第11話 弘志の告白 2

 弘志は沙羅が薬を飲んだのを確認してから、疲れてないかと聞いた。これ以上話しても愚痴になる。沙羅の為に話したい事も、内容次第ではストレスを与えるだけだ。沙羅の表情を見てそう感じた。沙羅は疲れていないと答え、苦しげな顔で話し始める。


「……お父さん、あいつらって、お母さんを勧誘した宗教の人たちでしょ?お父さんはやっぱり、あの人たちの事嫌いなんだね。でも、お母さんいつも言ってたよ。私はあの人達のおかげで幸せになれたんだって」


 沙羅は咄嗟に母親を庇う。と同時に自分自身も所属していた、その宗教の仲間の事も無意識に良く言った。弘志は健気な沙羅の洗脳を解くように、あえて悪役に徹する事にする。あいつらの事を悪く言えば、沙羅も目が醒めるだろう。


「あいつらが家に来たのは、双樹がお腹に出来た頃だった。久美子もつわりがひどくてね、最初は心配してくれたらしいけど、毎週、毎週訪問してきて、久美子に教団の教えを吹き込んでいった。久美子は初めてのお産が不安だったんだろうな。あいつらのアドバイスを何でも聞くようになって……まあ、弱みにつけ込まれたんだよ」


「あなた、そんな言い方はダメよ!」いつのまにか現れた真美が弘志にきつく言う。そして信仰の自由は認めるべきだと付け加えた。


「久美子はそれで幸せだったかもしれない。けど、家庭をめちゃくちゃにして、家族をバラバラにしたんだぞ!俺からしたら、あいつらは悪魔の使者だ!」


 弘志の怒りがあらわになる。沙羅は怯えた。弘志の態度に怯えたのではない。神に信仰を持たない弘志が、神の使者を悪魔の使いだと言ったからだ。


 教団から離れた今も、沙羅は神への信仰は残っていた。毒付いた父親に、神からの罰が下る!、幼い頃からの教えはまだ沙羅の心の奥深くに根付いているのだ。


「あいつらは、父さんの留守をいい事に、家に上がり込んで、久美子を洗脳していったんだよ。久美子は教えにのめり込んでいった。臨月に入った頃かな、集まりに行きたいと言い出して、大喧嘩になった。いつ生まれるか分からない大事な時に、そんな所に行ってなんかあったらどうするつもりだったのか、久美子は馬鹿だ。あいつはまだ行ってるだろ?」


 父親が怒るのも無理はない。車で片道三十分の山道を登った場所に教団施設はある。沙羅も通っていたその道で、何度車酔いしたか分からない。


「久美子は毎晩、いい事を学んでいると嬉々として話すんだ。もっと学びたいので集まりに行きたいと懇願してきた。ダメだと一喝すると、何を学んでいるのか本まで見せてきたよ。全部捨てるように言ったけどな」


 沙羅は知らなかった過去なのに、その話を聞いた事があると思った。物心がついた頃からよくその話を聞かされた。信仰の戦いに勝利した事を得意気に話す母親を、誇らしいと思った時期もあったのに。今は心が痛む。


「……沙羅、お前は信じていないだろう?神に背いた人間は滅ぼされて、神が選んだ日本人だけが救われるなんて。そんな馬鹿な事があると思うか?」


「……違うよ、神様は日本人だけじゃなく、神を信じる全ての国民を救うんだよ!だからお母さんは、お父さんを救いたくて必死だったんだよ」


 沙羅はしまったと思った。教えを否定されると、条件反射のように教えを擁護している自分がいる。弘志の顔が曇り、深いため息をついたのが分かる。


「どっちでもいいんだよ、そんな事。家庭を平和にする方法とか、お金を上手に管理する仕方だけ当てはめていればケンカにならなかったんだよ。久美子は子育てのアドバイスをまともに受けて、生まれたばかりの双樹にとんでもない事をしたんだ。かわいそうに、双樹に悪いことをした。久美子の暴走を止められなかったんだ。悔やんでも悔やみきれない」


 父親の目にうっすらと涙が浮かぶ。沙羅はこんな感情的になる父親を見たことがない。弘志は後悔の念を抱いていると、久美子の子育ての異常さを語り出した。


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