第10話 弘志の告白

 デザートを食べ終わると、弘志は真美に席を外すように言った。真美は何かあったら呼んでねと、沙羅に微笑んでその場を離れる。


「さっき病院で貰った薬を飲みなさい」弘志は強めの口調で言う。気分の悪くなった沙羅の代わりに、薬剤師から説明を受け、食後に飲むよう促す。


「……貧血がひどいらしいな。鉄剤だそうだ」「中学生の頃から貧血気味だから。この薬飲むと気持ち悪くなるんだ。やだな」沙羅は赤い錠剤を口に無理やり押し込む。


「薬で良くならなかったら、入院だって言われたろ。我慢しなさい」

 医者の話を真剣に受け止めたのか、弘志はきつく言う。出産までにヘモグロビンの値を基準値まで上げ、何かトラブルがあった時の為に、自己血貯血の必要がある。子供を無事に生む為だ、我慢して飲む。母親も薬を飲んでくれたのだろうか?沙羅はふと、疑問を持った。


「お父さん、お母さんとはどこで知り合ったの。恋愛、お見合い結婚どっち?」


 普通の家庭なら照れながらする質問だろう。沙羅の真剣な眼差しに、弘志は圧倒され、昔話を語り始めた。


「お母さんとは恋愛結婚だった。久美子はお父さんがよく行く駅前の本屋でアルバイトしてたんだ。色が白くて華奢なんだけど、力があって、ふふ、お父さんの一目惚れだったな」


 初めて聞く両親の出会いに沙羅は少し驚く。久美子からは恋愛結婚をした事の想像が出来ない。しかも父親の一目惚れも意外だ。


「付き合って半年でプロポーズしたんだけど、まだ結婚は考えられないって断られてね。三年後にやっと受け入れてくれたよ。久美子の実家に挨拶に行った時は驚いたな。大きな屋敷で城かと思った。お義父さんがいい人で結婚をとても喜んでくれてね。ただ、そのあと……」


 弘志は言葉を濁した。別の日に自分だけ義父に呼ばれ、久美子と義父は血の繋がらない親子であり、母親は自殺したという事実を聞かされた。弘志はその事を沙羅に言う必要はないと判断して話を変える。


「……お父さんはお母さんが好きで結婚し、双樹と沙羅が生まれたんだよ。幸せだったな。ただおじいちゃんに沙羅を抱かせてあげられない事が残念だった。お爺ちゃんは沙羅が生まれる二ヶ月前に亡くなったよ。あっ、双樹も沙羅もお爺ちゃんが名前をつけてくれたんだぞ」


「……そうなんだ」沙羅は自分の名を祖父がつけてくれた事に安堵した。祖父は読書が趣味で孫が出来たら、この名前を付けたいと決めていたらしい。偶然にも、黒瀬教祖の好きな言葉が同じである事に、運命を感じた。


「新婚時代は楽しかったな。久美子は安月給を遣り繰りして美味しい物を作ってくれた。いい妻だし、いい母親だったよ。……らが来るまでは」


 あいつら?小声で言った弘志の言葉を沙羅は聞き逃さなかった。

「あいつらって、まさか?」沙羅はそれが誰なのか分かっていた。


 


 

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