第22話 事実無根の現実
「まず初めに言っておきますが、銃や化け物など──どこにも存在しないのです」
御伽ちゃんは語り出す。その一発目で、俺は早くも黙って聞いていられなかった。
「ちょっと待て」
「はい? どうかしましたか?」
存在しない、それを言うのが彼女と鳴子以外なら、俺は口を挟まなかっただろう。しかし存在を否定しているのは、この世界でその存在を認識する数少ない彼女が、そう言ってしまっているのだから、口を挟まずにはいられない。
「だって御伽ちゃんは見えている筈だろう」
「本人にとっては現実でも、それが事実とは限らないのです。本人にとって事実でも、それが現実とは限らないように──まあ何も知らないのですから、とりあえずは黙って聞いておきなさい」
「……はい」
「まず前提として、化け物と銃は存在しません。ですが私達にはそれが見えています。そしてこの二つは──矛盾しません。何故なら化け物と銃などこの世界のどこにも存在しないから」
流石に混乱して来た。
「いえ、存在しないのではなく、実在しないと言った方が正しいかもしれませんね」
「……つまり見えているのも、手にしているのも、気のせいだと?」
「ええ、その通りです」
「すまんが全然理解出来ない」
仕方ない、そんな感じで御伽ちゃんは溜息を吐く。
「私がこの結論、つまりQEDに至ったのはずっと昔の事です」
その言葉、気に入ってるのか。
「例えばですが、先輩は幽霊を信じていますか?」
「居ない、そう思うが……言い切れないだろうな」
以前なら真っ先に否定していた、だが彼女達の存在が、完全な否定を拒んでいた筈。なのに、
「では、その他の未確認生物は? 吸血鬼やゾンビなどの伝承上の伝説上の生物は?」
「どっかにはいるんじゃないか」
「それは何故ですか? そう思うのは何故ですか? 可能性を否定し切れないのは何故でしょう?」
それは勿論、テレビや映画やアニメなんかの媒体で目にする機会もあるからだし、実際に目撃証言がある、なんて話もあるくらいだ。どれもこれも嘘っぱちに思えるが、これだけ多いならば、もしかしたらUFOくらいは居るのかもしれない。
「何故って、そう思うのは普通だろ」
「ええ普通です。古来から語り継がれて来たものであり、大衆が認知しているから。この世界の不可思議な現象の内、ほんの僅かな欠片くらいは本当なのかも。そう思ってしまうのは普通でしょう」
御伽ちゃんは腕をつくと、距離を近付けた。
「ならば、銃と化け物は誰が認知しているのでしょう」
甘い香り、肩は触れ、二の腕が触れた。
「ほんの僅かな欠片ほど、大衆が認知しているでしょうか。古来から語り継がれて来たでしょうか」
「……でも、やっぱり御伽ちゃんには見えているじゃないか」
「そうですね。見えているのは──私だけです。重要なのはこの部分なのですよ」
彼女は座り直すと、再び空間を空ける。
「以前、クラスメイトに同じように銃を持った知り合いがいると、そう言っていましたね」
「ああ、でも全然関係ないって」
そう言った、御伽ちゃんも鳴子もお互いが示し合わせたように何でもないと、興味も無さそうに。
「先輩は会わせたかったのかもしれませんが、私達にとってその出会いは何の意味もないのです。だって結局のところ銃や化け物なんて、他人にとっては存在しないのですから──先輩の知り合いが見えているものを私が見えないように──私が見ているものを先輩の知り合いは見えない」
「見えない、のか?」
「はい。見えません。お互いに、全く、視認出来ないのです。恐らく先輩の知り合いという方も言っていたんじゃないですか? 自分にしか見えないと」
銃を持っている者同士は見えるだとか、同じように化け物に襲われてるだとか、俺は勘違いをしていた。ただ思い込んでいたんだ。事情も知らずに勝手に、何も知らずに。
だが、それでも同じ悩みを持つ二人だ。その出会いが無意味なものだと、どうして言い切れる。どうして何の興味もないんだ。
「……話せる事くらいはある」
「何を? だって結局自分にしか見えないんですよ? 傷を舐め合えとでも言うのでしょうか。銃を持って化け物を殺している私達が、そんな普通の女子みたいな事を、本気ですると思っているんですか? 私は厨二病ですが、そこまでお花畑ではありません。きっと先輩の知り合いもそうでしょうね」
「じゃあ……俺は……」
なら俺は──なんだ? 何故俺には銃が見える?
「そう、だから先輩は例外なのです。私がここまで興味を持ったのは、別に惚れっぽいハーレムキャラ、というわけじゃないんですよ。本当に先輩は何者ですか?」
「……分からない」
きっと、彼女も同じように、俺に興味を持ったのだろうか。だから、愚痴を聞いて欲しいなどと言い出したのだろうか。全てが嘘に思える彼女は、俺に対して他とは違うと、そんな期待を抱いていたのだろうか。
鳴子の事を理解しようと、努力しようとすると、今度は自分について分からなくなってくる。普通のどこにでもいる高校生男子、そう思っていたが、俺は俺が思うよりもずっと特別なのかもしれない。
それか──とびっきりイカれてる。
「まあ先輩の覚醒については一旦置いておくとして」
御伽ちゃんは言葉通り、小さな掌でジェスチャーを交えて、分かりやすく話を横に置いた。
「つまり、銃と化け物は本人にしか認識がない。それが例え同じ現象に見舞われている者同士であっても、全く持って関係ありません。これって存在していると言えますか? 実在していると言えるでしょうか? 本人以外の誰かにとって、事実だと言えますか? 自分だけの現実でしかないのなら、それは夢や妄想と何も変わりないのではないでしょうか」
「……でも、少なくとも、御伽ちゃんにとっては……本物じゃないか」
鳴子にとっては、本当の事じゃないか。
「そうですね──でもこれが現実なのです。結局私とその先輩の知り合いの方は、奇妙なことに、同じ幻想に囚われているだけ。もしかしたら、精神病棟なんかには同じような人がいるかもしれませんがね」
彼女は小さく呟く。
それは多分、諦めに近いものだった。失望にも似ていたかもしれない。
そうしてから、微笑んだ。
「現実には化け物とか銃とか──そんなものは存在しないのですよ」
「……でも同じ幻想に囚われているだけだとしても、それはやっぱり同じ認識を持っているんだから、存在すると言えるんじゃないか?」
御伽ちゃんはまた笑う。見下すように。
「先程の存在しないという話は、あくまでも結果的に、大衆にとっては存在しないという話です。今、私が言った存在の否定はまた別の話。現実的に考えて、存在するわけがない。物理法則的に、質量的に、物質的に、自然的に、目に見えないだけではなく──化け物も銃も存在する筈がない」
彼女の言葉の色が変わった。
「私は元々、超常現象については懐疑的な人間でした。根幹は今も変わらず現実主義者です。そんな私が化け物を見た時、こう思った──こんなものが現実に存在するわけがないと。そこからは論理を組み立てる必要もなく、存在しないのだから、見えていても存在していない、そんな子供染みた結論に辿り着きました。私が今まで語ったのは、その途中経過です」
何度も同じように繰り返す。存在の否定を。そう、彼女の言う通り現実的に考えるならば、銃やら化け物などはやっぱり存在しないのだろう。現実は、幻想や妄想を置ける程のスペースがないのだから。
しかし、だとすれば一つ疑問が残る。誰にも見えていない筈なのに何故、彼女は銃と化け物が他人からは見えないと、そんな事を知っているのか。そんな存在について、どうしてこうもはっきりと言えるのだろう。
「自分にしか見えないと、どうして知っているんだ?」
銃を持っていない人間には見えない。それを確かめる事は容易だっただろう。だが持っている人間までもが見えないと、どうして彼女は知っているのか。
「簡単な話ですよ。人に聞いたんです」
「へ?」
「1年前、同じ妄想に囚われていた人物に街でばったり偶然出会い、その時に教えてもらいました。しかも何とこの高校の制服を着ていまして、私が入学を決めたきっかけです」
唐突に出て来た謎の人物、いよいよ混乱して来た。
「その人は先輩と同じ例外で、私の銃を認識していたのです。かつての私は、今の先輩と同じような質問をして、その人は今の私と同じような回答をしました。言ってみればQED的に補足してもらった感じですかね」
「……誰なんだそれは」
「名前は教えてもらえませんでした。入学してから聞いて回ったりしたんですけど、それらしい人を見つける事は出来なかった。もしかしたら、もう卒業してしまったのかもしれません。まあ顔が分からないので何とも言えませんが」
しかも例外らしい。
「どんな見た目だった?」
「帽子を深々と被っていたので、顔は良く見えませんでしたねー。敢えて特徴を挙げるなら、女性で、黒髪だったくらいしか」
日本でその特徴はまるで意味がない。これではまくりに聞いても分からないか。
「……そうか」
「色々と知っている人だったので、色々と教えてもらいましたよ。それと、その人は言っていました『いつかこの知識が必要になる人間が君の前に現れるから』って。だから先輩に会った時思いました。あ、運命だ!! と」
御伽ちゃんは急に声を張り上げて指差した。びっくりした。
「なるほど」
確かに、それは運命と言っても差し支えないのかもしれない。銃と化け物がお互いに視認出来ないのならば、今までの質問を投げ掛けるのは、自分のような例外だけだろうから。
「どうでしたか? 私の話は?」
「……どうもこうも」
いくつか新しい発見はあったが、余計に混乱してしまっただけだ。
「ですよね。まあ、現実なんてそのものです」
御伽ちゃんは息を吐くと、大きく伸びをした。厨二病の彼女には現実の話は慣れないものだったらしい。
背中を鳴らして立ち上がる、それは多分、もう伝えるべき事は伝えたという事なのだろう。
「あ、一つ言い忘れてました」
「ん?」
「彼女は化け物に名前を付けていたんですよ」
「何?」
「確か……そう、えーっと……──クラヤミ、なんて呼んでましたかね」
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