第4章:煉獄への道標 2
作戦のために母艦のUNBCブリザードから発進し、ルクスは海上を飛行していた。
目標は海上プラント、テロリストが隠れ蓑に使っている拠点に対しての攻撃が今回の作戦内容だった。
「軍曹、海上プラントを基地にする理由に思い当たることはありますか?」
『――どうした、何か気になることがあるのか?』
操縦しながらわたしの問いに応えるユーリ軍曹。
彼は元テロリスト――つまり、これから攻撃する相手の手口を理解している。
別にテロリストの戦い方を知りたいわけではないのだが、どうでもいいことのディテールが気になっていた。
「……普通、基地って陸地に作りませんか?」
『海上プラントは隠蔽するのが難しいが、拡張性があることが利点だ。資材と人員があればどこまでも規模を広げられる。〈海上拠点自衛法〉という国際法のおかげで、自衛目的という建前があれば大型火器を設置しても怪しまれないしな』
「これから攻撃するところもですか?」
『ブリーフィングの時に言わなかったが、想定の4倍の戦力が出てくると見てもいいだろう。プラントの基部が気密ブロック化されていたし、大型のハッチや昇降機のゲートもあった。車両型の対空装備やストライカーを乗せたトレーラーをプラント内部の格納庫に隠しているはずだ』
――どうしてそこまでわかるの……?
ブリーフィングで海上プラントを映した画像をいくつか見せられた。
だが、状況説明を受けながら見たとしても、1分も眺めていなかったはずだ。
それなのに、そこまでわかるものなのだろうか――
やはり、ユーリ軍曹は普通じゃない。
元テロリストという経歴がそうさせるのか、それとも軍曹自身が特別なのか。
エースパイロットという人種は、よく分からない。
ミランダさんやゲイツ大尉もどこか人と違う感じがあった。
『こちらUNBCブリザードCIC、これより無線封鎖に入る。通信可能になるのは30分後だ――』
『エックスレイ1、了解』
今回の作戦は、イースト・エリアという中立国家の周辺海域での任務だ。
海上プラントへの攻撃後、出撃した方位と別方向に回り込んだ母艦〈UNBCブリザード〉に帰投することになる。
これはイースト・エリア側から正規軍が出てくる可能性を想定した作戦行動で、無線封鎖している間にテロリストの拠点となっている海上プラントを制圧しなければならない。
イースト・エリアはわたしが住んでいた場所だった。
極東の島国、世界で最も平和で安全な国――そこを守る空軍はとても精強だと聞いている。
だが、『死神』とまで恐れられていることまでは知らなかった。
自分の住んでいた国のことを、わたしは少しもわかっていなかったらしい。
「世界で最も平和な国」というのは、誰も攻め込まないからではなく――――『攻め込んできたものを全て撃ち落としてきた』からだというのが真実だった。
『――
「戦闘システム、起動します」
基幹システムを戦闘コンディションに推移させ、機体とリンク。
視界にルクスの光学センサーが捉えた景色が表示され、レーダーや動体センサーの情報が手に取るようにわかる。
ユーリ軍曹が操縦しているルクスは、わたしが想像しているよりずっと低い高度を維持していた。
さすがは『ゴースト』と呼ばれたエースパイロット。
彼との模擬戦でようやく命中弾が出せるようになってきたし、連携も上手く出来るようになった。
国連軍の大規模演習の件で、ミランダさんから叱られてしまったがユーリ軍曹からは特に何も言われていない。
戦闘の最中に敵と交信したことが問題視されていた――が、相手も同じ人間なら言葉で制することができるはずだ。
テロリストではなく、正規軍――まともな人達なら言葉が通じる。
言葉が通じるなら――止められる。
夕陽の反射が激しい、目が眩みそうな海上の景色に変化があった。
水平線の向こう、微かに建造物のような影が見える。
距離が近付くにつれ、その建造物の規模は大きくなっていく。
『――目標を視認、攻撃態勢に入る』
――相手はテロリスト……彼らを止めることはできない。
建造物の輪郭がはっきりと見えるようになってきた。
ユーリ軍曹がルクスを急上昇させる。
高度を上げると、プラントの全貌が明らかになる。
複数の建造物が連結して、巨大な要塞のように見える。
軍曹の言うように防衛装備があってもおかしくない。要塞化されているのだろう。
『レールガンで中央のプラントを撃て、なるべく建造物の中央を狙うんだ』
「降伏勧告とか……しなくていいんですか?」
『全員逃げるまで待つか? そうしている間に空軍が駆けつけてきて、いずれにしてもここは破壊される。おまけに僕達も落とされるだろう』
軍曹の指摘を否定することはできない。
わたし達の任務は「テロリストの拠点を破壊」することだ。
それに――ユーリ軍曹の命令は……絶対。
レールガンの安全装置を解除。視界に精密射撃用の照準が表示される。
その照準を海上プラントの中で最も大きいものに重ねた。
――本当に、いいの……?
トリガーを引くのは簡単だ。
命令された通りに、道具のように、ただ従うだけ——
そうしたところで、戦争が始まるのを防ぐことはできない。
だが、わたしのせいでAMUと国連軍の緊張感が強まった。
結局、わたしのすることは……全て、無駄なことなのかもしれない。
余計なことをせず、命令されたように操縦する。
そこにわたしの意思は必要ない。ただの道具――パーツだ。
わたしに感情が無ければ、軍曹のように道具に徹していれば、こんなことで悩まずに済んだのかもしれない。
それでもわたしは――――世界を、平和にしたい。
トリガーを引く。
照準は中央のプラント、その中心。
ルクスの腰に付いているレールガンの砲身から、88ミリ徹甲弾が放たれてプラント上部の構造物を貫く。
間もなくして、大きな爆発が起きた。
あの建造物に、どれだけの人がいただろうか。
トリガーをたった1回引くだけで、どれだけの人命が失われたのか――想像できない。
「次のプラントを撃て、標的は自由に選べ」
指が勝手に、思考が自動的に、照準を別のプラントへ動かす。
トリガーに掛けた指に力が入っていることに気付いた。
――わたしは、また殺すの?
激しく炎上し、倒壊していくプラントを横目に、別のプラントの建造物に狙いを定める。
そして、またトリガーを引く。
閃光が空を灼き、海上にそびえる建造物を射抜いた。
爆発、炎上、崩落――損壊した建造物から残骸や物と一緒に、人がこぼれ落ちていくのが見える。
夕陽に照らされるよりも眩しく感じるほどに、激しい炎が揺らめいた。
――わたしは……また、殺してしまった。
トリガーを引かなければ、あの人達は死ななかったかもしれない。
どうせ、どんな敵が出てきてもユーリ軍曹が返り討ちにしてしまう。
わたしは一方的に誰かを撃ってばかりだ。
機体が急上昇、押さえつけられるようなGに苛まれながら目の前の視界に集中する。
まだ攻撃を受けていないプラント、その一部の隔壁が開く。そこからぞろぞろと機動兵器や車両が出てくるのが見えた。
それに気付いたのか、ユーリ軍曹は機関砲の照準をプラントに重ねる。
ルクスの両腕がプラントの方に向いた――
そして、ルクスの両腕から激しい閃光が瞬く。
発射された機関砲弾が開いた隔壁の中に撃ち込まれる。連鎖的な爆発が見えた。
センサーがレーダーによる照準波を感知。
それを知らせようとする前に軍曹が反応する。ルクスの右腕が動き、機関砲が吠えた。
閃光と爆発――脅威を排除。
熟練のパイロットは思考するのとほぼ同時に入力ができると言われている。
軍曹がその領域に至っているのは疑いようもない。それをこの最新鋭機でやっているということに、わたしは居心地の悪さを感じていた。
本来なら、わたしが操縦しているはずだったのに――ユーリ軍曹が乗りこなしている。
このまま、ずっと軍曹が乗り続けるのだろうか……
――わたしが何かしなくても、どうせ軍曹が終わらせてしまうんだ。
残存しているプラントから火線が走る。
対空砲火をすり抜けるように、軍曹は残っているプラントに接近。両腕の機関砲やマイクロミサイルを使って、敵機や防衛設備を破壊していく。
わたしはそれを、ただ眺めるだけだ。
機体が捕捉した反応は、わたしが口にせずともコクピットの計器類に反映されるし、ユーリ軍曹は視野が広いからすぐに敵を見つけてしまう。
ユーリ軍曹は無敵だ。
どんな敵が来たって、最終的には勝ってしまうのだろう……
敵機を発進させず、防衛設備ごとプラントを破壊していく。
気が付けば、プラント全体が炎に包まれていた。
土台が傾き、建造物が崩れ、火が海の上まで広がっている。
プラントにいた人は、もはや誰1人として生きてはいないだろう。
テロリストだから、犯罪者だから、それに荷担していたから――それを理由に殺されてもしかたない。
そんな風に考えたくないが殺したのはわたしだ。
わたしの指が、プラントにいた人達の命を奪ってしまった。
―—どうすれば、戦いを終わらせられるんだろう……
テロリズム、勢力対立、紛争、それらをどうやって解決すればいいのか。
父の提唱する『プロジェクト・ヘイロー』で、それは解決するのか――わからない。
それでも、わたしは……諦めない。
奪ってしまった人達の命を無駄にしないためにも、わたしの使命を――平和を作らなければ……!
今のわたしは無力だ。
ただ命令されて、指示されたことしかできない。
だから、一刻も早く。
ルクスを自分の物にしなければならない。
「……動体反応無し、センサー感無し」
ユーリ軍曹が呟くように言った。
当然だ。徹底的に叩いたのだから、生き残ってる人間などいるわけがない。
崩落し、海中に沈んでいくプラント。
その付近にボートや航空機は見当たらない。いたところで、軍曹が叩き潰してしまうのだろう……
沈みかけた夕陽の光量では、生存者を探すことは不可能だ。
もし、誰かが生きていたとしても翌日まで生存できる保証は無い。
設定していたタイマーを確認すると、作戦予定時間がかなり余っている。
軍曹は想定していた戦闘時間を大幅に短縮、効率的な『掃討』に成功していた。
「……作戦は完了ですね、帰投しますか?」
これだけやれば、任務は達成したのも同然だ。
テロリストはこの世から排除され、国連軍が安全に極東へ接近できるようになった。
穏便な方法――そんなものは無いかもしれないが、排除するという短絡的な手法だけが全てではないはずだ。
――どうして、簡単に『殺す』という命令を出せるんだろう……
立場が違えど、相手も同じ人間。家族や子供だっているはずだ。
それなのに――――
『…………こちらは、……軍。――の無線が――――』
ノイズ混じりの通信が聞こえてくる。
即座に周囲をスキャン、同時に拾った無線の周波数帯を確認。
即座に通信設定を修正し、無線の内容に集中する。
「――まずいな、時間切れだ」
「えっ? 軍曹、何を言って……」
この時、わたしは微塵も考えていなかった。
わたしたちは何故、時間制限を設けられていたのか、無線封鎖までしていたのか。
そして、この遭遇が――もっとも最悪な展開だということを、わたしは知らなかった。
『――こちらは、イースト・エリア国防空軍。この無線が聞こえているなら即時に応答せよ、貴機は領空に侵入している。我々の指示に従い、投降せよ』
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