第41話 後継②
紀州に帰った蓮之助は、家法への跡目相続を藩主頼宣に進言し、許された。
その際、家法の剣術指南役就任のお披露目の意義も込めて、最近、天下に名を知られ始めた柳生十兵衛との、御前試合が行われる事が決まった。
そして、予てからの約束だった、蓮之助と宮本武蔵の試合も合わせて行う事が決まり、華は、気功神剣の模範演武をする事になった。
「父上、十兵衛様とは会った事はありますか? どんな剣を使うのか気になります。無様に負けては殿の顔を潰す事になりますから……」
指南役としての重圧からか、家法が珍しく弱音を吐いた。
「家法、弱気な事を言うでない。十兵衛は柳生本家の跡継ぎで、今では柳生家最強と言われているが、心配はいらぬ。お前の腕なら後れは取らぬだろう。当然の事ながら、気功剣は禁じ手とする」
「はい!」
その日から家法は、義弟、山本一之進を相手に、剣の修行に明け暮れた。
一月が経ち、試合の日の二日前に、柳生十兵衛は紀州柳生家に入った。
全国を武者修行しているという十兵衛の風貌は、どこか蓮之助の若い頃に似ていた。歳は、家法より三つ上の同年代だが、叔父になる。性格は竹を割ったような爽やかな青年だった。家法と十兵衛は直ぐに意気投合して、剣の話に時間を忘れた。
一方、長年の約束を果たす為にやってきた武蔵も、前日に姿を見せ、蓮之助と二人酒を酌み交わしながら、あれからの互いの人生を振り返った。
そして、御前試合の当日となった。城内の広場には、藩主頼宣をはじめ近隣の諸侯、家臣など、数百人の観衆が集まっていた。
第一試合は、柳生家法と柳生十兵衛との同門対決である。家法二十四歳、十兵衛二十七歳の若者の戦いは、最初から激しい打ち合いの応酬となった。
柳生最強といわれる十兵衛の剣は、力を前面に出した剛剣で、家法の剣は、その剣を受け流しながら攻撃へと転じる、柔の剣であった。
凄まじい打ち合いが続くと、観衆はその戦いに固唾をのんだ。その内、激しい打ち合いで二人の木剣は折れてしまった。
「真剣で参ろう!」
十兵衛に同意して、家法も真剣を持った。観衆は緊張の面持ちで二人を見つめる。
刀と刀がぶつかり火花が散った。二人は四半時も打ち合ったが勝負は着かず、両者とも、肩で息をするほどに疲れが見えて来た。
その時、小刀を抜いて二刀流となった十兵衛が、渾身の右手の大刀を振り下ろした。それを振り払おうとした家法の刀と、十兵衛の刀が激しくぶつかり、二人の刀は、又しても折れてしまった。
だが、それに構わず、十兵衛の左手の小刀が家法に振り下ろされた。その刹那、家法の両手が拝むように十兵衛の小刀を挟んだかと思うと、右足で彼の腹をしたたか蹴った。
数間も飛ばされて起き上がろうとした十兵衛の胸元に、家法が、奪った小刀を突き付けて、勝負は着いた。
「おお! 真剣白刃取りか。家法、見事じゃ!」
藩主頼宣が、膝を叩いて喜びの声を上げた。
「叔父上、私に花を持たせましたな」
家法が笑みを浮かべると、十兵衛もにやりと笑った。
「いや、今回は儂の負けじゃ。柳生一門として共に励もうぞ」
二人は、手を取って互いの健闘を称えた。
続いて、当代随一の剣豪といわれる蓮之助と武蔵が登場すると、観衆からどよめきが起こった。
「武蔵殿、二十数年前の約束が果たせて嬉しゅうござる」
「拙者とて同じ事、我が二天一流の奥義、とくとご覧あれ」
二人は、最初から真剣での試合となった。武蔵は、二刀を抜いて両の刀を下げた状態で立った。蓮之助は、下段の構えでこれに対応して睨み合いが続いた。
互いに剣を極めつくした二人は、大自然に溶け込んだように、殺気も、気負いも、感じることはなかった。
観衆が瞬きした瞬間、二人は打ち合っていた。だが、剣の動きが速すぎてよく見えず、ガッガッという刀の激突する音だけが聞こえた。それは、達人同士の、異次元の戦いだった。
押しつ押されつ、互角の戦いが暫く続き、決着はつきそうも無かった。
観衆は、そんな二人の顔を見て驚いた。彼らは、微かに笑みを湛えていたからだ。二人は戦いを楽しんでいたのである。
だが、次の瞬間、勝負は一瞬で着いた。
二人が気合を発して激突した刹那、蓮之助の刀は弾かれ、武蔵の小刀が蓮之助の喉元でぴたりと止まった。
「おおッ!」
観衆は感嘆の言葉を発した。
「流石ですな。二天一流の奥義しかと見せて頂きました。私の負けです」
蓮之助が、刀を納めて武蔵に頭を下げた。
「蓮之助殿、何故気功剣を使わなかったのじゃ?」
「気功剣は、厳密に言うと剣とは申せませぬ。あなたとの戦いは、剣のみで戦いたかったのです。お陰で良い思い出が出来ました」
「こちらこそ」
二人ががっちりと握手を交わすと、戦いを絶賛する観衆の声が城内に木霊した。
最後は、華の気功神剣の演武である。
彼女から十丈【約三十メートル】ほど離れた位置に、二十体の藁人形が、横一列に並べられていた。
華が呼吸を整え、二刀の剣を抜いて一気に振り抜くと、二十体の藁人形は一瞬にして真っ二つになって散った。観衆からは声も出なかった。
次に、華は背丈の倍はあろうかという大きな石目掛けて、気合一発、二刀の神剣を放った。最初変化がなかった大石だったが、次の瞬間、十文字に割れてごろりと転がった。
「何たる妙技、見事じゃ!」
藩主が声を上げると、観衆からの拍手と喝采が華を包んだ。
家法の、正式な跡目相続は数日後に行われ、蓮之助は大目付の役目に専念する事となった。
小春日和のある日、蓮之助と華は和歌の浦の海岸に立っていた。夫婦水入らずで、海岸で貝を拾ったり、蓮之助は釣り糸を垂れたりして、子供の頃に戻ったように楽しく遊んだ。
「十六歳で蓮之助様に出会った頃が、懐かしゅうございますね」
「うむ、二人で山小屋で修行した頃は、刺客との闘いの地獄の日々であったが、今でもあの頃の事が思い出されてならん。なんだかんだと言うて、お前と暮らす事が楽しくて仕方なかったのだ」
「私もです」
二人は、海岸の砂の上に座り、肩を寄せ合って思い出話に花を咲かせた。
二人の周りに、幾羽もの海鳥が舞い遊び、海は凪いで金波銀波がキラキラと輝いていた。そして、空と海の青を分けた水平線は、二人の前途を寿ぐように、どこまでも続いていた。
完
ご愛読ありがとうございました。
蓮之助と華 安田 けいじ @yasudk2
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