第5話 ショットガンな彼女と部屋にて
──放課後。またまた夕暮れに染まる校舎、その一角、階段の踊り場で、詰め寄られていた。何故2日続けてこんなにも心臓を縮める思いをしなければならないのだろう。
「ねえ? ──どうして?」
見開いた視線を向け、近く彼女を前に俺は一歩、また一歩と退がるしかなかった。
ゆっくりと、ゆらゆらと、メラメラと狂気を帯びた瞳が、近く度に、徐々に大きさを増していく。
「どうして……なんでなの?」
コツンと音を立て、背後の壁に踵が当たる感触。
「ねえ? ──答えてよ、それとも──答えられないの?」
退がる事も許されず、彼女の進行を食い止める術も持たない。
こんな状況を招いてしまったのは自分だ、自分が撒いた種だ、自分の愚かさがもたらした出来事だ。だからといってこんなことになるとは、一体誰が想像出来る。
「なんで──スマホ忘れたの?」
「ごめん」
「屋平って、もしかしてバカ?」
「……そうかもしれない」
側から見られたら、俺は虐められているように見えるだろうが、それは違う。
彼女は手を伸ばし、それは俺の顔を掠めていく。
俺は今──壁ドンをされていた。思い描いていたものとは随分違うが、これは確かに壁ドン。まさか女子に壁ドンをするのではなく、壁ドンをされるとは思わなかった。
相変わらず心の距離は遠そうだが、物理的に距離は縮まった、そう考えよう。
「ケータイは携帯しなきゃケータイじゃない。もしかして屋平が持ってるのって不ケータイ?」
“不携帯“を“持っている”とは、
「面白い」
「は?」
「いや、なんでもない」
素直に褒めてみたが、彼女の怒りはまだ収まらないようだ。そもそもどうしてこんなに苛立っているのだろうか。こうして学校で話せるのだからそれで充分なのではないのか。
彼女には彼女の付き合いが、俺には俺の付き合いがある。また教室で白昼堂々と──銃やら化け物の話をする訳にもいかない。なので放課後話そうという事で合意し、そして迎えた現在。俺は彼女に詰めの甘さを詰められ、朝の決意も何処かへと消えかけていた。
「休みの日とか夜とか出先とか、ふと愚痴りたくなったらどうすんの? 誰が聞いてくれんの?」
人を撃ち抜けそうな目線を向け、陽衣鳴子は壁に突いていた手を離す。
彼女は放ったのは、人生に於いて全く経験のない言い分だった。そんな事は彼氏にでも言って欲しいもの。あまりにも意識の外側からの一撃。一体彼女にとって俺はどういう存在なのだろうか。
簡単に言い表すとすれば──二人で秘密を共有する仲であり、友達未満であり、ただのクラスメイトであり、知り合い……駄目、やはり簡単には言い表せそうにない。というか、未だにこの関係について飲み込めてはいないのだから当然だ。
「明日は持ってくる」
「いや明日は土曜でしょ」
「そうだった」
彼女の発言に胸が躍る。明日は休み、早起きする用事も無ければ、そもそも用事も無い。好きな時間まで起きて、好きな時間に起きれる。こんな素晴らしい事は休日以外にはないだろう。
明日は何をしようか、そう考えるだけで次々とアイデアが溢れる。買いたい本があるので、まずは本屋に行こう、それからコンビニでお菓子とジュースを買って、好きな映画を流し、本が読み終わればゲームを始め、時間になったら晩飯を、
「楽しみだ」
「アンタ……何言ってんの? 人の話聞いてる?」
「聞いてた。じゃあ月曜は必ず」
「今日忘れたヤツが2日空いたら絶対無理でしょ」
「……ならどうすれば」
「はぁ……しゃあない──ほら、行くよ」
と、どういうわけか、スマホを家に忘れただけなのに。
──女の子が家に来る事になった。
誰かを部屋に招くのは小学生の時以来、だろうか。しかもそれは女の子であり、友達ではなく知り合いの女の子。この部分だけだとかなりやましい感じもあるが、そんな気持ちは僅かしかない。
しかしあり得るだろうか、そんなただの知り合いが、スマホを忘れただけで家まで押し掛けるなど。
正直言ってワクワクしていたが、やはりやむを得ない理由があると考えるのが自然だ。どうしても連絡先を交換したい理由と、家まで来ることになった理由が。
「……し、失礼しまーす……」
部屋に入る際、彼女は余所余所しく一言付けた。それは自信満々に人のコンプレックスを笑い飛ばし、延々と礼を失する彼女とは思えぬ態度。それにどこか緊張しているようにも見えた。
だが緊張しているのはこちらも同じ。何故だろう、初めて対等な立場で話せる気がする。
「何か飲む?」
「いや、だ、大丈夫」
「そうか」
謎の沈黙がこの部屋さえも緊張させているようだった。てっきり内装や配置や趣味嗜好をめちゃめちゃ貶してくるかと思っていたが、今の彼女はまるで借りてきた猫……そう思う。
そう思うと……可愛くも見えてしまう。
「……飲み物を取ってくる」
「……お願いします」
緊張が僅かに解けたのか、部屋を出ると、ふっと息を吐いた。
昨日とはまた違った種類の緊迫感と高鳴る鼓動。だがそれは悪いものでもない、気がする。これが普通で、あれがおかしいのだ。退屈だと思っていた日常に、まさか感謝する日が来ようとは。
階段を降りる足取りが軽く、思わず駆け下りてしまった。
リビングへ向かい、晩飯を作ってくれている母さんの脇を通る。そして開けた冷蔵庫の中を見て、少しだけ困ってしまう。
中にあったのは、牛乳とペットボトルコーヒー、何本かの缶ビール。飲み物として見当たるものはそれくらいだったのだ。
まずビールは除外で論外、コーヒーは苦手かもしれないので除外、牛乳は……どうだろう。悪くはないが、知り合いが遊びに来た際に出すものとして適切なのだろうか。
「……」
「ん? どうしたの?」
母さんがそんな様子を不審に思ったのだろうか、手を止めて心配そうな声を掛けて来た。
「何でもない」
仕方ない──水で良いか。
とはいえ流石に水道水は出せないので、ちゃんとウォーターサーバーを使う。コップに適量入れ、溢れないよう慎重に運んで行った。
彼女は部屋で何をしているのだろうか。エロ本の類は無いので、見られて恥ずかしいもの、と言ったら卒業アルバムくらい。勝手に漁ったりはしていないと思うが少し心配だ。
何が心配って、それは卒業アルバムの最後のページを見られること。あの──真っ白な寄せ書きの欄だけは誰にも見られたくない。
というか彼女には見られたくない。
まず間違いなく弄られる未来しか見えない。
きっと笑い転げて『アンタやっぱり友達いないの?』とか『うわー寂しいとか』とか色々言われるに決まっているのだから。友達が居なかったわけでも寂しかったわけでもないが、一応言い訳の準備くらいはしておこう。
──そう、思っていた時だった。
バァンッ!!
自室のドアノブに手を掛けようとした瞬間、中から聞き覚えのある──発砲音が響いたのだ。
「っ」
──撃った、撃ってる、何故、どうして、ここで、俺の部屋で、彼女は──撃ったんだ。
足裏が濡れている、水は殆ど溢れてしまったが、指先が硬直していたおかげで、どうにかコップは落とさずに済んだ。つまり今──このコップを持っている場合ではない。
割れないよう床に放り投げると、急いでドアを開ける。
そうしてそこに立っていたのは、やはり──銃を手にする彼女だった。何もない床へと視線を落とし、まるで先程の緊張ごと撃ち抜いたかのように、彼女は──笑っていた。清々しいと、心晴れたと、やってやったぜと、そんな風に笑っていたのだ。
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