第17話 少女13と昼食
膝の上に、パンが二つある。
一つはハムカツが挟まれたパン。そしてもう一つは、ホイップ内蔵のチョコクロワッサンだ。この二つ、普通なら、どちらを先に食べるだろうとそんな事を悩んだりはしない。まず初めにハムカツ、次にクロワッサン。食後のデザートとして甘いものを食べるのは全くもって一般的だ。
しかし、俺は普通の奴らとは違う。
ハムカツを残し、先にクロワッサンを食べる。一体それは何故か、答えは簡単だ。甘いものを食べた後、人はしょっぱいものを食べたくなる事がある。その性質は、如何ともし難い程に体に染み付いているもの。そしてその逆、しょっぱいものを食べた後、甘いものを食べたくなる、というのは人それぞれだろう。そして俺は食後のデザートを熱望するタイプではない。
なれば結論は、ハムカツを残し、クロワッサンを先に食べる、というものに帰結する。甘いものを食べた後、自分が満足する為の保険として、しょっぱいものを用意するのだ。
「そんなパンに熱い視線を送ってどうしたのでしょう」
「いや……何でもない」
「そうですか? いやーそれにしても私達って運命ですよねー」
「全然意味が分からない」
「だって、図書室で出会ったんですよ? それも同じ本をきっかけにして。それも特殊な能力を持った1組の男女ともすれば、それはもう運命に他ならないと思いませんか?」
「あー、確かに」
「……上の空、ですか」
はっきり言うと、俺は今現実逃避していた。隣に腰掛ける少女──雨木代御伽の存在が、頭を悩ませていたのだ。
出会いから日を跨いだ翌日。中庭で俺はどういうわけか彼女と昼食を共にしていた。
結局のところ、図書室では何一つ具体的な解決策を講じる事が出来なかった。だが、悪い事ばかりではない。御伽ちゃんは性格はアレだけど、武器の保持者である。鳴子だけだと思っていた存在を、偶然にも見つける事が出来たのだ。しかし、頭を悩ませているのはまた別の理由、というか、理由としては当初から何も変わっていない。
昨日御伽ちゃんと別れた後、俺はすぐさま鳴子に連絡を取った。電話はガン無視されてしまったので、慣れないメールを必死こいて打ち、連絡をしたのだ。
『銃を持った後輩を見つけた』
唯一にして孤独だった彼女を救う手立てを見つけたと、これでもしかしたら許してもらえるかもしれないと、そんな期待を込めた一文を送った。
だが、そうして返って来たのは、
『だからなに?』
と、世界一冷たい6文字の返答だった。もう何が何だか分からない。だって同類を見つけたんだぞ。それも普通ではなく、銃を持って、化け物が見える、などという異常過ぎる同類。それを聞いて『だからなに?』とは一体どういう事だ。そんな言葉で済ませられるものじゃないだろう。
「はぁ……」
鳴子は何を考えている。女心を理解するには圧倒的に経験が足りていないし、知識もない。
そうして無意識に溢れた溜息は、隣人の顔を曇らせてしまう。顔を俯かせて、齧っていたパンを膝の上へと力無く下ろす、その姿を見て胸が詰まった。
「……私といるのは、楽しくないですか」
こんなに小さくて可愛い少女を悲しまった。鳴子とは別のベクトルでやかましい彼女に、そんな台詞を吐かせてしまった。落ち込ませてしまった。
「ごめん、ちょっと考え事をしてた」
ポジティブに捉えよう。御伽ちゃんとの出会いは、この世界の摩訶不思議に対する手掛かりの一つ。それに、交友関係の狭い自分には願ってもないチャンスじゃないか。この一期一会に感謝する事こそあれ、悩む原因してはいかん。
「こんな小さくて可愛い私と、一緒にいるのは楽しくないですか」
──この子、本当に落ち込んでいるのか。
「自分で言うのかそれ」
「? 貴方がそう褒めてくれたんじゃないですか」
「……怒っていたように見えたが」
「そりゃあ、台本に名前も付いていないような“男子高校生A“から言われたのでムカつきましたが、ヒロインであれば話は別。意味も違ってくるというものです」
彼女は自信満々に、恥ずかし気もなく言った。寧ろ言われているこちらが恥ずかしい。
「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、チート能力者は私の元へ集結なさい!! って感じですかね」
「俺はそのどれでもないけど」
こいつはマジもんの厨二病だ。
「あ、今『こいつはマジもんの厨二病だ』って目をしましたね」
しかも超能力者らしい。
「ええ、そうですとも。私は厨二病です。しかし虚言癖は持っていない。事実、私は特殊な能力と特異な運命を保有しています。だから私は、あくまでも側から見て厨二病と、それだけなのですよ」
「なるほど」
事実であっても見えないのだから、それはイタい奴であるのと変わりない。確かに御伽ちゃんは物悲しい運命を持っているかもしれない。しかし俺が言っているのはそういう事ではなく、発言と言い回しが厨二病だとそういう事なのだが、それには気がつかないのだろうか。
──話題を変えよう。
「部活は入っているか」
「入っていませんよ」
「趣味とかは」
「読書、ですかね。映画とかアニメも好きです」
「……休みの日は何を」
「うーん……ラノベを読んだり、アニメを見たり、絵を描いたり、ですかね」
「ちなみになんだけど、友達はいるか?」
「いませんよ?」
俺と変わんねえじゃねえか。
「そうか……」
鳴子の同類だと、そう思っていた。奇異な運命に翻弄される少女だと、そう思っていたがどうやらそれは違ったらしい。
こいつ──ぼっちだ。俺の同類、青春に置いて行かれた、可哀想な奴。御伽ちゃんについて少し誤解をしていたのかもしれない。人の話を全く聞かない厨二病の少女、そんな風に考えていたのだが、今は不思議と親近感が湧いている。
「む、何だか哀れみの視線を感じます」
「哀れみじゃない。親しみだ」
「親しみの中に含みを感じると言っているのですが……まあ、でも嬉しいですね。どこか距離を置かれている気がしていましたから」
「……そうか?」
「人の視線には敏感なんです。何せこんな格好をしていますから」
「やめたらどうだ」
「アイデンティティを削る事は、自分にも出来ませんよ。それではキャラクターが崩壊してしまうじゃないですか。二期になって急にキャラデザが変わったら視聴者も困惑です」
「見た目くらい生きてれば変わるだろう」
「……それを言われると……」
──俺達は何の話をしているのだろう。
「……御伽ちゃんは、どこまで知ってるんだ──銃と化け物について」
「おや、唐突ですね」
青春の無駄遣い、それも良いかもしれない。
下らない話をして、放課後に遊んで、テストに嫌気を差す。学園祭を謳歌し、修学旅行ではしゃいで先生に怒られる。そうして、募った思い出を携えて卒業式に別れを惜しむ。それで良いのだろう。
しかし、それはあくまでも普通ならば。武器と化け物を抱えたままで、果たして純粋な気持ちで桜吹雪を拝む事が出来るだろうか。いや、そんな事は無理だ。この現象に対して一つの答え、もしくは落とし所を見つけない事には、きっと旅立ちの日に涙を流す事は出来ない。
少なくとも、俺にはそんな割り切りが出来ないだろう。
「そうですね、ではお話しをしましょうか──先輩」
入学して──先輩と呼ばれたのは初めてだった。だがそれは思い描いていたような甘酸っぱいものではなく、もっと、ずっと、薄暗く、陰鬱さを感じさせられた。
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