第10話 相談は失敗だった
とはいえやっぱり撃たれるなんて怖すぎるわけで、
「ちなみに撃たれたらどうなる」
と聞いてしまうのは仕方がないじゃないか。
「うーん……アタシは撃たれたことないから良く分かんないけど、多分きっと、経験上では死んだやつとかいないし、恐らく死にはしないんじゃないかなと」
そんなあやふやで薄弱な根拠の元に人を撃ち抜こうとは、この女やりおるわ。
確信の伴わない言葉を並べ立てる彼女。そんな様子に一抹の不安を感じながらも、死にはしないだろうという事は、自分でもきっとそうなのだろうとは思っていた。
先日この教室で撃たれた彼も、日曜日に撃たれた彼も、死んでいない。取り憑いていた化け物が消えただけなのだろうと推測出来る。しかし問題はその先だ、化け物が消え去るとどうなるのかという事。
「んで、どうも記憶がちょっとどっかいっちゃうみたいなんだわ」
記憶はそんな散歩みたいな事しない。
「憑かれてた間とか、その辺りの記憶が、こう、スッポーンっ! と」
「スッポーンか」
「そうそう。まあこれはちょっと便利なんだよね」
「便利?」
「日曜、告られたって言ったっしょ?」
「ああ、それで断ったとか」
「あれ実は断ってないんだよねー。断ろうとしたら憑かれちゃってさ、で、バアン!! あら不思議、記憶がスッポーンで、結局無かったことになりました」
「可哀想」
勇気を振り絞って立ち向かった二人、彼らはまさか自分達の恋路が──化け物に邪魔されていたとは夢にも思うまい。本当に可哀想で、同じ男として同情する。
「いやいや、これってむしろ幸せじゃない? だってどうせ断るつもりだったし」
これが、世に言う方向性の違い、というものだろうか。どうにも彼女との間に考え方の大きな隔たりを感じる。大きく、決定的で、致命的に深い溝を。
「知らないまま理解出来ないまま、下らないプライドとか建前とか、なーんにも失わない。期待して傷付かなくて、それで済むんだからさ」
──嫌悪感。彼女の言葉の羅列から、そんな匂いを感じていた。
「どいつもこいつも、結局のところキモチ良くなりたいだけっしょ。アタシはそんなのまっぴらごめんだしね」
「どうして……そこまで」
彼女は、どうしてそこまで、人の思いを拒むのだろう。
「それに、アタシとアイツらじゃ住んでる世界が違う。見えてるものも、聞こえてるものも、感じてるものも、何もかも違う。それじゃあ何も分かち合えない。アタシはずっと、一人のまま」
「……お前はそれで良いのか」
陽衣は小さく笑って、椅子を引き摺り遠ざかる。残響がいつまでも耳に残り、消えない。そのほんの僅かな時間が永遠にも感じられ、思わず目を逸らしてしまった。
「屋平が『いつでも家に来い』って言ってくれた時、嬉しかった。初めて一人じゃない気がして、だからかな……遊んでても、全然楽しくなかったよ」
彼女の言葉を聞いて、何故あの時涙を流したのかを理解した。
涙を流したのは、巻き込みたくないという優しさで、自ら拒もうとしたから。それも彼女にとってはありふれた一つではない。初めて自分と、自分の世界を共有出来るかもしれない一つ。そして俺は、俺の希望を捨て、受け入れた。彼女が嬉しいと言ったのはつまりそういうことなのだろう。
彼女が俺の日常を撃ち抜いたように、俺もまた彼女の日常を壊してしまったのだ。
「……俺はどうすればいい」
どうすれば、彼女の心を少しでも癒せるだろうか──いや、それは傲慢だ。
「別に何もしなくていいよ。ただこうやって話を聞いてくれれば、それでいいから」
「……そうか」
「特別な関係じゃなくていい。アタシはアンタに何も望まないし、アンタもアタシに何も望まない。ただ、側に居てくれればそれでいい」
それは歪で、決定的に矛盾していた。何も望まないくせに、話を聞いて欲しいと、側に居て欲しいと、彼女は言ったのだ。
化け物が彼女を孤独にしている、そう思っていた。
しかしそれは違う。
化け物は単なる後付けの理由に過ぎないのだろう。彼女がここまで特別な関係を拒むのには、別の原因がある。
彼女は──嫌っているのだ。恋愛とか恋人とか、恐らくそんなものを。
気の利いたセリフを言える男が羨ましい。
熱い言葉を投げられる奴が妬ましい。
「分かった」
こんな言葉しか言えない自分が、疎ましい。
部屋に辿り着くと、着の身着のままベッドに倒れ込む。
「はぁ……」
深く体が沈んでいき、余計に入っていた力が抜けていった。見知った筈の室内が、酷く居心地の悪いものに感じられる。
幾つかの他愛もない下らない話をして、鳴り響いた鐘の音から、逃げるように学校を去った。陽衣が最後にどんな顔をしていたのか、今は思い出す事が出来ない。
友達になろうなどと息巻いた結果がこれ。超えるべきハードルは高く、悩みの一つすら引き出せず、引き出す事さえ許されなかった。分かった事と言えば、彼女が思春期真っ盛りだという事くらいか。
コン、コン、コン。
と部屋の戸がノックされる。こんな事をするのはたった一人しか思い付かない。母さんや姉さんなら、有無を言わさず飛び入って来るだろう。
「失礼しまーす」
親しき仲にも礼儀ありと、そんな入室の伺いを立てた彼女──姫沼まくり。
妙な気合の入った私服から、一度家に帰ってから来たのだろうと分かる。
「姉さんならまだ帰ってない」
「そうみたいだね。ちょっと寂しいな」
気合の入っている、というのは別に勝負服とかそういう事ではなく、それは文字通り、彼女が着ている長袖Tシャツの胸元に──気合という文字が入っている。
一体全体どこでそんなものを見つけて来るのか知らないが、止めた方が良い。
本当に、いつもそう思う。
「……あんまり女の子の胸ばっかり見るの、良くないよ?」
「分かるのか」
「分かるよ。目からビーム出してるのかと思ったもん」
なんだかよく分からんがバレたらしい。しかし、それ気にするなというのは無理がある。
「でも、もし……そんなに気になるなら……良いよ」
まくりは頬を赤らめ、少しだけ視線を外す。手を後ろへと回し、無い胸を僅かに突き出すと堪えるように、口を結んだ。
「……本当に、良いのか?」
彼女はゆっくりと瞼を閉じると、大きく首を縦に振る。
本当に良いのだろうか、彼女を傷つける事になるかもしれない。だが、示された勇気を前に黙っていられる程、俺は優しくないのだ。
意を決して彼女へと近付いていく。そうして思っていた事を、思っていた通りに実行する。彼女が良いと言うのなら俺は俺で腹を括ろう。
「そのシャツダサい」
「え?」
「?」
思った通り、正直に酷評したのだが、何故だか首を傾げられてしまった。
閉じていた瞼をパチクリとする動作が、とても綺麗で、思わず見惚れてしまう。そのシャツさえなければ、恐らく完璧だっただろう。
「と、まあ冗談はこれくらいにしよっか」
「そうか」
俺としては本気だったのだが、どうやら冗談だったらしい。が、どこからどこまでが、一体何の冗談だったのか全然理解出来なかった事は黙っておく。
「何か悩みがあるんでしょう?」
まくりは微笑むと、そうやってまた軽々と言い当てる。自分が思っているよりも、顔に出やすいタイプなのだろうか。
「……凄いな」
「小さい頃から一緒だから、それくらいはね」
幼馴染みであり、お姉さん。二つの属性を見事に調和させ、光輝く彼女に思わず五体投地してしまいたい衝動に駆られる。
だが話せる事は多くない。事情が込み入ってるし、何より俺自身もまだ何も分かっていない事が殆どなのだ。
「……」
「話しにくいことなの?」
「……まあ」
「でも──
「相談に乗ってくれ」
彼女が唐突に出したのは、現状最も悩みを聞かれたくない──姉さんの名前だ。それだけで決意するには充分過ぎる。
「うん……じゃあ聞こうか──どこの、だれが、トシくんを、悩ませてるのかを」
「……おう」
何故だろう、先程まで和やかだった雰囲気が、グッと冷えた。
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