第4話 浮気の原因

 弘志はもう一口水を飲んだ。ゴクリと喉仏がゆっくり動く。父親なのに初めて見る男の人のようで、嫌悪した。妊娠しているからなのか、男女の色恋、特に父親の汚らわしい部分に触れるのは勇気がいる。吐き気がして口元をハンカチで押さえる。


「……大丈夫か?お腹が空いているだろう。先に食べよう。真美、沙羅のドリアを先に持ってきてくれるか」「分かりました」夫婦のやり取りの後、すぐに真美はワゴンで料理を運んできた。


「お待ちどう様、前菜とサラダを先に召し上がってね。沙羅ちゃん、サラダのドレッシングは何になさる?」


 この状況でなんて呑気な人だろう。紹介されたらもう継母おや気取りなのか。沙羅は何でもいいですとつっけんどんに言う。


「……食事は赤ちゃんのために美味しいって食べるのよ。お母さんがおいしいおいしいって食べたら、栄養が行き渡るわ」


 沙羅が何も言わないでいると、皿にバランスよく野菜を乗せてゴマのドレッシングを少なめにかけてテーブルに置いた。それから小皿にパスタやピザを手際よく取り、並べていく。

「沙羅、ここのカルボナーラは美味いんだぞ。パスタもどうだ」


 弘志の口から今まで聞いたことのないカルボナーラという単語に少し戸惑う。離婚してから食べられるようになったと弘志は笑った。


「……家では絶対に食べさせてくれなかったものね。私にも少しちょうだい」


 久美子は健康食品にこだわり、教団の教えに忠実で無農薬ものしか買わなかった。白米も小麦粉も悪だと言って、一切使わない。外食なんてもってのほかで、沙羅は友達とハンバーガーやドーナツを食べた経験がない。


「結婚して二年目までは、お母さんの手作りのピザやパスタを食べていたんだ。久美子は料理が得意で、何を作ってもうまかったな。双樹の誕生日にはケーキも手作りして……。沙羅も写真で見たことがあるだろう?」


「そうね、クリスマスケーキも手作りだったね。私は全く覚えてないけど、お兄ちゃんが嬉しそうに食べてる写真見た事があるよ」


 沙羅はその写真を見るたび、久美子にこういうの作ってとお願いした記憶があった。作れないのなら、誕生日にケーキを買ってお祝いして欲しいと泣いて頼んだ事もある。久美子はただ首を横に振るばかりだった。ホールケーキは悲しい思い出しかない。


「……久美子は三年目のクリスマスからケーキを作らなくなった。誕生日もクリスマスも祝う事が出来ないって真顔で言った。理解出来なかったな。その頃からケンカが絶えなかった。沙羅の一歳の誕生日も祝ってやれなくて……ごめんな」


 久美子が入った宗教の教えのせいで両親が絶えず喧嘩していたのだ。沙羅は久美子に嫌気がさして、父親が他の女性に目が向いたのだと思った。


「……それでお父さんは浮気したの?」


 単刀直入な沙羅の問いかけを遮るように真美が来た。

「沙羅ちゃん、ドリアはくどいでしょ、雑炊ができたわ。梅干しとちりめんじゃこ、大葉と海苔もかけてあるの。妊婦さんにはカルシウムも必要でしょ。召し上がれ」


 弘志は沙羅に答えず、冷める前に食べなさいと言う。真美の差し出した雑炊が思ったより美味しそうで、手をつけた。全て食べ切ってから話を聞こう。お母さんが美味しいって食べなきゃこの子に栄養が行き渡らない。真美の言葉を思い出したからだ。



 




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