断章:報復

 ここから見える空は、いつも鉛色だ。

 それでも、俺はここに来て良かったと思っている。


 『ロット・ブルーツ』という都市はどこか古風で、ファンタジーの世界観に迷い込んでしまったかのような印象があった。

 初めて来た頃は、素晴らしい資質を持つ若者達や運命の女性との出会いなんて想像も出来なかった。



 AMU軍特殊作戦グループ『カラード』。

 遊撃部隊「ブラック・ナイツ」その部隊長である俺は、この『ロット・ブルーツ』という田舎の都市にある空軍基地で訓練教官を務めることになった。

 最初は左遷だと思っていたが、将来有望な若者を一級のパイロットへと育てていく仕事というのは、とてもやりがいがある。


 任務の最中、空港で働く女性と恋愛関係になった。

 そして、ついこの間――その女性と結婚。

 

 この田舎町に愛着が湧き、もはや2つ目の故郷とも言えるくらいに馴染んでしまっていた。

 だから、この鉛色で薄い雲が広がる空も――俺にとってはお馴染みの空だ。




 ストライカーのコクピット、光学センサーで捉えた外界はいつも通り肌寒そうだった。 

 年中気温が低い土地だが、そのせいか酒や飯はとても美味く感じる。






『――アダ隊長、奥さんのとこ行かなくていいんスカ?』


 唐突に通信が入る。

 その声の主は隊でもっとも若い隊員だった。



「……あのな、行きたくても行けない理由くらい察しろ」


『クルト、大佐はお前の補習に付き合ってくれてるんだ。少しは申し訳なさそうにしろよ』

『――ちぇっ、オレだってやればできる男なんスヨ!』

『ブラック13、それはようになってから言え』


『――がんばりまスっ!!』



 今日はクルトを含めた訓練兵の実機訓練を実施することになっている。 

 本来は俺まで実機に搭乗するつもりは無かったのだが、訓練兵の要望によって搭乗させられることになったわけだ。



「お前ら、俺を病院に行かせる気はあるのか?」

『――もちろんっスよ!』


『マリアさん1人にさせるのは、パパさんとしてはどうかと思いますけどね』

『お前が大佐じゃないとダメだって言ったからだろうが!』


 今日は妻のマリアの出産予定日。

 病院で待っている彼女に、詫びの電話も入れられていない。

 遅刻ばかりの俺だが、今回ばかりはするわけにはいかないだろう。


 

『――フォート・トータスよりブラック、出撃予定時間だ。各機ステータスチェック』

 基地の管制塔からの通信で、無線に緊張感が戻って来る。

 訓練兵や隊員から機体の状況報告を受け、無線に確認完了を告げた。


 だが、すぐに出撃許可が降りたが――無線は黙ったままだ。




『フォート・トータスよりブラック各機、実弾は装備しているか?』


「ブラック1、全機実弾装備済みだ」

 本日はフル装備での空戦機動からの、郊外での精密射撃訓練。

 だから、実弾装備で戦闘が行える状態にあった。



 間もなくして、基地とデータリンクが接続され、情報が更新される。

 すると、複数の部隊が既に出撃しているようだった。



 ――何が起きている?!


 データリンク情報が表示されているサブモニターで地図情報を確認すると、各部隊は哨戒飛行しているようには見えなかった。

 配置からすると、展開している部隊は警戒任務に就いているのは間違いない。



『――空港に不審な機体がアプローチしている。現在、スロウ隊とドレン隊が遠距離から監視中だ。貴隊には不審機体への対処を要請する――』


 データリンク越しに送られてきた映像には、大型輸送機のようなシルエットが映っていた。

 正対しているため、速度はわからない。



「ブラック1より各機、警戒シフトのまま不審機体に接近するぞ」


『『『――了解!』』』

 


 前方に駐機している人型兵器――ストライカーの〈オラクルⅡ〉が次々とスラスターを噴射し、地上から飛び立っていく。



「クルト、訓練機の〈オラクル〉よりスロットルワークがキツいぞ。ゆっくり回せ」


『――了解っス!』



 ブラック・ナイツ隊はAMU軍の最新鋭機である[ES-A3]〈オラクルⅡ〉を運用している。

 [ES-A2]〈オラクル〉の後継機であり、より高性能なストライカーだ。

 各種センサーユニットを内蔵し、大型化した頭部が特徴的である。

 実働部隊のみならず、アクロバットチームで採用されている事例もあり、意外と知られている機種だった。




 自分も操縦桿の上部にあるスロットル・ホイールを回し、スラスターの出力を上げた。

 自機が持ち上がり、膝下から重力が抜けていく感触を味わいながら上昇を続ける。


 各機が加速し、巡航飛行へ移行するのを見届けてから自機の推進方向を変更。

 基地から離れ、市街地の上空へと至る。


 高度を上げると、遠距離から不審機体の機影を捕捉することができた。

 そのシルエットは、普及している大型輸送機のように見える。

 距離があるため、所属を示すマークや社名等は確認できない。



 

「ブラック1、該当機を捕捉」


『フォート・トータスよりブラック1、不審機体を空港に近付けさせるな』


「――了解」



 空港は市街地からそれほど離れていない。

 本来なら警告射撃等で威嚇することもできるのだが、都市付近ではそれは難しい。

 撃墜するにしても、空港までかなり接近されてしまった。

 今から追い付いて攻撃すると、破片が直に市街地に降り注いでしまうことになるだろう。


 


「ブラック1より各機、進路を塞ぐように制止しろ。俺が許可するまで発砲は禁じる、いいな?」


『『『――了解!』』』


『不審機体への対処って、威嚇射撃からっすよネ? 手順違うくないです?』

『――もう少し状況を考えやがれ、市街地の上だろうが』

『あっ、なるほどッスね!!』


「……安全装置は解除しろ、トリガーに指を掛けとけ」


 全機が散開、5番機と6番機が不審機体へ直進。

 俺は高度を上げ、状況把握に集中する。

 

 今、部隊の半数が近接戦闘用の装備だ。カービンとバトルランス、もしくはソードを持っている。

 残りの半数は遠距離射撃用の110ミリのロングバレルライフル。射撃訓練用のために持たせているため、遠距離装備のパイロットは訓練兵だ。なるべく、彼らには撃たせたくない。



『ブラック5、不審機体に接近。一度パスする』


 データリンク越しに5番機から映像が送られてくる。

 サブモニターに映っている機影は、間違いなく大型輸送機だった。

 やはり、所属を示すようなものは見当たらない。


『ブラック6、これより不審機の進路妨害を開始――』


 6番機が輸送機の進路上へ移動、その場で滞空。

 しかし、輸送機が速度を落とす様子は無かった。


『――後退しますっ!』

 輸送機と距離を取る6番機、5番機は輸送機側面に追従していた。



『攻撃しますか?』

 5番機から送られてくる映像に変化があった。

 輸送機の主翼からフラップがせり出し、胴体から降着機ランディングギアが降りてくる。

 どうやら、空港に着陸するつもりらしい。



 コンソールを操作し、通信チャンネルを全周波数帯オープンチャンネルへ切り替える。

「こちらAMU軍、空港にアプローチ中の機体に告げる――」


 既に基地や対空監視部隊から警告を受けているはずだ。

 ここまで接近しても、輸送機のパイロットが怖じ気づかないのはおかしい。


「――今すぐ高度を上げ、進路変更せよ。着陸許可は出ていない」


 無線で警告するが、輸送機に反応は無い。

 5番機が輸送機のコクピットすぐそばへ接近し、なんとか機内の情報を得ようと奮闘していた。

 だが、コクピット内の状況は確認出来ない。


 

『――撃墜しましょう!』


『今からでは遅い』


 輸送機はそのまま高度を落とし、空港の滑走路へと降りていく。

 このままだと、我々が手を出すのは難しいだろう。




『フォート・トータスよりブラック1、方位110から接近する機体を捕捉。ドレン隊の援護に向かえ――』


 広域データリンク情報を確認すると、東の方向から接近する機影が表示されていた。

 今、展開している部隊はそれほど練度は高くない。

 有事の際は、訓練兵を含めたブラック隊機で対応するしかないだろう。


    

『ドレン2、接近する機影を捕捉。データリンクで共有する』


 友軍部隊の機体から光学センサーで捉えた映像が送られてきた。

 だが、サブモニターに映っている機影を見て、俺は背筋が凍る。

 

 手足が短く、角張ったシルエット。その大きな肩部に『USM』というマーキングが入っていた。

 それは国連軍やメニティ合衆国が運用しているストライカーⅢという量産機だ。

 どこにいても、どこに現れても、別におかしくない。


 しかし、ここは後方地。

 戦術、戦略上でも特に価値のない土地だ。

 そこに敵対勢力のマークが入った敵機が現れる――これは、ただごとではない。




『ドレン2よりフォート・トータス、指示を請う』


『トータスよりドレン、接近する機体とコンタクトを取れ。対象機はこちらの通信に応じない――』


 ――こちらもか……


 空港に接近する大型輸送機、都市部へ向かってくる敵対勢力のストライカー、これが偶然同じタイミングだとは思えない。

 輸送機も敵の仕掛けと見て、間違いないだろう。



「ブラック11、12、13は空港の輸送機を警戒、残りは俺に付いてこい!」


『――オレもやれますよ!』

『クルト、お前は精密射撃の点数がドンケツだろうが!』

『先輩方の援護はウチらに任せとけって』


『……ちぇ、僕も居残りかよ』


『お前らァッ! 無駄口は機体から降りてやりやがれッ』



 接近してくる機体群の方向に進路を変更し、加速。

 部下と訓練兵が付いているのを確認し、俺は深呼吸する。


 もうすぐ、ここは戦場になる――これは勘ではなく、確信だ。



 

「ブラック1より全機、射撃制限を解除する。何かあったら任意で撃て」


『『『『――了解!!』』』』


 間もなくして、メインモニターの光景に情報が追加。

 敵機を示すボックスアイコン、それに友軍を示すマークが表示された。



『当方はAMU軍だ、貴機は飛行禁止空域に接近している。ただちに――』

 友軍パイロットの音声が途切れ、空中で閃光が瞬く。

 遅れてやってきた爆発音をセンサーが拾う。



『――ドレン2が撃墜されたぞ!』


 友軍パイロットの報告が無線に流れた。それと同時に、鉛色の空に火線が走る。

 こちらに向かってくる機影――合衆国軍USMのマークがあるS3が武器を発砲していた。


 ――どういうつもりだ!?



 我々は敵対している組織に属している軍人だ。

 だから、戦闘に巻き込まれるのも仕事の内だと言ってもいい。

 しかし、民間人はそうではない。


 住居区画コロニーを巻き込むような攻撃はするべきではないし、するにしても民間人が被害に遭わないスマートな方法を選ぶべきだ。

 このような作戦を実施するほど、合衆国軍や国連軍は堕落していないと思いたい。







 

「――交戦を開始する!」

 

 相手がどんな素性であれ、攻撃は始まっている。

 できることは、なるべく早く敵を落とすことだけだ――




『――状況はどうなっている!?』

「戦闘状況だ! すぐに支援要請を出せ!」


 敵の規模は不明、もしかしたら増援も出てくるかもしれない。

 安全を確保するにも基地にいる戦力だけでは足りない。要請を出したところで、すぐに駆けつけられる部隊がどれだけいるだろうか。


 

 操縦桿のスロットル・ホイールを回し、スラスターの出力を上げて加速。

 敵味方が入り乱れる中へ割り込むように進路を向けた。


「友軍部隊は旧式機だ。俺達が敵機とやりあって、味方を助けてやれ!」


『『『了解!』』』


 俺の機体のすぐ横を、部下が追い抜いていく。

 同時に手に持たせているカービンやライフルを発砲、敵機の気を引こうとする。



「ブラック1より友軍部隊へ、敵機への対処はこちらに任せてくれ。街と基地の防衛を頼む!」


 応答が耳に届くより先に、部下が追い立てている敵機へ接近。

 短く切り返すように動きながら、敵機は地上へと降下している。このままでは、市街地上空まで接近されてしまうかもしれない。



 ――そうはさせるか!


 

 部下が追い立てている敵機に狙いを定め、スロットルを最大まで回す。

 最高出力による加速で敵機に接近、部下が正面から撃ち合ってくれているおかげでその背後へ回り込んだ。


 反応速度、立ち回り、反撃のタイミング――敵機の動きは悪くなかった。

 並みのストライカーパイロットにしては、不利な状況に慣れているように見える。

 だが、ではAMU軍の特殊部隊カラード・ユニットからは逃れることはできない。



 

 国連、合衆国ステイツのパイロットに共通する癖がある。

 それは、敵の攻撃に対してということだ。

 

 AMU軍系列以外のストライカーは基本的に軽量で小柄、装甲が薄い代わりに高い機動性を得ていた。

 それ故に、少ないスラスターで簡単に姿勢制御が行えて、大きく機動を逸らすこともできる。 



 ――だから、こっちにも勝ち目があるんだ!



 理想とも言えるタイミングと間隔で射撃を行う訓練兵。俺が育て、扱いたパイロットだからこそ――――俺が合わせるまでもなく、高度な連携を組める。


 部下ブラック2訓練兵ブラック8が十字砲火で敵機の動きを制限、逃がされていることを知らない敵機は、俺の予想通りの方向へ切り返すように回避機動を取った。

 激しいスラスターの噴射炎、その明滅に合わせて、トリガーを引く。


 俺の〈オラクルⅡ〉の右手に抱えているカービン、それに装填されている30ミリ高速徹甲弾が敵機を砕いた。

 肩と腰のスラスターユニットが爆発、空中姿勢を保てなくてふらふらと飛ぶ敵機を訓練兵ブラック8の射撃が射抜く――大破。




『良い感じだ、キオ。その調子でいけ』

『――大尉のおかげです!』 

『大佐にも礼を言っとけ、本来ならお前が当てなきゃいけなかった場面だぞ』


「気にするな、俺が勝手に手を出しただけだ」


 ブラック隊機は上手く敵機を追い立てている。街から敵機を遠ざけられているのは間違いなかった。




『フォート・トータスより各機、さらに敵機の増援だ――』


『なんだって!? どこから……』

『――複数の方向からストライカー、航空機、レーダーにたくさん映っている!』


 ――そう簡単に終わらせてくれないか。


 そこまで戦力を割いて、この片田舎を攻撃する理由を想像できない。

 戦略上の利点も無ければ、後方地で資源もあるわけでもない。ここを占領したところで何も得られるはずだないのだ。



 他の場所に無くて、ここにあるモノ――

 だが、それを潰すために、国連や合衆国ステイツがムキになるのか!?





『――アダ隊長ぉっ!! ヤバいッス!』


 今度は訓練兵からの通信だ。

 即座にデータリンクで映像を共有してくる。その判断と情報共有の重要性を認識していることを褒めてやりたかったが、その余裕は無かった。


 クルトブラック13が共有してきたのは、燃え盛る空港の様子だ。

 先ほど空港に強行着陸した大型輸送機、その中から戦車や機動兵器が出てくるのが見える。

 そして、周囲に火器を振り回し、攻撃を始めていた。




「ブラック1よりフォート・トータス、空港に敵が出現した。至急対応を求む――」


 ここにあるのは民間空港。

 軍に所属する機体が一切利用しない空港であることは、調べればすぐにわかることのはずだ。

 しかし、敵にとっては関係無いらしい……



『フォート・トータスより各隊に告ぐ、AMU機動打撃軍が応援に駆けつけてくれるらしい。先行部隊のカラードユニットが到着するまで、持ちこたえてくれ』



 ――それは、良いニュースだ。


 敵の規模はわからないが、同僚カラードが来てくれるのなら百人力だ。

 持ちこたえるにしても、敵側の目標や指針がわからない。民間人を巻き込むつもりなのは疑いようもないが、無差別攻撃を仕掛けに来たようにも見えない。




「聞いたな? ブラック各機は相互に連携。友軍部隊を支援しつつ、敵を排除しろ」


『『『了解!』』』


 部下達の返事を聞きつつ、戦況を確認。

 敵はあらゆる方位、高度から接近してくる。空港には敵がいて、基地や市街地に戦力を回してくるだろう。

 街、基地、それらを守りながら空港の敵を制圧するには、こちらの戦力が少なすぎる。やれるとしても、空港内に敵を足止めするくらいだ。

 

「ブラック11、12、13は空港から退避、俺の所に来い。4と5は空港から出てくる敵を攻撃しろ、あくまで時間稼ぎだ。無茶はするな」


『『『――了解!』』』『――了解っす!』


 

 部下達が散開。それぞれの分隊エレメントを組み、各個で敵との交戦を始めた。

 そして、敵機の反応が街を包囲していく。


 俺も戦闘に参加し、敵の侵攻を食い止めようとしたが、頭数で圧倒的に負けている。

 部下や訓練兵が落とされ、市街地上空に敵の侵入を許してしまった。


 撃墜した敵機や流れ弾が地上に降り注ぐ。

 執拗な敵機の攻撃、追撃、それを躱しながら、味方が来るまで耐え続ける。

 もう何機撃墜したかも覚えていない。


 

 気付けば、古い街並みは瓦礫の山に変わっていた。

 

 通信に応じる友軍機や部下はほとんどいない。

 それを、哀しいと感じることはできる。


 だが、ストライカーの操縦を行っている自分と、街を守れなかったことを悔やんでいる自分は、完全に剥離していた。

 頭の中で2つのことを処理し、ただただ感情は流されていく。



 敵機の射撃に反応し、回避機動。それをしながら反撃――撃破。

 次の敵機が頭上から射撃してくる。最初に見えた曳光弾のおかげで、当たりはしない。



 ――クソ、俺は何をやってるんだ……!


 部下や、自分が育てた訓練兵すら守れなかった。

 それでも、俺は死ぬわけにはいかない――


 センサーが敵機の反応を拾う。複数の方向から敵機に狙われていた。

 本来なら不利な状況だ。

 しかし、今となっては――もう、守るモノも存在しない。


 ――俺1人なら、生き残れる。


 部下達に回していた意識を、空間把握に注ぐ。

 センサー情報が表示されたサブモニターを見なくとも、敵機の動きを予測できる。

 彼らのは覚えた。

 


 視界外からの攻撃を避けつつ、目の前の敵に狙いを定める。

 トリガーを引いて、フットペダルを踏み、親指でスロットル・ホイールを回す。

 俺はただの機械、ストライカーを兵器として運用するためだけのパーツ。


 

 ――いつまで戦えばいい?


 サブモニターで戦況を確認すると、友軍の反応は無かった。

 あらゆる方向から敵機がやってくる。


 それも当然だ。

 敵の狙いは、おそらく……俺達ブラック・ナイツだ。


 守りの薄い後方地、そこにエース部隊が控えていたら――叩かない理由はない。

 合衆国や国連は、戦争を始めるつもりだ。

 そして、勝つために策を講じている。それがこの攻撃だ。



 戦い続けても、失われたものを取り戻すことはできない。

 しかし、このまま死んで、彼らの目標を達成させるのも癪だ。最後まで抗ってやる。



 決意を固めた矢先、頭上から光弾が降り注ぐ。

 間髪入れずに誘導弾――ミサイルが敵機に向かって飛んでいく――




『――待たせたな、ブラック1』

 聞き覚えのある声に、俺は思わず安堵してしまった。

 

 駆けつけてくれた味方が次々と敵を落としていく。

 俺が手を出すよりも早く、敵機が撃破される。

 

 

 戦闘は収束に向かっていた。

 先行してきた部隊が敵を蹴散らし、遅れてやってきた本隊が完全に状況を掌握。

 友軍機が空を埋め尽くし、小型航空機が低空を飛び交う。

 

 ようやく、俺は状況を認識できるようになった。

 データリンク上で連携しているのは駆けつけてくれた友軍だけ、同じ基地の部隊や部下の機体との連携は切断されている。


 

 ――みんな、死んじまったのか……?


 市街地……上空は味方が制圧していた。

 あの古めかしい石畳や煉瓦で作られた風景は、どこに消えてしまったというのだろう。

 ストライカーに乗って、別の場所に飛んできた。そう思い込みたい。


 だが、これは現実だ。




 ――そうだ、マリア……!


 今日は妻の出産予定日、まだ病院にいるはずだ――


 

 機体を旋回させて、周囲を見回すが、記憶の中にある病院らしき建造物が見当たらない。

 わずかに残った道路や地形から、元の街の様子を思い出しつつ、病院のあった場所を探す。

 低空にいる小型機に注意しながら、低速で移動。


 そして、街の小さな病院がある場所へ辿り着く。

 4階建ての総合病院、そこには見覚えのある機体が横たわっている。その機体が建物を――病院を倒壊させてしまっていた。

 病院に落ちたのは、ブラック隊の13番機。訓練兵で最も若い者が乗っていた機体だ。


 

 俺は何もかもを失った。

 数年掛けて育てた部下を、もうすぐ一人前になる新米を、一生添い遂げると約束した妻を、新しい命を――


 

 なぜ、敵機が攻撃してきたかはわからない。

 それでも、こんな俺でもわかることはある。


 間もなく、大きな戦いが――戦争が始まる。

 俺から何もかもを奪ったヤツらを、根絶やしにしてやる。

 

 俺には――それができる。

 



 哀しみや怒りを感じることはできる。

 でも、パイロットは感情に左右されてはいけない。どんな状況でも、同じ反応、同じアクションをできなければならない。

 

 俺は、パイロットだ。

 軍を――司令部を、信じて戦ってきた。

 ここに派遣されて、また戦う理由ができた。


 だから、俺は再び戦う。

 

 俺に戦えと命じる者がいて、戦いを望む者がいる。

 たったそれだけのシンプルな構造。

 そこに部外者を巻き込むという禁忌タブーを破った者達に正義などありはしない――――だからこそ、ヤツらに勝たせるわけにはいかないのだ。



 本隊に復帰するように命令を受け、俺は救援に駆けつけてくれた友軍と共に艦隊に向かう。

 

 AMU軍特殊作戦グループ「カラード」。

 その中の1つ、黒を称する部隊を任されていた。

 

 俺の仕事は単純明快。

 敵をひたすら落とし、敵軍の士気を崩して、味方を鼓舞する。

 より強く、より速く、より残忍に――



 もう教官の仕事は終わりだ。

 明日からは、死神の親玉に戻る。


 正義のために人殺しをするつもりはない。

 だが、組織とは正義を成すためにあるものだ。非道の限りを尽くすような組織――軍をのさばらせておくわけにはいかない。

 

 

 正義のためではなく、敵の悪意を挫くため。

 いくらでも――敵を、殺してやる。

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