第40話 ……どうしよう

 アウシューラ帝国にある教会、その祈祷室にて――


「聖魔王ベルゼビュート様より預言を賜りました……」


 一人の少女が、静かに言葉を漏らす。


 彼女の名は〝エリス〟――

 聖魔王教会が誇る預言の巫女である。


 一生のほとんどを祈りを捧げることで過ごし、聖魔王ベルゼビュートからこの世の転機に関する預言を賜る役割を担っている。


「預言……!」


「いったいどのような!」


 エリスの言葉に、周りの神官たちがざわめき始める。


 そんな神官たちに、エリスは――


「この国の都市、リューインにて、四魔族の一柱が復活したようです」


 ――と、答える。


「「「…………ッ!?」」」


 神官たちが、驚愕のあまり息を漏らす。

 だが、エリスの言葉はこれで終わりではなかった。


「安心なさい。すでに四魔族は一人の英雄によって倒されたようです」


「な……!? 四魔族の一柱をたった一人でですと!?」


 エリスの言葉に、またもや神官たちはどよめき始める。


「至急、皇帝陛下に報告しなければなりません。四魔族を一人で倒してしまうほどの戦力の持ち主……できることなら帝国の管理下に置きたいところでしょうから」


「かしこまりました! 至急、皇帝陛下にお伝えいたします!」


 エリスの言葉を聞き、冷静になった神官の一人が、駆けていくのであった――


 ◆


 四魔族レヴィの襲撃から一週間後の、とある朝――


「はい、クロノ様……あ〜んですわ♡」


 クロノの家のリビングで、シェリルがフォークに刺したソーセージを、クロノに差し出してくる。


「あ、ずるいぞ、シェリル! クロノちゃん、私も……あ〜んだ♡」


 負けじと自分もクロノにフォークを差し出すスミレ。

 そんな二人に苦笑しながらも、それぞれに応えてやるクロノ。


 皆の様子を、アリアフィーネが微笑ましい様子で見守っている。


 あの日の夜――


 クロノはシェリルとスミレの懇願に負け、二人を受け入れた。


 もちろん哀れみの感情で受けれいたのではない。

 二人がそこまで自分を想ってくれている……そしてそれがアリアフィーネの願いであったというのが、大きかったのだ。


 その後四人で、クロノ家で共同生活を始めたのである。


 ちなみに……シェリルの両親も、スミレの両親も、その報告を聞いた時は大喜びであった。


「さて……アリアフィーネ、そろそろ出かけるか?」


「ふふっ……そうですね、ご主人様♡」


 朝食を食べ終えたところで笑い合う二人――


 週の中で、曜日毎に誰と過ごすか……もしくはみんなで過ごすかなど、女性陣が当番表のようなものを作って、クロノとそれぞれ想い想いの時を過ごすことになった。


 今日はアリアフィーネが、クロノとデートをする日なのである。


「むぅ〜、羨ましいですわ……」


「そう言うな、シェリル。明日はシェリルの番だろう?」


「そうですわね、スミレさん」


 そんな風に笑い合いながら、シェリルとスミレは、クロノたちを見送るのだった――


 ◆


 数刻後――


「はぁ、なんで俺が捜索任務なんて……アリアフィーネがまだ見つかっていないというのに……」


 迷宮都市リューインに続く街道を歩きながら、勇者レイジは溜め息を漏らす。


 皇帝により、四魔族の一柱を倒したという人物を、帝国に連れて帰るように命じられたのだ。


「そうぼやくなって、レイジ」


「そうよ、城で悶々と待つより、たまには外の空気を吸った方がいいわ」


 一緒についてきた、拳の勇者ゴウキと、魔法の女勇者リナが言う。

 そしてその後ろには、屈強な兵士たちを数人ほど従えている。


「まぁいい、ささっとその英雄とやらを探し出して帝都に帰ろう……ん? アレは……ッッ」


 言葉の途中で、レイジが遠くを見つめ……目を見開く。

 近くにある丘――その頂上に、信じられないような光景を目にしたからだ。


「あ、アレって……!」


「ああ、間違いねぇ!」


 リナとゴウキが、互いに頷き合う。


 そして次の瞬間――


「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!」


 ――目を血走らせて、レイジが聖剣を引き抜いた。


 そしてそのまま丘の方へと駆けてゆく。


「おい、待てレイジ!」


「ああもう! 追うわよ、ゴウキ!」


 突如激昂したレイジを、リナとゴウキ、そして兵士たちが追いかけていく。


 ◆


 同時刻、迷宮都市近郊の丘の上で――


「素敵な景色ですね、ご主人様……」


「ああ、本当だな……」


 丘の上からの景色に、アリアフィーネが感嘆の息を漏らし、クロノもそれに頷く。


 誰にも邪魔されない場所で過ごそうと、二人は丘の上をデート場所に選んだのだ。


「ご主人様……」


「アリアフィーネ……」


 見つめ合う二人、そしてその唇と唇が重なり合う、その瞬間だった――


「やっと見つけたぞ! アリアフィーネ!」


 ――丘の坂から、そんな声が響き渡った。


「げぇ! 勇者……ッ!?」


 声のした方を見て、思わず声を上げるクロノ。


 そこには肩で息をしながら目を血走らせる、勇者レイジの姿が……。


「もう逃げられないぞ! 人の婚約者を奪った、悪辣卑劣な輩め!」


 クロノに向かって、レイジが吠える。


「むぅ、人聞きが悪ぞ、勇者よ。あれは不可抗力というものだ」


「そうです! クロノ様は悪くありません! だって、何も知らないクロノ様を誘惑したのはわたしですもの……♡」


 クロノの隣で、彼の腕に自分の腕を絡ませながら、その言葉に頷き、蕩けた声を出すアリアフィーネ。


 そんなアリアフィーネの言葉を聞き、レイジが「な……ッ!?」と思わず声を漏らす。その後ろで、リナとゴウキ、それに屈強な男たちがどよめき始める。


「そ、そんなのは嘘だ! アリアフィーネ、君はその少年に操られているんだぁぁぁぁッッ!」


 そんな叫びとともに、勇者はクロノに向かって聖剣を振り上げながら、勢いよくその場を飛び出した。


(どうしてそうなる……!? しかし、こうなれば相手をするしかない、か……?)


 クロノは少々躊躇いながらも、自分も《聖獣剣》を構え、勇者の刃を迎え撃つ。


(むぅ、どうしてこうなってしまったのか……)


 刃と刃が火花を散らす中、クロノは溜め息を吐きながら、頭の中で過去を振り返り、始めたその時であった――


「《ロックボール》ッ!」


 ――そんな少女の声が響き渡った。


「ぐぁ……ッ!?」


 レイジが苦しげな声を漏らす。


 その背中には石飛礫が複数めり込んでいるではないか。


「な!? どういうつもりだ、リナ! レイジに攻撃するなど……!」


「レイジ! ゴウキその男の子……いえ、その〝お方〟に攻撃をしちゃダメよ!」


 ゴウキの声など無視して、リナが叫ぶ。


 するとその場に武器である杖を投げ捨て、クロノの元に駆け寄ると、彼の前に跪いてしまう。


「……? 少女よ、どういうつもりだ?」


 レイジに《聖獣剣》を向けながらも、リナに向かってクロノが問う。


 するとリナは――


「仲間の無礼をお許しください、そしてあなたのステータスを、私の固有スキル《アルティメットステータス》によって覗かせていただきました。クロノ様……いえ、転生された〝聖獣ベヒーモス様〟……!」


 ――そう言って、クロノを見つめる。


「な……!?」


 リナの言葉に、クロノが驚愕の声を上げる。


 そんなクロノに「やはり間違いないようですね! さすがは女神様に賜ったスキルだわ!」と、感激の声を上げる。


 リナはこの世界に召喚される際に、女神により相手のステータスを完全看破する固有スキル《アルティメットステータス》を与えられていた。


 そしてそれにより、クロノが聖獣ベヒーモスであることを見破ったようだ。


「あぁ……! 聖獣様が転生を果たしているなんて! それもこんなに愛らしいお姿に……っ!」


 興奮した声を上げるリナ。


 そんな彼女に圧倒され、レイジにゴウキ、兵士たち、それにクロノとアリアフィーネさえも言葉を出すことができない。


 そんな中、リナが「聖獣様! お願いがございます!」と再び跪きながら、クロノを見上げる。


 クロノは思わず「な、なんだ……?」と聞き返してしまう。


 そしてリナが、衝撃の言葉を放つ――


「私を……女勇者リナを……聖獣様の〝花嫁〟にしていただきたいのです!」


 ――と……。


「はぁ!? リナ! お前何を……!?」


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ! アリアフィーネに飽き足らず、リナまで操るつもりかッッ!」


 ゴウキが驚愕の声を、レイジが激昂の咆哮を上げる。


 クロノの横でアリアフィーネが――


「すごいです、ご主人様! とうとう女勇者様まで落としてしまいました!」


 ――と興奮した声を上げている。


(ああ……どうしてまたこんな状況に……! どうしよう……)


 心の中で嘆き、途方にくれるクロノ。


 最強ステータスを引き継いで転生した少年の苦悩は、まだまだ続くようだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強のステータスを引き継いで人間に転生した聖獣ベヒーモス、勇者の婚約者(お姫様)をうっかり寝取ってしまう 銀翼のぞみ @nozomi_ginyoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ