第9話 ショットガンな彼女と教室で
部屋を掃除した、ケーキを用意した、見られたくない様々な色々を隠した、そうして待った。
──だが、待てど暮らせど彼女は来なかった。
土曜も日曜も、来る気配どころかメールの一通も無かったのだ。もしかしなくても、俺は嫌われてしまったのだろうか。しかし陽衣は、部屋を出ていく最後に笑っていた。とびきりの笑顔に心打たれて、暫く床をのたうち回っていた記憶が確かにある。
それでも彼女は来なかった、何故、どうして、そんな思いを抱えたまま、
今──隣に腰掛ける彼女へとその思いをぶつけた。
どうして来てくれなかったの? 私寂しかったんだよ? 女々しくもそんな言葉を。
「いや用事あったし」
そうして返って来た回答は、簡潔で純粋で正しいものだった。そんな時、言える言葉はそれほど多くない。
「なるほど」
誰にも話を聞かれる心配なく、誰が来てもすぐに気付ける、学校に於いて、それはどこか。
週末が終末を迎え、平日へと戻った月曜日。その放課後。陽衣は俺が抱えていた杞憂など知らん顔で、教室から連れ出すと、そんな場所を探して校舎を歩き回っていた。
そうして見つけた場所、それはやっぱり──教室。扉を閉めておけば話を聞かれる心配は無いし、誰か来てもすぐに気が付ける。そんな場所はやっぱり教室だった。人気が無くなるまで適当にぶらつくと、見慣れた景色へと帰った。
本当は屋上の方が良かった。その方が青春っぽいし、何より夕焼けの元で語り合う二人の男女という図式はとてもグッと来る。
──でも、俺達にはこの場所で充分なのだろう。彼女とは特別な関係であり、友達未満の知り合いなのだから。
「連絡くらいくれても良かったのに」
「なに? もしかして寂しかったの?」
陽衣は茶化すように笑う。その笑顔の質が、初めてあったあの時から少し、少しだけ変わっているように思えた。僅かな変化だったが、根本から違っているようなそんな感じ。
「準備が無駄になった」
「準備?」
「飲み物やお菓子を用意していた」
「それで?」
彼女はどうやら、どうあっても俺の口から『寂しかった』と言わせたいらしい。何という子供じみた真似を。
「……用事とは何だったんだ」
「あー、話逸らした。やっぱり寂しかったんだ」
確かに逸らしてしまった、話も目線も。寂しかったのではなく、彼女の大きな瞳、その込められた期待から、逃げ出してしまったのだ。
「違う。照れただけ」
「……なら、そういう顔して欲しいんだけど」
そう言われ、照れた顔を幾つか想像してみる。思い描いたものへ近づけるように、口元や眉を動かしていて気が付いた。そもそも照れた顔とはどうすれば表現出来るのかと。気持ちを隠すように口を尖らせ良いのか、頬でも紅潮させれば良いのか、はたまた両方か。
「それはどんな顔だ」
泣いたり笑ったり馬鹿にしたり、色々と忙しい彼女ならば、その答えを知っているのではないかと思い聞いてみる。
「そりゃ……」
が、始まりかけた言葉は途切れた。陽衣は軽く首を傾げ、必死に頭を悩ませている。つまり彼女もまた知らない、または端的に表現出来ないのだ。
自分が知らないものを人にやらせようとは、全く本当に呆れた奴だ。
「って、そんなことはどうでも良いじゃん」
「話を逸らした」
「あ、そんなこと言っていいの? 張り出すよ? 黒板一面に屋平の将来の夢とか作文の内容とか、アタシのもてる全ての記憶を掘り起こして張り出すよ?」
「ごめんなさい」
しかもとんでもなく卑怯。この捻くれ具合といい、失礼さといい、姉さんを彷彿とさせる。
アレよりは随分──マシだが。
「まあ、そんなことはどうでも良くて、今日は愚痴をちゃんと持って来てるから」
どうでも良くはない、お前が口にしたのは一歩間違えなくてもイジメな行為だ。
とはいえ、そういえば元々彼女の愚痴を聞くという契約だったが、こうして実際に前置きをしてから聞くのは初めてかもしれない。未だ彼女について、誕生日も、好きな食べ物ですら知らない内に聞くようなものではないとも思うが。
しかしこれが足掛かり的意味を持つ事は明白。陽衣を知るきっかけであり、最終目標である──友達になる為の、その第一歩になるだろう。
「分かった。聞こう」
「土日、クラスの奴らと遊んでた時なんだけど、いやーもー超めんどくてさー」
「ほう」
第一歩どころか、出足をそのまま吹っ飛ばされてしまった。
プライベートでクラスメイトと出掛けるとは、なんと羨ましい奴。お昼くらいに集合して、適当にファーストフードを食し、ボウリングやカラオケを楽しんだ後、ファミレスで話をするとかをやっていたんだろうか。というか、曲がりなりにも俺は知り合いなのだから『ちょっとアタシの友達呼ぶわ』とかしても良いじゃないか。そして自然な流れから交友関係を増やすとかさせてくれても良いじゃないか。
そう思ったが、そもそもそれは平気なのだろうか。
「……化け物は」
だって、お前は普通じゃいられないだろう。
「あー、中学ん時気付いたんだけど、なんか大勢でワイワイやってる時は出てこないんだよねー。だから昔っから遊びの誘いは断ったことないんだ」
「それなら、こうして二人でいるのは」
「まー、そーだねー……そう」
それは普通ではいられない彼女が、普通になる為、努力をした結果なのだろう。
少なくとも俺が化け物に襲われていたとすれば、そうする。一人怯え、心細かったなら、迷わず人の海に飛び込む。その方が遥かに気が楽だから。
「出てくるのは大抵一人の時か……こういう」
そうして、彼女は腕を伸ばした。唐突に突然に。
教卓と黒板以外、何もない、見えない、そんな場所へ向け伸ばされた腕。白く、細い、指先に握られた鉄の塊。見た目に反しそれは全く重さを感じさせず、彼女は構える。
目を離してはいない。それはずっとそこにあったように、握られていた。
「二人っきりとか、そんな時だ」
そうして彼女はまた、笑って──散弾銃の引き金を引いたのだ。発砲し、銃口から火花が弾けて視界が揺れる。
弾丸は──恐らく発射されたのだろう。しかし何も捉えず、どこにも命中していない。それが理解出来るのは彼女だけなのだから。
「……居たのか」
そうして彼女の銃は忽然と姿を消す。まるで初めから何も無かったかのように。良く考えなくとも、この状況は余りに異常過ぎていた。それを平然と見ていられるのは、慣れてしまったからに他ならない。俯瞰出来ているのは、何も見えていないからだ。
改めて思う。彼女が持っている──銃とは一体なんだ?
弾を込めている様子もない、反動がそれほど強いものにも思えない。そのくせ見た目だけは本物なのだ。凡そ武器としての外観をして、凡そ銃としての内容を含んでいない。
「土曜も、こんな風に出て来た。二人っきりになっちゃった時」
「……そうか」
「勿論すぐに撃ち殺した。隣にいた奴は笑ってたよ『何してんの?』ってさ。そりゃ当然だよね、だって側から見れば、アタシが急に手を伸ばしただけ」
その情景は想像に難くない。もし俺が銃さえも見えていなければ、きっとそのような反応をしただろう。
「んで、日曜がめちゃ大変だったってわけ」
俺からすれば土曜も随分大変に思えるが。
「アタシ告られてさー」
そうして彼女はまたもサラッと、衝撃の一言を放つ。座っていなければ確実に膝から崩れ落ちていただろう。
「そ、それは……おめでとうございます」
こいつ、友達どころか、彼氏まで……一体何歩俺の先を歩くつもりだ。
「は? 断ったに決まってんじゃん。いや……まあ断ったていうか……」
「?」
「土曜に二人っきりになっちゃったって言ったじゃん? あれ、どうにも周りがくっつけようとしてたらしくて、アタシはまんまとそれにハマったってわけ」
友人関係とは恋愛においても役に立つらしい。とはいえ、その方法は余り有効ではない気もする。当人同士のことだ、周囲が口を出して拗れる可能性もあるだろう。とはいえ、経験が無いので詳しくは知らん。
「ホント余計なおせっかい。どんだけ避けても、色々気を回してくれちゃってさ。んで結局二人きりにさせられた挙句、ソイツは化け物に取り憑かれて、後はお察し」
「……もしかして、ここで初めて話した時も?」
「あ、それは別のやつだわ」
初めて彼女の射撃を目にした時も、確かこの教室に二人きりで居たはず。ならば、そう思ったが、まさかの別人。つまり彼女はこの短期間で、二人の人間に告白されたという事。
モテモテか。
失礼な女だが確かに顔は可愛い。あとおっぱいも大きい。悔しいが納得するしかない。
「ね? 超めんどーでしょ?」
「……そうだな」
これは愚痴、なのだろうか。正直言ってただのモテモテ自慢であり、羨ましい限りなのだが。俺は一体何を聞かされている。
「ちょっと待て」
二人きりで、取り憑かれて、撃たれる?
そうして気が付いたのは、まさに今、この現状を再確認したからだった。
「俺もそうなるのでは」
てっきり何となく大丈夫だと気にも留めていなかったが、こうして彼女と二人きりの今、俺が取り憑かれる可能性はゼロじゃない。というか寧ろめちゃめちゃ高いではないか。あれ、俺今大丈夫かな、ちゃんと人間の見た目をしているのかな、やばい、めっちゃ心配になってきた。
「え? ああ、へーきへーき」
しかし、心配は杞憂だったらしい。思わず胸を撫で下ろした。あんなもので撃たれるなど想像しただけで下着が湿る。
恐らく銃が見える人間は取り憑かれないとか、そんな効能が、多分、恐らくあるんじゃないかと思う。良く知らんが、そういう事だよね?
「そうなったら、ちゃんとやるから」
駄目だった、全然平気じゃなかった。いつにも増して動かない顔が、より引き攣っているかもしれない。
にも関わらず、彼女は畳み掛ける。椅子をぐっと近付けて顔を近付けて、距離を近付けて、突き放すように言ったのだ。
「っていうのも、冗談でも何でもなく、真剣に。もし、屋平が化け物に取り憑かれたなら、アタシは迷わず、アンタを撃ち抜く」
彼女はその大きな瞳に感情を込め、その視線は、真っ直ぐに自分へ向けて放たれていた。逃げる事も逸らす事さえ許さない、そういう目をしていた。
「分かった」
ならば俺もそれに応えよう。逃げる事なく逸らす事なく、ただ真っ直ぐに。
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