第4章:煉獄への道標 1

 国連軍の大規模演習から数日が経った。

 

 UNBCブリザードは極東に向かっている。

 次の作戦に備え、僕とヒカリは常に出撃できる状態を保っていた。


 問題なのは、そのそのもの。

 作戦エリアである極東――イースト・エリアは非常に危険な場所と言えるだろう。

 その空を守る空軍、彼らが運用する機動兵器はストライカーの何倍も凶悪な性能を誇る。

 パイロットもかなりの練度と聞いた。


 僕らはそんな場所に踏み込んでいって、潜んでいる敵を炙り出さなければならない。

 イースト・エリアの領海、そのすぐ近くに建造された海上プラットフォーム。表向きには海底採掘プラントとして登録されているが、その正体はテロ組織――「国境なき戦士達BW」の拠点だ。


 

 これまで現地軍に捕捉されなかったことに疑問を感じるが、任務を与えられた以上は遂行する他無い。

 

 以前にも増して、国連軍や合衆国空軍USAFの強行姿勢は激しくなっている。

 つい昨日のニュースでは、紛争地帯の都市部付近で戦闘、基地や大使館に接近した一般車両に発砲、民間機を敵と誤認しての撃墜――報道されていないものを含めても、不祥事はいくらでもある。


 それは、開戦を目前とした「世界大戦」の緊迫感によるものだった。



 AMUとUSMは完全に衝突していた。

 外交チャンネルを閉じ、輸出入や渡航さえも禁止。

 もはや、開戦は秒読み段階と言ってもいい状態だ。





「ユーリ軍曹? ここにいたんですね。待機だからって、コクピットにいなくてもいいじゃないですか」


 僕とヒカリには即時出撃できるように、臨戦態勢で待機するようにミランダ中佐から命令を受けていた。

 ヒカリは格納庫の片隅で休んでいたらしい。

 一方、僕はルクス――最新鋭機のコクピットでデータの整理をしながら考え事をしていた。


「僕の事は気にしなくていい、ちゃんと休めたか?」


「はい、それなりに……」


 そう言うと、ヒカリはルクスのコクピット、その前席に座る。

 ヘルメットを抱えたまま、シートで休んでいるようだった。




 世界情勢が不安定なことも気掛かりだが、それよりも目の前の問題の方がとても難題だ。


 数日前の大規模演習、それは敵軍――AMU軍の特殊部隊の襲撃によって惨劇へと変わった。

 僕ら『スレイプニール・アームズ社』の部隊とヒカリ・タカノ、最新鋭機である〈ルクス〉の活躍で、被害を抑えることができた。


 しかし、ヒカリによって――敵の正体が暴かれることとなった。

 



 ルクスに搭載されている『P・Hシステム』、それは脳を機械と接続するインターフェイスを構築するものだ。

 人間の脳というものは、機体に搭載するような演算プロセッサやCPUよりはるかに高性能で、レスポンスも速い。

 だからこそ、ヒカリは誰にも思いつかないような使い方をしてみせた。


 敵機をハッキングし、敵パイロットの個人情報や機体に封入されているデータを読み取り、敵の無線に干渉して警告。

 パイロットはそれで戦闘を中止することは無かったが、これによって敵は正規軍――つまり、AMUの部隊であることが発覚。

 しかも、AMUという大きな軍事同盟の中で設立・制定された特殊部隊群『カラード』の1部隊であることも判明した。



 この事実は国連と合衆国軍内で共有され、AMU加盟国に対しての圧力の要因となってしまった。

 結果的には、ヒカリによるハッキングのせいで事態が悪化しているのは間違いない。

 だが、敵機の正体がわからなければ――武装組織への攻撃や検挙、AMUへの武力査察に繋がり、最終的には同じ状況を作り出しただろう。



 それでもヒカリは、自分が正しいことをしたと思っているようだ。

 真実を追求することは大抵の場合は必要とされる――が、時には暴かない方がいいこともある。

 たしかに、AMU正規軍であることが判明したことで軍は正当な攻撃理由を得ただろう。

 しかし、そもそも国連軍の強硬姿勢は今に始まったことではない。


 敵に言い分があるかどうかは知らないが、手を出してしまった方の負けだ。

 AMUに加盟している国や地域は合衆国や国連軍の攻撃を受けたとしても、何一つとして文句を言うことは許されない――それが、違法な攻撃だったとしてもだ。


 大義名分、そんなものを振りかざして戦争をしたがるのは合衆国くらいだろう。

 だからこそ、AMUという対抗戦力が生まれてしまった。

 協調ではなく、対立。

 軍備による抑止力、そうすることでしか世界は平穏を保てなくなったのだ。

 それも形骸化し、全面戦争へと移行しようとしている。



  

「……軍曹は、休めてますか?」


「僕か? コンディションは問題無い」


「そうですか」


 あの演習での戦いによって、国連軍内でルクスのことが完全に周知されてしまった。

 その結果が、この自殺行為と同じレベルの任務だ。


 少なくとも、この機体に出来ないことはない。

 だが、それ故に運用が限られる。

 何でも出来るということは、そのカードを使える状態に保ちたいはずだ。

 

 しかし、国連軍上層部はそうではなく。

 僕らをただひたすら戦わせようとしてきた。

 

 それが正しいとでも言うかのように……




 突如、コクピット内に電子音のアラームが鳴った。

 ヘルメットを被り、コンソールを操作。機体のシステムを稼働させる。

 

 間もなくして、ブリッジとの通信が繋がる。



『――出撃予定ポイントに到着。エックスレイ1は出撃準備をしてください』


「了解」


 ヒカリもヘルメットを被り、出撃体勢を整えていく。

 彼女の作業進行に合わせ、こちらも各システムを呼び起こす。


 

 コクピットブロックを格納、ハッチ閉鎖。

 メインモニターに光学センサーが捕捉している機外の光景が映し出される。

 各装備のチェックプログラムが応答を返してきた。ステータスの報告がメインモニターに流れていく。


 ちょうど、目の前にある格納庫のハッチが開かれ、海原が垣間見えた。

 天候は晴天、海も穏やかだ。

  

 極東の空は、大陸よりも一層青く見える気がする。

 「イースト・エリア」――――極東の島国に訪れたことはない。

 それなのに、この空の青さにどこか懐かしさを感じることが度々あった。

 


 ――不思議な感じだ。


 極東の空も、海も、その鮮やかな青に違和感がない。

 ずっと見てきた――見慣れた感覚すらあった。

 しかし、僕はずっと大陸の辺境で育てられ、合衆国の地方都市やAMU所属地域の田舎に潜伏してきた。


 


「エックスレイ1、レディ」


『周辺空域はクリア、射出シーケンスを開始します』



 火器管制システムを稼働させ、戦闘が可能な状態に移行させる。

 ヒカリの方もすぐに準備を終えていたようだった。



「行くぞ、ヒカリ」


「大丈夫です、軍曹」



 ――最悪な状況はいつものことだが……


 今日は特段に嫌な予感がする。

 それでも、生き残るために戦うしかない。




「エックスレイ1、出撃するテイクオフ



幸運を祈るグッドラック、エックスレイ1』


 操縦桿上部のスロットル・ホイールを回し、スラスターを解放。

 カタパルトが機体を加速、そのまま推力に押されるようにしてUNBCブリザードの外へと押し出される。



 そして、青い空と碧い海が広がる外界へと飛び立つ。

 

 その鮮やかな青さに、僕は清々しい気持ちになった。

 任務であってもこの青空を眺めるのは悪くない――が、ここは敵地の中でも最悪な場所だ。



 この空の果てに、何があるのか――


 それを知りたいとは思わないが、少しだけ興味が湧いた。

 

 

 

 



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