第42話

 暗い。田舎の夜とはかくも暗いものなのか。

 暗闇には多少の耐性はあるが、紺色に染まった見知らぬ町を歩くには心許ない。

 高齢化が進み就寝時間が早いのか家の灯りの間隔もまばらで、異界に足を踏み入れてしまった気さえしてくる。


「きゃははは!」

「まてー!」

「こら! 走らない!」


 それでも怯えずに済んでいるのは、往来が人で賑わっているからだ。

 昼の静寂はどこへやら、親子連れや友達同士で来たであろう子供達など、楽しげな声で溢れている。

 人の気配があるだけで頼りない行灯の光も風情があると思えるのだから不思議だ。

 長い行進に紛れて歩を進めるうち、蛍光灯の白い光が行燈の橙色に変わり、道路脇に幟の数が増える。

 ほどなくして、夏祭り会場の神社が見えてきた。

 梔子先輩はもう着いているだろうか。

 待ち合わせの時間には間に合うが、気持ちが急いて歩幅が少し広くなる。


「あ」


 石造りの鳥居の傍で佇む梔子先輩を見つけた。近づくにつれ、ぼんやりとした輪郭がはっきりとしてくる。

 声を掛けようと手を挙げ、先輩の横顔を鮮明に捉えた瞬間。

 思わず、息を呑んだ。

 行燈の頼りない灯りに照らされた彼女の肌は儚いほど白い。

 影が濃いからか、頭の後ろでまとめた金髪は暗がりの中でしっとりと淡く輝いて見える。

 身に纏った浴衣は、藍色の生地の上に薄黄の花弁が咲き、袖から覗く長い指が手提げの巾着を弄ぶ様子は子猫をあやすような柔らかさがある。

 月明かりに照らされた浴衣美人。

 息をするのも忘れて見惚れているうちに、先輩も僕に気がついた。

 ぱっと表情を明るくして、少し動き辛そうな足取りで走り寄ってくる。


「へへ。浴衣あったから着てみた。ちょっとかび臭いけど」


 先輩は帯の端を摘みながら照れ臭そうに笑う。

 学校で見る気怠げな笑みとは違う、取り繕いのない素の笑顔。


「すごく綺麗だ」


 だからだろうか、雰囲気に呑まれて思ったままの気持ちが溢れてしまった。

 先輩の頬がほんのりと赤く染まり、艶やかな唇がもごもごと形を変える。


「……ばか」


 絞り出した罵倒に迫力はない。怒ってはいないらしい。

 へらへら笑って場を濁すと、それは気に入らなかったようで、巾着で腹をど突かれた。


「もう。はやく行くよ」

「はい」


 先輩に続いて鳥居をくぐる。その先には、屋台と人の行列が広がっていた。

 駅前の通りやショッピングモールなど、賑わう往来は数多く存在するが、屋台の間の狭い隙間を人々が行き交う様は、どれとも違う印象を受ける。

 楽しげでありながら、そわそわした期待と欲が渦巻く、ある種の緊張感を含む喧騒。


「どう? 初めてのお祭りは。ていっても、あたしもこっちのお祭り来るの初めてなんだけどねー」


 そう言いつつも、先輩の足取りに迷いはない。

 人混みの間を器用に縫って歩く先輩に置いていかれないよう、何とかして隣に並ぶ。


「なんか面白そうな屋台ある?」

「うーん……」


 林立する屋台はどれも目を惹くが、いざ自分のお金を使うとなると足踏みしてしまう。

 焼けたソースの匂いが香ばしい焼きそばは家でも食べられるし、バナナをチョコで覆い、チョコスプレーをかけたお菓子も食べる前から味が想像できる。プライドポテトもファストフード店で出てくるものと大差ないだろう。

 視線を反対に向ければ、遊戯の屋台が目に入る。

 型抜きやスーパーボール掬いなど、不器用には厳しい屋台が目立つが、その中に一際人で賑わう店を見つけた。

 あれはくじ引き屋か。一等を引き当てれば、ゲーム機が貰えるらしい。


「あー……あれはやらない方がいいよ」

「そうですか……」


 そんな上手い話があるわけもないか。優しく諭され、甘い期待は捨てる。

 それから、先輩の後ろについて会場をひと通り回ったが、食手が動かされる屋台はなかった。どうも僕には祭りを楽しむ才能がないみたいだ。

 人の波に揉まれ明らかに勢いが落ちた僕を見て、先輩は薄く笑う。


「ま、お祭りなんてこんなもんだよ。でも、せっかく来たんだし、一個くらいはお祭りらしいことしよっか。ほら、あれとかどう?」


 先輩が指差した先には、ヨーヨー釣りの屋台があった。

 子供用ビニールプールに浮かんだゴム製のヨーヨーを釣り上げるだけの遊びだ。

 内容の地味さに比例して客足も芳しくないようで、遊んでいるのは小学生くらいの子供が二人だけ、店主も暇そうに煙草を吹かしている。


「もー。難しい顔してないでやってみよっ」


 腕を引かれて店の前まで連れ出される。

 店主は僕等を値踏みする目でちらりと見やると、億劫そうに煙草を離した。


「三百円。一回一個までな」


 硬貨を払うと、割り箸に針金のついた紐を巻きつけただけの竿を渡される。

 針金は安物らしく、誤ってヨーヨーに刺さっても破るほどの鋭さはない。


「あのピンクのやつがいいなー」


 先輩ご希望のヨーヨーに狙いを定め、ぷらぷらと竿を揺らす。

 距離感を掴むのは苦手だが、腕の届く範囲なら問題ない。

 何度か試行錯誤するうちに、ゴムでできた輪っかに針金を通せた。


「わー。やったじゃん」


 人に喜ばれると、大したことをしていなくても誇らしくなるのだから不思議だ。

 しかし、無愛想な店主は感慨に浸る時間を与えてくれず、僕の手から竿をひったくるとヨーヨーを押し付け、それきり何も喋らなかった。

 まあ、そんなものだろう。

 手中に収まる戦利品を、先輩に浴衣の袖を濡らさないように気をつけながら渡す。


「くれるの?」

「え? 欲しかったんじゃないんですか?」

「……うん。ありがとう」


 先輩は控えめにヨーヨーを弾ませると、慈しむように柔らかく微笑んだ。

 まったく大したものではないが、喜んで貰えたなら何よりだ。


「じゃあ、お礼しなきゃね! なんかご馳走してあげる」


 折角だし、お言葉に甘えることにしよう。

 あらためて会場に目を配ると、先ほどは見逃していた赤い球形のお菓子が目に入る。

 りんご飴、というらしい。

 串に刺さった林檎を紅色の飴で覆っている。発色が鮮やかすぎて中々に毒々しい色合いだ。

 物珍しい見た目に気を取られていると、先輩が耳打ちしてくる。


「あれにしよっか」


 そそくさと店の前に並んだ先輩は手早くお金を支払うと、店主から受け取ったりんご飴をそのまま渡ししてくれた。

 これが、りんご飴。

 間近で見ると、食紅の濃さがより強く感じられる。外国のお菓子のような禍々しさだ。

 それに、思っていたよりも大きい。どこから齧っても口の周りに飴がついてしまう。

 しかし、お祭りとは、そういう些細なことは気にしないのが粋なのだろう。いつまでも迷っていてはご馳走してくれた先輩にも失礼なので、意を決して、りんご飴の側面に齧り付く。


「あがっ」


 硬い。りんご飴は噛み砕けなかった。

 丸みを帯びた形状が衝撃を散らし、歯を入れる取っ掛かりが見つけられない。


「なにしてんの」

「これ、かひゃいれす」

「しょうがないなー。ほら、貸して」


 先輩は髪を耳にかけると、一口で飴を噛み砕いてみせた。

 飴と皮の強固な壁が齧り取られ、白い果肉が顔を覗かせる。


「簡単でしょ? ここからなら食べやすいから」

「ありがとうごさいます」


 言われた通りに先輩の食べ掛けの箇所に口を付けると、今度はすんなりと歯が通った。

 見た目とは裏腹に優しい甘さだ。林檎の酸味の塩梅が絶妙でくどさもない。食べにくさはあるものの、お祭りでしか味わえない不思議な甘味である。

 夢中で食べ進めているうちに、人の流れが変わったことに気がつく。


「みんなどこに行くんでしょうか」

「八時から花火上がるんだって。あたし達も行こっか」


 どうやら行列は、少し離れた広場に向かっているらしい。

 ぞろぞろと動く行進に紛れ、鰯になった気分でゆっくりと全身すること数分。

 急に前の人が立ち止まった。目的地に到着したみたいだ。

 しかし広場は、どこに隠れていたのだと文句を言いたくなるほど人で溢れている。夜空を見上げても、人の後頭部や肩車された子供の背中が視界を遮り、落ち着いて鑑賞するのは難しい。


「うーん……もうちょい人少ないとこに行こ」


 そっと指を繋がれる。

 先輩の誘導に従うまま人混みを抜け、人波に逆行していると、しばらくして、打ち上げ場に面した斜面の緩い土手を見つけた。

 花火は小さく見えてしまうが、人は疎だ。異邦人としてはこちらの方が居心地が良い。

 てきとうな場所に座り、隣にハンカチを広げる。


「上に座っていいの?」

「はい。そんなに綺麗な浴衣が汚れる方が嫌ですから」

「ジェントルマンじゃん」

「紳士の嗜みってやつですよ」


 Tシャツにジーパン姿で紳士も何もないが。

 冗談めかして嘯くと、先輩はくすくす笑ってすぐ側に腰を下ろした。


「ほっけ君は打ち上げ花火も初めて?」

「ベランダからちょこっと見たりはしたんですけど、ちゃんと外に出て見上げるのは初めてですね」

「あたしもちゃんと見るのは久しぶりかも。……ふふ。でも、そっかー。打ち上げ花火も初めてかー。今日だけであたし、ほっけ君の、いっぱい貰っちゃったなー」

「子供ですから。初めてのことばかりです」


 僕は子供だ。人生経験の足りない未熟者だ。

 暴力に立ち向かうことはできても、傷ついた人にかける救いの言葉は見つけられない。


「……そうだね。早く、大人になりたい」


 相槌にしては暗い響きに、思わず先輩を見返す。


「あたし、転校するんだ」


 どん、と心臓を揺らす音がして、夜空に花火が打ち上がった。

 橙色の火の花が咲き、控えめな歓声が沸く。彼女は散り散りになる数瞬の光を遠い目で見つめている。


「……お祖母さんのことですか?」

「そう。やっぱり体調悪いみたい。お父さんの仕事はどこでもできるから、こっちに住むことになった。夏休み中に引っ越す予定」


 次いで、赤色の花火が上がった。

 光に驚いた小さな生き物が、浅い水面に波紋を作る。


「バスケ部の皆さんには?」

「ううん。言ってない。予感はしてたからさ、全国行けたら話そうかなーって思ってたけど、それも流れちゃったし」


 僕のせいだ。

 正義感に従った行いの責任は、女子バスケットボール部が負うことになった。僕が大人だったなら、彼女達を悲しませない選択もあっただろうに。

 自分の無力に打ちひしがれていると、先輩が優しく首を振る。


「ごめんごめん。嫌な言い方しちゃった。誤解しないでほしいんだけど、ほっけ君にはほんとに感謝してる。あのままあいつ吾亦紅を放っておいたら、絶対ウチらがヤラれてたし」

「でも、自粛になった責任を取れ、って」

「ふふ。そんなに気にしてたの? あれはね、可愛い一年生がキモキモ顧問をやっつけたーってみんな大興奮だったから、あたしが代表して誘いに行っただけ。ほっけ君が悪いなんて誰も本気で思ってないよ」


 花火に照らされた彼女の笑みに偽りはない。

 僕の力が不足していたことに変わりはないが、嫌われていないのはせめてもの救いだ。


「それで、どうかな」

「どう、とは?」

「女バスのマネージャーの話。結構本気で言ってるんだけど」

「……ごめんなさい。僕は、オカルト倶楽部の部員ですから」

「あはは。そうだよねー。君がマネージャーになってくれたら、あたしもみんなに恩返しができたんだけど」


 気まずい沈黙。

 周りの観覧客の歓声も落ち着いて、花火の打ち上がる音だけが間断的に響く。


「ほっけ君はさ」

「はい」

「好きな人、いる?」

「えっ」


 突然ぶっ込んできた。

 聞き間違いを疑うが、夜空を見上げる先輩の横顔は平然としている。

 もっとも、そんなに驚くことではないのかもしれない。

 思春期にはありふれた話題である。変に動揺する方が怪しい。


「います」

「そっか。誰?」

「えっ」

「いいじゃん。今日で最後なんだから」


 めちゃめちゃ深掘りしてくる。

 今からでも花火の音で聞き取れなかったことにはできないだろうか、と後悔する僕など気にも留めず、先輩は女の子達の名前を指折り数え始める。


「やっぱり丁ちゃん? それとも薫子ちゃんかなあ。濃墨パイセンは好きっていうより憧れって感じだし」

「あの」

「ん?」


 中途半端に濁しても、先輩はきっと止まらないだろう。強引に話題を変えても、別れに禍根を残してしまう。

 いいや、言ってしまえ。


「ぜ、全員です」

「……あー。なるほどね」


 僕の周りには綺麗な女の子が沢山いて、けれど、一番好きな人は決められない。

 自分で口にしておいて、なんて軽薄な男だと蔑みたくなる回答だが、意外にも先輩の反応は好意的だった。


「そっかそっか。そうだよねー。なかなか一人には決められないよねー」


 よかった。ここで責められてしまったら、いよいよ逃げ道がなくなっていた。

 そんな風に、一人で勝手に胸を撫で下ろしていると、


「じゃあさ、あたしのことは? 好き?」


 またしても特大のパンチをかましてきた。

 先輩は軽い気持ちで話題を振っているのかもしれないが、度重なるヘビー級のストレートに、僕はもうグロッキー寸前だ。

 上手くいった試しのない誤魔化し笑いで乗り切ろうと、先輩に向き直る。

 そこで、時間が止まった。

 熱を帯びた頬。

 噛み締めた唇。

 涙の滲んだ揺らぎのない眼差し。

 綺麗な女の子の、本気の表情。


「……すきです」


 惚れっぽい奴だと思う。

 梔子先輩と知り合ってから、まだ二ヶ月も経っていない。

 一方的に揶揄われるだけの浅い関係で、彼女の内面を聞けたのは今日が初めてだ。

 それでも。

 僕は、彼女に惹かれている。

 この事実は、否定しようがない。

 青。黄緑。黄色。色とりどりの光が僕等を照らす。

 花火の間隔が短くなってきた。次々と打ち上がっては、瞳に残光を映して消えていく。

 終わりが近づいている。


「包介君」


 花火が止まった。

 一秒程の静寂の後、一際大きな音を響かせて最後の一発が打ち上がる。


「こっち向いて」


 小指の先が微かに触れた。

 神経を走る感覚に導かれ、弾けるように彼女の方を見る。


「あたしも」


 薄く黄色がかった明るい白。

 梔子色の大輪が満開に咲き誇り、彼女の顔が照らされる。

 一瞬の間を置いて──


「あたしも好き」


 ふ、と唇が触れ合った。

 ほんの僅かな時間。

 知覚するより先に先輩は離れたが、唇に残る甘い痺れが事実を確かなものにする。


「高校はさ、そっちで受けて、一人暮らしデビューする。そんでさ、バスケも絵も両方続ける。アスリートとイラストレーターは両立できるんだってこと、お祖母ちゃんみたいな古い考えの人全員に認めさせてやる」


 芝を掻き分け、指同士が固く絡まり合う。

 肌の感触。滑らかでありながら、努力を感じさせる皮膚の硬さ。


「その時はさ、キスよりすごい、交換しよう」




 ◇◆◇




 翌日の早朝、僕と母さんはこの町を発つことになった。

 彩さんの見送りはない。

 当たり前だが、二人の仲は険悪なままで過去の罪が雪がれることはなかった。


「ごめんね、ほう君」


 母さんが車を走らせながら、もう何度目にもなる謝罪を口にする。

 よく眠れなかったのだろう、目元には薄らと隈ができている。


「……ママが昔、父親にされたこと。ほんとは聞かせるつもりなかったの。嫌だったよね」


 母さんは前を向いたまま、嘲るように短く嗤った。

 自分を傷つける笑い方だ。

 甘く優しく、暖かい母さんにそんな表情をさせておきながら何もできない自分に腹が立つ。


「ほう君……?」

「え? あっ、ごめん。感じ悪かったね」


 気づかぬうちにこめかみを叩いていた指を慌てて引っ込める。

 横目で僕の顔色を伺う母さんに微笑みを返し、高速で通り過ぎてゆく外の景色に目を向ける。


「窓開けていい?」

「うん。でも、虫入れないでね」


 ボタンを押して助手席の窓を開ける。

 空気のこもった車内に爽やかな風が吹き込み、緑の匂いが鼻腔を擽ぐる。


「母さんのこと、もっと知りたい」


 不意に、思ったことが口に出た。

 瞬間、ぐんと車が蛇行して、体が強く揺さぶられる。


「ど、どうしたの突然」

「いや、よく考えたら、母さんのこと全然知らないなと思って」


 性格、考え方、好みの味付けや、お気に入りのテレビドラマ。

 僕が知っているのは表層的なことばかりだ。

 母さんの過去については何も知らない。


「……ママに興味持ってもらえるのは嬉しけどさ。もっと嫌な気持ちになるだけだよ」


 母さんはじっと前方を見つめながら、沈んだ声で呟く。

 おしゃべり好きの母さんが自分のことを語らないのには、当然理由があるはずだ。父親のこと以外にも、僕に聞かせたくない過去が幾つもあるのだと思う。

 そうだとしても。


「ちゃんと知っておきたいんだ。好きな人のこと」


 自分の気持ちに気がつくのに遅れたばかりに、梔子先輩と話す機会は逃してしまった。もっと話したいと願っても今更のことで、状況がそれを許さない。

 今がいつまでも続く保証はない。

 ならば僕は、聞かずに後悔するくらいなら、聞いて辛さを共有したい。何も知らずに生きるより、同じ重荷を背負っていたい。

 共に生きるということは、そういうことだと僕は思う。


「……いつか、ちゃんと話すね」

「うん。待ってる」


 それからしばらく、無言のドライブが続いた。

 久しぶりに道案内の標識が現れた時、母さんは思い出したように明るい声を上げる。


「でも、ほう君しか知らないこともあるよ」

「たとえば?」

「ママのお尻にあるほくろ。よくつんつんしてたよね。あの時のほう君、不思議そうな顔して可愛かったなあ」

「いや、覚えてない」

「帰ったら見せてあげる。またつんつんしていいよ」

「しないです」

「なんでよ!」


 母さんを無視して空を見上げると、巨大な入道雲がぽっかりと浮かんでいた。

 夏らしい景色だ。梔子先輩も、同じ景色を見ているだろうか。

 次に会える日が待ち遠しい。

 電話で話す約束はしたが、顔を合わせなければ伝わらないこともある。それを思えば、時間をかけてでも集うことに意義はあるのかもしれない。

 それに、次にあった時は、きっと。


「ほう君、なんかやらしい顔してる。また別の女のこと考えてたでしょ」

「え!? ……いやあ、そんなことないよ。あはは」

「ママ以外でえっちなこと考えないで!」

「そっちの方が問題じゃない……?」


 昨晩考え抜き、ようやく理解したの意味は、その時が来るまで秘密にしておくことにしよう。

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ペトリコールと怪女達 カシノ @kashino

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