第6話 語り
混迷する脳内の中、昨日の出来事だけが、鮮明に思い返されていた。
陽衣は何の前触れもなく、相手もいない、誰も何もいないこの部屋で、一人でに銃をぶっ放していたのだ。本当にもう訳が分からない。一体何をどうすればこんな状況になる。
「何を──ッ……」
お前は何をしているのか、この現状を目の当たりにすれば、100人居たら100人が言いそうな台詞を、彼女は強引に中断させる。
「……」
顔さえこちらに向けないまま、無言で銃を突き付けて。
コイツ、人の家に上がっておいてその住人に銃を向けるとは、本当に何を考えている。義務教育課程をちゃんと修了したとは到底思えない。だが、このような場では、もしかしたらそんな正常な思考こそが、異常なのかもしれないとそんな気さえしてしまう。
何も言えなくなったしまった俺を見て、彼女は深く息を吐いた。瞳を閉じて、ゆっくりと長く吐き、同じようにして吸い込んでいく。
やがて薄く開くと、ジロリと視線が交わされた。背中が嫌な汗でじっとりと湿り、トラウマが蘇る。今夜もまたぐっすりとは眠れそうになく、
「ばん」
「っ……」
そして彼女はそんな俺を見て、何の躊躇いもなく──やっぱり引き金を引いたのだ。
しかしやっぱり発砲音はせず、渇いた金属音だけが耳に残る。崩れはしなかった、尻餅を突くこともなかった、腰が抜けることもなく──俺は、生きている。
それは人生2度目にして2日連続の、死を覚悟させられた瞬間だった。
「……ありゃ、やっぱ何ともないか」
「ふざけるな」
「なら大丈夫。アタシ真剣だったから」
「それは……より悪質」
本当にタチが悪く、心臓に悪い。まさかこれからも何かある度に引き金を引かれるのでは、そう考えると、やはり連絡先など教えない方が良いのではないか。
……それに、せっかく持って来た水が溢れてしまった。
「コーヒーと牛乳と水。どれが良い」
せっかくだ。好みを聞いてもう一度取りに戻ろう。
「なにその選択肢。んー……じゃあ、コーヒー牛乳で」
「……おお」
思わず素直に感嘆の声を上げてしまう。なるほど、それは考え付かなかった。まさかどれか1種類ではなく、組み合わせてしまおうとは。この女、やはりただの銃撃バカではない。
自分にはない柔軟な発想力。知人の家に押し掛け、そして躊躇うことなく引き金を引ける度胸。それは遥かに常人を逸していると言えるだろう。
陽衣に対する評価を爆上げしながら、階段を下っていく。
牛乳7に対してコーヒーを3で割る。するとどうだろう、瞬く間にマイルド成分多めなコーヒー牛乳が完成した。
ちょっとした腹いせに豆板醤でも入れてやろうと思ったが、子供じゃあるまいしと寸前で手を止めた。厳密に言うと、母さんに怪訝な顔を向けられたので止めておいた。
気管に入れて咳き込んでしまえと、そんな呪いだけを少し掛けておこう。また母さんがとんでもない目でこちらを見ていたので、急いで部屋へと戻る。
「……」
また銃を向けられるのではと、扉を開く寸前で嫌な予感が過った。
気配に気付かれぬよう、音を立てぬよう、ゆっくりとコップを床に置き、そーっと扉を開け、中を覗き込んで見る。
そして、そこで見た光景に、俺は頭を抱え、
「プッ……くっく……ブフッ」
彼女は腹を抱えて笑っていた。急いで扉を開け、彼女が手にしているものを素早く奪い取る。だからこれは見られたくなかったのだ。
「あ、ちょっと、まだ見てる途中なんですけどー」
──卒業アルバム。危惧はしていたが、あんなことがあってすっかり忘れていた過去の遺物。白紙のページ。昔の写真もあまりよく撮れてないし、それにいろいろ恥ずかしいことも書いてあるだろう。卒アルとはそういうものだ。
「何を勝手に」
「ごめんごめん──将来の夢が総理大臣の屋平くん」
「っ」
コイツ……本当に何をしに来たんだ。今すぐ帰って欲しい。とはいえ、帰るのはこれを飲んでからにしてもらおう。せっかく入れたコーヒー牛乳だ。
卒アルを廊下に放り投げると、テーブルにコップを並べて腰を落ち着けた。だが一応訂正しておかなければならない。
「今は違う」
しかし、これはとんでもない悪手だったと、言ってから気が付いてしまった。しかし時すでに遅く、彼女はニヤリと口元を歪ませ「ふーん」と鼻を鳴らした。
「じゃ、今は?」
当然聞かれる、分かっていたがこれは自分のミス。言わなければ彼女はしつこく聞いてくるだろう。ならば包み隠さず、全てまるっと言ってしまった方が楽か。
「そんなもんねえよ」
「へ?」
彼女の問いに対して、自分でもびっくりするくらいの、そんな感じの荒い口調で返してしまった。
「お前はどうなんだ」
「……あ、ああ……アタシ? アタシは……特に考えてないかなー」
「そうか」
どうやらちょっと引かれているらしい。これは彼女の暴走を止める上で有効な手段のようだ。覚えておこう。
家にお邪魔し、卒アルを見て、お互いの夢を聞く。もしかしなくてもこれはかなり友人関係に近い事をしているのではないか。紆余曲折あったが、なんだかんだで仲良くなっているのではないか。そう思える。
「って、そんな話をしに来たんじゃなくて」
「……ああ」
だがそんな思いはあっさりバッサリ切り捨てられてしまった。
「スマホなら枕元にある」
友人ではなく、知り合いとしての関係を彼女は望んでいるのだ。少し寂しい気もするが、望まぬ関係を強いる事は出来ない。
「それはあとでいい。ちょっと真面目な話があんの」
「?」
「──化け物と銃の話。アンタも聞きたいでしょ?」
俺がいつ何時何分に聞きたいと言った。とはいえ興味が無いわけではない、が聞きたいわけでもない。銃の話はまだしも、化け物についてはからっきし見えないのだ。
見えないものに、信じられないものに、どうして耳を傾けることが出来るだろう。
「聞きたくない」
だから正直に心中を伝える。
彼女との繋がりは──特異なものであり、唯一にして無二だ。見えない化け物と見えない銃がもたらした、本来あり得ないもの。この──知り合いという歪な関係自体が信じられないものなのだ。そんな曖昧な土台の上に成り立った繋がりは、些細なきっかけ一つで崩れてしまうだろう。
だが出会った事は紛れも無い事実であり、この関係を無駄なものにしたくはない。化け物と銃によってではなく、一人の人間対人間として向き合いたいのだ。
「……良いから聞いて」
「そうか」
そう思っていたのだが、どうやらそれは無理らしい。俺には俺の理由があるように、それは彼女も同様なのだろう。なら彼女の理由を優先する他ない。平凡ではなく、異常に身を置いている彼女だからこそ、潔く身を引ける。
──そう思う。
「てかさっきこの部屋に出たわ」
「……何が」
答えは分かっていたが、恐る恐る聞いた。すると彼女はまるで何でもないように、さらっと、
「化け物」
その答えを告げた。
……今何と言った? 出たと、そう言ったか? この部屋に? 化け物が?
「そうか」
「『そうか』じゃなくて、つーかアンタ平気なわけ? 出てんだよここに化け物」
「分かってる」
ヤバイヤバイヤバイ。何で俺のへやに化け物がいる、ヤバイ、超ヤバイ、死ぬ。夜眠れなくて死ぬ。やっぱりだ、やっぱり聞かないのが正解だったじゃないか、というか、どうして、どこから、いや、そんなことよりも、俺はどうすればいい、ヤバイ、ういシュッcなぃいお。
めちゃくちゃ驚き、思考ははちゃめちゃ、で摩訶不思議。
そんな時、ある一つの妙案を思いつく。それは最早天啓と言って差し支えないもの。靄の掛かる視界に一筋の光が差し込み、一気に晴れ渡ったような気がしていた。自分に残された道の中で、もっとも最良であり最優であり、思考の末行き着いた至高。
そうして俺はすぐにそれを言葉として、彼女に提供した。
「今晩泊まってくれ」
「は? ムリだけど」
しかし、お気に召されなかったようだ。
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