゃないか。まして、世界を滅ぼした後、日本が楽園になるんだって。すでに亡くなった日本人は、その楽園に復活するらしい。ハハ。御伽話だ。信者にならなきゃ、滅ぼされて、その前に死んでりゃ、生き帰らされるって、不公平だ。そんな発想する黒瀬がインチキだって証拠だよ。


 久美子は父さんの反対を押し切って集まりに行った。やっと歩き始めた双樹も連れて行かれた。ある時、双樹の腕を見て驚愕した。アザがあった。細い腕に赤紫のアザが三つも。久美子を問いただしたら、あいつ平気な顔でこう言った。


『……そのアザ、いい子にしていられなかった罰よ。集いの最中に泣いたりぐずったから肌の柔らかい部分をチミくったの。そうやって体で覚えさせるのがこの教団の教えなの。もう少し大きくなったら、ムチで打つのよ』


 まさかと思って、双樹の履いていたズボンを脱がせた。太腿にも数カ所アザがあったよ。父さんは、初めて久美子の頬を叩いた。久美子が憎かった。そんな事をさせる教団の責任者を呼べって叫んだ。


 久美子は叩かれても頑なだった。父さんは、反対する事に疲れた。一度だけお爺ちゃんに久美子を辞めさせてとお願いに行った。お爺ちゃん、久美子の父親の答えを聞いて……父さんは反対するのを諦めた。


◆◇◇◆

「お爺ちゃん、なんて言ったの?」沙羅が前のめりで聞く。ここで久美子が正気を取り戻していたら、自分もこんな人生ではなかっただろう。


「『久美子の好きにさせてやってくれ。久美子は会いたい人がいるんだよ!』って。おじいちゃんは久美子の気持ちを優先させたんだろう」


 会いたいのはきっと亡くなった母親だろうと思った。それで久美子に確認した。久美子は本当の父親と、自殺した母親の復活を願い、三人で暮らしたい、それが希望だと泣きながら言った。


「……父さんは、少しだけ久美子の活動に寛容になった。そしたら、心が落ち着いたのか、双樹がいい子になったのか、久美子の体罰が減って……沙羅が出来たんだ」


 沙羅ははにかみ、否定していた自分の存在を、少しだけ好きになれた気がする。けれど、自分の腕に残るケロイドの跡は、また久美子への疑念に変わる。




 


 


 

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