第17話 基礎言語

「災難だったな、ユピ・テルター」


 アカデミアに戻るなり話しかけてきたのはヤポニアの貴族であるムルキベルであった。先日の入学式でユピに手も足も出なかったムルキベルは自らを見直してユピにリベンジを誓って鍛錬に明け暮れていた。しかしユピのことを敵対視しているということなく、むしろ昨日の敵は今日の友と言いたげに友好的な態度であった。


 ちなみにユピはあの後アスティノミアの事情聴取を一人で受けていた。同行していたミューズが凄惨な光景に気分を悪くしたことでレギナと一足先にアカデミアに戻って休んでいる。目の前で人間が炎に包まれて黒焦げになる光景は普通の少女には刺激が強すぎたためにミューズが気分を悪くするのも仕方のないことだ。


「昨日の今日でリベンジしに来たか?」

「まさか。リベンジするときは君が万全の状態の時にするよ」

「俺は今も万全だぜ」

「やめておくよ。僕の修行がまだ終わっていない」


 軽口をたたくユピにムルキベルはやれやれと言いたげな態度で決闘の申し出を断る。ムルキベルも一日や二日でユピを上回れるほど成長できるとは思っていなかった。それに今日は他に重要な要件があった。


「それで大丈夫だったのか?」

「随分と耳が早いな」

「幸か不幸か、アカデミアの情報網は世界屈指だ。街中に監視カメラが設置されていると思った方がいい」

「なるほどな」


 そういってユピはチラリと周りを見る。すると往来していた学生たちが次々とユピの方を見ながら小声で話している。


「おい、あれが噂の候補生だろ」

「あの入学早々に問題を起こしたって奴か」

「意外とかわいい顔してるのね」


 上級生たちと思える学生たちはユピの実力を測るような視線を送るが、ユピの視線が返ってくると足早に立ち去る。話題の新入生に興味は持っているものの具体的な関わりを持つ気はないようである。


 ただし上級生たちの視線は総じて好意的に感じられた。他の新入生たちに比べれば。


「聞いたか? あいつ、街で暴漢を焼き殺したらしいぞ」

「身元もわからないほど焼かれていたらしいな」

「なんでも加減を間違えたらしいぜ」

「これだから候補生は」


 新入生たちがユピに送る視線は軽蔑の眼差しであった。アカデミア生活で争いごとに慣れている上級生とは異なり、新入生たちにとってみれば殺人は耳慣れない出来事であり話題になりやすかった。


 たとえそれが正当防衛であったとしても人伝に聞く噂は少々誇張されてしまうものだ。ましてや事件の全貌を知らない者たちが話していく内に憶測や個人の見解が含まれて事実は益々歪曲されていく。新入生たちの中に流れる事件の全貌はむしろ彼らにとって好ましいものへと脚色されていた。


「随分と違ったストーリーになってるみたいだな」

「仕方がない。一般人にとっては命のやり取りは隣り合わせの出来事じゃないから」


 ムルキベルの言葉から彼が常に死と隣り合わせの人生を送ってきたことが感じ取れたが、ユピは不用意に立ち入ったりはしない。下手に貴族の世界に頭を突っ込んで命を狙われるのはごめんである。


「敵の所属はわかってるのか?」

「あの白帽子が言うにはプロシアの連中らしい」

「白帽子? ああ、アスティノミアか」


 ムルキベルはすぐに白帽子がアスティノミアの象徴である白い制服が指していることを理解する。


「ということはアスティノミアがマークしていた勢力という訳か」

「だろうな」


 ユピは白帽子の男のことを思い出しながら応える。白帽子の男の登場でアスティノミアとの無用な交戦を避けることができたのは事実だが、ユピは白帽子の男に不信感を持っていた。


 事情聴取の際の白帽子の言動から彼らが襲撃者たちの動きを察知していたのは明白であった。もしかすると察知していたのは白帽子の男だけなのかもしれないが、戦闘が終わると同時に登場したアスティノミアはあまりにもタイミングが良すぎた。


 まるで戦いが終わるの待ってから登場したようにも感じられる。ユピはそのことが気になっていた。


「アスティノミアがマークしていたことを考えると普通に考えれば敵はプロシアの反政府勢力ということか」


 アカデミアのあるノイトアールは三大国が中立条約を結んでいる中立都市だ。表向きには政府勢力が干渉することを禁じられており、中立都市で騒ぎを起こすのは反政府組織の人間か、もしくは三大国以外の中立都市の存在を好ましくは思わない国々か。


 けれどもノイトアールを治める警察組織アスティノミアがプロシアの人間だと言ったならば襲撃者はプロシアの人間に間違いはないだろう。アスティノミアもまた三大国が人員を出し合って構成されている中立警察組織である。それこそアスティノミアも襲撃者と繋がっていない限り身柄を詐称する必要はない。


「敵の使っていた術式はプロシアのものだったか?」

「いや、基礎言語だったな。ただ最後に使った言語だけは違った」

「その男は何と言った?」

「プラーミア」

「そうか……」


 その言葉を聞いた瞬間ムルキベルは何かを納得したような表情を浮かべる。


「プラーミアはプロシア語で炎を意味する言葉だ」

「有名なのか?」

「ああ。プロシアの術式を構築する際に用いられる基礎言語といってもいい」

「なら基礎言語を使う他国の魔術師が偽称することは可能か?」

「何を言ってるんだ……」


 ユピの言葉に驚いた表情浮かべるムルキベルであったが、ユピにしてみれば疑って当然の可能性であった。


「それまで基礎言語を使っていた魔術師が最期に自分の国の言葉を使って自決すると思うか?」

「最期だから愛国心を示したんじゃないのか」

「それまで頑なに身分を隠し、口止めのために仲間を黒い肉塊まで変えるような連中だぞ」


 言われてみれば可笑しな話である。襲撃者たちは自らの所属を隠し、敗北を悟ると情報の漏洩を恐れて仲間ともども火の海に飲みこまれていった。そのような連中が最後の最後で自らの所属を示唆するような言葉を残すとは考えにく。


 しかし、それは同時にアスティノミアのことも疑うことになる。仮に襲撃者がアスティノミアにマークされていたならば彼らの詳細を知っていてもおかしくはない。そしてアスティノミアが襲撃者をプロシアの人間だと断定しているのだ。


「まさかお前はアスティノミアが噓をついていると言うのか?」

「或いはそのアスティノミアとやらに反乱分子が紛れ込んでいるか」


 入学二日目にして中立都市ノイトアールに不信感を抱くユピであるが、これはまだ動乱の序章にしか過ぎなかった。世界を再び混迷に陥れる戦いはまだ始まっていなかった。


 

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National Object War 高巻 柚宇 @yu-takamaki0631

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