第18話 荒唐無稽な妄想

 昨日の放課後の事。


『俺は銃を持った女の子を知っている』


 そう御伽ちゃんに尋ねた。


 疑問形では無いのだから、尋ねた、というのは正しくないのかもしれない。知っている事実をそのまま伝えただけ。しかし自分としては尋ねた、と言うしかない。俺は彼女の反応を待つ事しか出来なかった訳だし、結局それは彼女の反応ありきの言葉だったから。


『ですか……でもそれは、全く関係ないのです』


 そしてその反応は、鳴子の反応と全く変わりがないものだった。御伽ちゃんはそれから何を言う事もなく、すんなりと、俺の腕を離してくれた。幾ら質問を投げようと無駄なのだと、そう思わされた気がして、俺もまた結局何も言えず黙って家路に着いたのだ。






「では、お話しをしましょう。先輩」


 昨日何も言わなかった御伽ちゃんが、何故今日は話す気になったのか。その胸中を理解する事は出来なかったが、話してくれるのならば、俺はもう何も言うまい。


「じゃあまず、銃とは何な──」


 指先で口を塞がれた、


 御伽ちゃんはすっと手を伸ばし、その人差し指を俺の口に当てた。その小さく、細い指先が軽く触れただけ、それだけで、もう何も言えない。


「何も知らないなら、質問は無し」

「……」

「私が今からするのは、唐突な自分語りです。先輩はそれに対して、感想を述べるだけで充分なのですよ」


 ふわりと柔らかな感触が、口元から離れていく。


「ですが、選ぶ権利くらいはあげます」

「何をだ」

「荒唐無稽で壮大な、私の妄想か──事実無根で地味な、私の現実か」

「それは……どちらも確証がない」

「ええ、だってこれは自分語りなのですから。誰も彼も自分に確証なんて持っていません。ましてこれは、化け物と銃のお話しです。そんなものに具体的な説明を要求する方が、どうかしていると、そう思いませんか?」

「一理あるが、納得は出来ない」


 御伽ちゃんは笑っている。どちらかを選ぶまで、何も答える気はないとそんな感じで。


「……現実の方で」


 ならば、どちらかと言えば、それはやっぱりこちらを選択するべきなのだろう。御伽ちゃんの世界観を考えれば、荒唐無稽で壮大ともなれば、それはきっとチート能力とか世界を救うとか、そんな事を言い出すに決まっているからだ。


「えー、そっちですかー」

「選ぶ権利はあるんだろ」


 しかし、どうにも不満げだ。


「まあ、でもそっちを選ぶと思っていましたけど」

「ちなみに前者はどんな話なんだ?」

「──聞きたいですか?」


 そう、気兼ねなく聞いてしまった。聞いてから、気が付いた。間違いなくそれは地雷源の真っ只中であり、俺はその上で転げ回ってしまったのだと。


「やっぱりい」

「私達は世界を救う役目を担っています」


 ヤバい、始まった。


「化け物とは、異世界の神々が作り出した異物であり、銃とは私達の過去、いえ前世から始まる因縁の証なのです」

「はい」

「化け物を全て殲滅せし者には恩赦が与えれます、そう信じて私達は戦う。しかし化け物とは元々人間が呪いによって変化した存在であり、次第に明らかになるそんな感じの衝撃の事実で、銃を持った人間達は苦しめられていく」

「なるほど」

「やがて私達は結局なんやかんやで、化け物を作り出した張本人である神に対して宣誓布告。熾烈な争いの末、神々は事実を語る。化け物とは私達を試す為に創造された存在だと。銃を握らせたのは人間の可能性を知る為だと」

「ほうほう」

「苦悩の果て、主人公である私は答えを出す。しかしそれは新しい戦いの幕開けを意味していました。そこで出会うのはかつて敵対していたある組織が──」


 終わる、終わる、もうすぐ終わる。そう思ってからもストーリーは続いた。MMORPGデスゲーム編とか、異世界探究編とか、魔法学校入学編とか、転生編とか、タイムスリップ編とか、話は二転三転、四転、五転してもまだ止まらない。


 警察になったり、弁護士になったり、医者になったり、かと思えば急にホームドラマ風になったり、そしたらまたゲームの世界に転生したり、 


 夕方6時30分。或いは深夜1時15分くらいの、漫画風の小説風のアニメ風のドラマ風の海外ドラマ風の、そんな感じの話を延々と聞かされ、脳内がパンクする寸前の俺を救ったのは──


「そこで主人公はたこ焼き屋を開業する決断を……」


 ──録音された鐘の音だった。昼休み終了の予鈴。


「おや、ちょっと熱中してしまいましたか」


 あれだけ話しても、彼女は全く衰えを見せず、朗らかな笑みを見せた。


「ちょっと?」

「ええ。熱が入って、途中から全く関係の無い話になっていました」


 結局何も分からないどころか、もはや意味の無い話を聞いていただけらしい。


「すみません。こんなにも長話をするつもりは無かったのですが」

「……あ、そう」


 何故だろうとにかく疲れた。


「聞き上手ですね、先輩」


 後輩からの屈託の無い笑顔、そして賛辞に疲れは吹き飛んだ。だがパンは食べ残してしまったままだった。



 自称している厨二病はその名を貶める事なく、御伽ちゃんは宣言通り、荒唐無稽で壮大な妄想を語り聞かせてくれた。話す彼女の表情は生き生きとしていて、止める事も憚れるくらい、直線的なものだった。何一つとして役に立たない話だったが、まるで体験してきたかのように語っていた。そんな彼女を見て、俺はどこかで続きを期待していたのかもしれない。しかしやっぱり、結局何もわかっていないのだが。

 

 僅かに、羽のように軽くなった体を引き摺り、教室へと戻る道すがら。


 生徒で溢れる廊下の中で、一人がこちらを凝視していた。


 雑踏に埋もれる事なく、その瞳が浮き出ていた。


「……鳴子」


 彼女は口を結び、拳を握り、床を踏み締めて、そこに立っていたのだ。

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