第6話 久美子の過去

 もう朝なのだろうか、変な夢を見ていた気がする。揺れるカーテンの先に目をやると、わずかに窓が開いているのを確認できる。弘志の電話に動揺した事実を突きつけられた。水晶に手をかざし平安な心を取り戻す事が出来なかったようだ。夫が五年前に家を出てから、次々に双樹と沙羅がいなくなった。


 二階の寝室と子供部屋はひっそりとして、夜は行かないようにしている。昨夜も睡眠導入剤を飲んだようだ。枕元に水の入ったコップがある。突然、沙羅の妊娠を聞かされて、苛立ちを抑えるためにいつもの倍の量を飲んでしまったらしい。久美子はまだ朦朧としていて横になった。嫌な夢にうなされた朝は目覚めが悪い。また母親の夢を見ていたのだと思った。

 

◆ ◇ ◆ ◇ 

久美子は田舎で生まれ育った。どこを見ても田んぼや畑のある山間の町で少女は高校を卒業したら、都会に行くことだけを願った。父親は米農家の長男で、おっとりとした口数の少ない人だ。一人娘の久美子をとてもかわいがり、甘えさせた。祖父母も輪をかけて久美子を大事にしてくれた。


「久美子、都会にだけは行ってくれるな。あんな危ない所にはやれん。この家から通えるなら、大学でも専門学校でも行っていい。就職したければ、町役場か、農協さんに声かけてやるで。どうせ結婚までの腰掛けだ。いい婿取ってくれたらそれでいい」農家が嫌なら継がなくていいと父親は言った。


 久美子は父親の願い通り、家から通える駅前の小さな本屋に就職した。半年経った頃、祖父母が相次いで老衰で亡くなる。


 父親はこれ幸いと田んぼや畑を売り、そのお金であちこちに土地を買い、アパート経営を始める。過疎化が進んでいたにもかかわらず、反対に核家族が増えて、田舎町のアパートはすぐに満室になる。父親の読みは当たり、家賃収入だけで潤うようになった。久美子の母親は大金が手に入ると人が変わったように派手になり、外出が増えていく。


「お母さんは好きな人と一緒になれなかった。久美子は一番好きな人と結婚しなね。後悔しないようにね」幼い頃から聞かされた母親の口癖は、久美子を惨めにする。きっと母親は農家の嫁が嫌だったんだろう。少しくらい勝手な事をしても罰は当たらないのだと、父親は母を庇ったが、久美子は嫌悪した。


 ある日、母親が預金通帳と共にいなくなる。母親の突然の蒸発で今までの穏やかな暮らしが一変した。


 



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