断章:蒼い死神

『――こちら空軍司令本部』



「ガルーダ1,感度良好」


 夕暮れの空、薄暗くなってきた中を編隊を組んで飛ぶ。

 本来なら我々の出る幕ではないのだが、司令部にいる『参謀』の指示により出撃が決まった。

 ストライカーと違い、強襲可変戦闘機レイダーは発進に手間が掛かる。ただスロットルを開くだけでは、高度を上げることもできない。

 



『海上プラントが炎上しているとの通報が入った、現地に急行せよ』


「了解した」


 データリンクで追加された指示座標を確認。サブモニターを操作して、ナビ情報を更新する。



「聞いたな? 進路を変更する」


 操縦桿を傾け、緩やかに旋回。

 その最中、無線から不機嫌な声が聞こえてきた。



『――少佐、今日は待機って言ってたじゃないですか』

 

 それは部隊の最年少パイロット、ガルーダ6。レナ・アーハン少尉だった。



「なんだお前、そんなにフライドチキン・プレートが食べたかったのか?」


『――だって! からあげですよ!! しかも、おまけで3個増えるんですよ!』

『ガルーダ6、みっともないからやめなさい……』


 ――相変わらず、食いしん坊なヤツだ。


 思わず、鼻で笑ってしまう。

 だが、そんな部下のことを俺は気に入っていた。



「いいじゃないかケント。食える時に飯が食えなきゃ、パイロットは務まらんからな」

『隊長はレナに甘すぎます、この前の牛丼の時だってレッドジンジャーをトングで10回分は……』

『――副隊長、それはバラさない約束だって!』


 この緊張感の無さが、我々の強さだった。

 ただの飛行隊ではない。俺が選び、育てたパイロット達だ。

 だからこそ、こんなにふざけた連中でも信用できる。



「それで、新兵器はどうだ?」


 編隊から飛び出し、俺のすぐ横に赤い機体が並ぶ。

 深い青色で塗装された我が隊で唯一の『赤』に塗られた機体、ガルーダ6だ。

 沈みかけの夕陽に照らされて、その赤がより一層強く感じられた。


 ――赤は、あんまり好きな色じゃないな。


 思わず、目を背けてしまう。

 これまでの人生で、「赤」に苦しめられてきた経験のせいかもしれない。

 

 


『これは少佐も関わったんですよね? 思考で操作するのは不思議な感じですが、慣れてきました』


「その兵装は私の上官や同僚が関わっていたものだ。ちゃんと使いこなせよ?」


 BID――俺の上官が国連軍の技官と共に作り上げた兵器。

 索敵にレーダーを使わず、光学情報だけで敵機に追従してレーザー照射する。

 それを当時より小型化し、新しいシステムを組み込んで実用化したものだ。


 ガルーダ6、レナ少尉にはそれの試験運用を任せている。

 今のところは順調、実戦でも成果を上げていた。



『……使いこなせてますよ? これまでだってスコア出してますし』


「だが、最終的にモノを言うのは空戦ドッグファイトだ。それを忘れるんじゃないぞ」


 

 間もなく、当該エリアに到達。

 遠方で黒煙が上がっているのが確認できる。


『敵機を捕捉』

 

「よし、全機レーダーをオフにしろ」


 編隊機の望遠装置から映像が送られてきた。

 ヘルメットのバイザーに、小さなウィンドウが表示される。


『……この機体、もしかして――』


「間違いない、タカノ・インダストリアルの新型機だな」


 シルエット、白い塗装、武装構成、既存のストライカーとは大きく異なる機体。ガルーダ6が搭載しているものと同じ『特殊なシステム』を採用しているストライカーらしい。


 ストライカーという兵器体系を産み出したシンジ・タカノ博士、そんな男が作った新世代機――それが普通の兵器であるはずがない。


 

 サブモニターを操作し、司令部へ交信。

 電子音の後、女性オペレーターが応じた。


『――こちらHQ』


「ガルーダ1だ、ジンノ中将を頼む」


 オペレーターの返事と共に無線が沈黙。

 数秒後、聞き慣れた男の声が無線から流れる。


『マーカスだ、どうした少佐?』


「例の新型機がプラントを攻撃していたようだ、どう対処する?」


 国防空軍司令部、戦略攻撃群の指揮官。

 マーカス・ジンノ中将――俺の上司であり……友人だ。


『――国連軍機だが……撃墜してしまって構わない。状況によっては、国連軍の勢いを削ぐことも期待できるだろう』


「逃げたら追撃はしない――だな?」

『そうだ、それでいい。交戦許可を出すぞ』


「ガルーダ1、了解。『所属不明機アンノウン』と交戦する」


 コンソールを操作し、通信を全周波数帯オープン・チャンネルに設定。

 同時に火器管制装置FCSの安全装置を解除、装備しているミサイルのセンサーの冷却を始める。



「――こちらは、イースト・エリア国防空軍EDAF。この無線が聞こえているなら即時に応答せよ、貴機は領空に侵入している。我々の指示に従い、投降せよ」


 ただの警告文。これに応じても、応じなくても、トリガーを引くことに変わりはない。

 

 ――今回は良い相手になってくれそうだ。



 タカノ・インダストリアルの新型機[OHS-X1]、国連軍指揮下の機動部隊でも屈指の精鋭が乗っているという情報があった。

 俺達にとって、ストライカーはただの的に過ぎない――――もし、自分を食い破ろうとする気骨のあるヤツならば……少しは楽しめるだろう。



「繰り返す、こちらはイースト国防空軍EDAF。この無線が聞こえているなら即時に応答せよ、貴機は領空に侵入している。我々の指示に従い、投稿せよ――さもなくば……」


 火器管制レーダーFCRを稼働、対象機をレーダーでロックオン。

 データリンクで編隊機に位置情報を共有――それが、攻撃開始の合図だ。



「……排除する」



『ガルーダ2より3と4は続け!』


『こちらガルーダ5、プレッシャーを掛けます!』



 部下が動く。

 敵の対応を見るべく、俺は緩やかに上昇。

 高度を上げて、戦況の把握に注力することにした。



『BIDで仕留めますか?』


「ガルーダ6は私の傍にいろ、見学だ」

『――早く帰らないと、からあげが無くなっちゃいますよ……!』


 白い機体、[OHS-X1]が加速。

 ガルーダ2――ケント大尉が率いる編隊へ距離を詰めようとしていた。


 その動きに迷いは感じられない。

 だが、同時に――殺気も感じられなかった。


 

 部下と白い機体が交戦を開始する。

 命を懸けた戦いだが、俺の部隊はそれを何度もやってきた。

 ただで死ぬような弱いヤツは1人もいない。


 だからこそ――それを『単独』で張り合える強敵を、俺は探し求めていた。

 自分のためでもなく、部下の成長のためでもない。


 ファイターパイロットとしての本能、嗅覚が探すのをやめない。

 

 そして、今――


 目の前にいる、白いストライカー。

 そのパイロットに、何かを感じる。


 ただの直感、センス。言葉にできない何かを、俺は見つけたい。


 あのパイロットが、この空で自分を『表現』するはずだ。

 それを見届けてから、撃墜してやろう。



 これから始まるドッグファイトを、俺は他人事のように眺めている。

 暗い紅に照らされた海、闇に沈もうとしている空に筋雲が交差していた。 


   

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Valkyries Forces 柏沢蒼海 @bluesphere

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