第3章:迫る悪意 6
大規模演習中の襲撃、それから12時間が経過した。
ヒカリは疲労困憊になったのか、個室から出てこない。
一方、ユーリ軍曹はいつも通りに報告書を仕上げ、疲労を感じさせない振舞いのまま、格納庫へ去った。
私は——疲れ切っていた。
国連軍将校からは賛美の嵐だ。
ルクスやブリザード—―『スレイプニール・アームズ社』部隊の働きによって、艦隊は救われたと豪語している。
実質、それは間違いだ。
ほとんどは私とユーリ軍曹、艦隊司令官の命令を待たずにストライカーを発進させた母艦の艦長の功績である。
今回の大失態は、ルクスを出撃させてしまったことだ。
レールガンやBIDといった強力な武装をお披露目してしまった。
これで、我々はより難易度の高い任務を斡旋――もしくは、そうした戦場に派遣されることになるだろう。
もちろん、それだけではない。
ヒカリが敵機から抽出したデータ、ストライカーパイロットのパーソナルデータと作戦情報、それは国連軍上層部内で大きな波紋を呼んだ。
敵のコールサインは「グリーン」。
AMU軍では、正式に認定された特殊部隊を『
通称、カラードユニット。
AMU勢力圏で様々な任務に就くエリートパイロット部隊、その1つが正式な任務として国連軍艦隊を襲撃。おまけに演習後のタイミングを狙うという周到さだ。
これによって、国連軍はAMU勢力圏へ進出する正当な理由を得たことになる。
また、これに
――これで、開戦は間違いないわね。
ますます、任務は激化していくだろう。
我々がどこまで戦えるのか、どこまで真っ当な任務が続けられるのか、見当もつかない。
おまけに、ルクスから吸い出したデータで新たな問題が発覚した。
ヒカリは未だに、敵パイロットを殺せないということだ。
さらに、敵パイロットと直接交信さえしている。そんな彼女をこれからも実戦で運用しなければならない。
ユーリ軍曹の訓練が悪いわけではない。
少なくとも、これまでは命令に従わなかったのだ。今は辛うじて指示に従ってくれる。それだけでも前進したには違いない。
やはり、今後もルクスにユーリ軍曹も搭乗してもらう必要がありそうだった。
ヒカリのパイロットとしてのスキルは悪くない。
状況判断や周囲の空間認識、耐G能力はとても高い。普通のパイロットが何年も訓練して習得するものを、システムの恩恵で簡単に習得している。
だからこそ、彼女は——自分が特別だと自覚してしまうのだろう。
そうでなければ、交戦している敵を殺さずに——命を救おうなどと、考えもしないはずだ。
艦長席で端末を操作し、届いた命令書を開封。
その作戦内容に目を通していると、遠距離通信が繋がった。
クルーに端末に繋ぐように指示し、ヘッドセットを着用する。
端末の画面に映ったのは、我らが司令官〈ジョナサン・ブラウン〉少将。
数刻前に電子メールでやりとりしたばかりだった。
その表情は険しい。
『――君が調査してほしいと言ってた件、ある程度まとまったから報告しようと思ってね』
「でしたら、翌朝にしてほしかったですね。深夜に音声通話は下請けに対してハラスメントですよ」
『――だったら、君も陰謀論をメールに書きなぐるのはやめたまえ』
私が少将に依頼したのは、AMUの動向調査だった。
少将の管理するセクションの中には情報部――諜報活動を行うものもあった。
事実、私たちの任務の中にはそうした活動を支援する場合もある。
『君の指摘する点はごもっともだ。いくら対立関係にあったとしても、いきなりカラードユニットを出撃させて国連軍艦隊を海に沈めようとするのは、些か急ぎ過ぎだ』
作戦行動には目的と手順がある。
我々のように治安維持や防衛を主眼とする国連軍は、基本的に受け手側だ。
だが、敵が判明しているなら、攻撃されるまえに叩くことができる。
そうすることで、敵の攻撃を未然に防ぐ――
しかし、この艦隊襲撃には『目的』が見えない。
逆に、艦隊を襲撃すること自体が『目的』ならば、戦力が少なすぎる。
空中戦艦や母艦といった、艦隊で押し掛けてきた方が現実味がある。
ここで問題なのが、カラードユニットだったことだ。
AMU軍の中でカラードユニットはいくつも存在するが、そのほとんどが独自の裁量が与えられていることが多い。
つまり、私たちのような遊撃部隊である——ということだ。
『少し調べものをしてみたんだ、すると面白いものが見つかってね』
少将はそう言うと、画面に新しいウィンドウを共有してきた。
それは何かの写真、WEB上のニュース記事だった。
『数か月前、AMUのコロニーの1つで大規模な戦闘があったんだ。そこで
撮影されたもの——一般には出回ってないヤツだよ』
共有された写真、それには古風な街並みが映っている。
だが、その街は明らかに攻撃を受けている最中だった。建造物に大穴が空き、炎上し、ストライカーが病院らしき建造物に墜落している。
その画像に目を凝らすと、見覚えのある機体が映っていた。
「……ストライカーⅢ、しかもUSAFの—―」
病院に墜落していたのはAMUの最新鋭機である『オラクルⅡ』だったが、すぐ近くには[AIS-S3]〈ストライカーⅢ〉の残骸が転がっていた。
おまけに、その肩部には——私にとって馴染み深い、
『空軍に問い合わせているが、黙秘を続けている。もしかしたら、彼らにとっては……報復だったのかもしれないな』
――そんな馬鹿な。
ニュース記事を読み込んでみると、AMUの中でも軍事境界線から遠い場所にあるコロニーで、その都市を狙った攻撃であったことが綴られていた。
民間人の死傷者が多数、USAF機が一般家屋や逃げ惑う市民に向けて攻撃したという記述さえある。
そんな攻撃を、作戦を……空軍が実施するはずがない。
爆撃や攻撃の巻き添えになる——それは起こり得るかもしれない。
だが、ここに書かれていることが事実だとはとても思えなかった。
『現地調査の結果、この戦闘は事実だ。USAF機は徹底的に破壊されていて、レコーダーは回収できなかった。残骸から所属部隊を解析したかったが、現地軍の取り締まりが厳しくてね……現状、あのS3がどこの機体かは一切わかっていない』
諜報部隊を動かしたが、収穫は無かったらしい。
少なくともAMU側には理由があるということになるが、だからといって宣戦布告無しに報復攻撃を実施してもいいわけではない。
国連軍は国家ではない、それでも国家と同レベルの決定権や戦力を保有している。そんな巨大な武装組織と全面戦争になるということは、ただ戦火が拡大するというだけには留まらない。
国連軍は治安維持だけでなく、所属陣営関係無くインフラ支援を行っている。紛争地帯や戦災国、そうした困窮した国や地域で様々な支援活動を実施してきた。
それは敵対しているAMUに属している国や
しかし、その支援活動の優先度は低い。
戦闘状況――つまり、戦争が始まってしまうとそれらの支援は打ち切られ、ほぼ全ての部隊が戦闘配置となる。
つまり、国連軍に喧嘩を売るということは、様々な国や地域で苦しんでいる人々を地獄へ突き落すようなものだ。
AMU所属国でも国連軍の支援を受けている場所がある。戦時下で連携できるかは知らないが、AMUは同盟国内で温度差が出来てしまうだろう。
「——ということは、開戦は避けられないと?」
『そうだな、間違いなく世界大戦は起きる。合衆国大統領が必死に交渉を続けているが、AMU主要国家は沈黙したまま。おまけに周辺国や地域との揉め事も抱えている。爆発寸前の爆弾はいくらでもあった、どれが爆発してもおかしくなかったんだ』
それ故に、周辺地域とは軋轢が生じていた。
大陸を分断した「大陸戦争」、その後ずっと続いた紛争の後にメニティという国家は大陸から敵対国家の残党を掃討した。
紛争には数多くの国や組織、傭兵が関与し、人々の記憶に残り続けることになる。
だからこそ、大陸全土を支配した合衆国を好ましく思わないのも当然だ。
『備えるしかない、開戦を免れたとしても大きな戦闘が起きるのは避けられないんだ』
少なくとも、1つのコロニーが合衆国の部隊によって壊滅的打撃を受けた。
その事実を覆す方法は、おそらく無いだろう。
どうあっても、戦うしかないのなら——犠牲が少ない内に終わらせられるようにするしかないのだ。
どれだけ血を流さずに済むか、それを計算するのは我々ではない。
もちろん、国連軍でもない。
「それで、次の作戦は……どういうことなんですか? また火種を作りに行けとでも?」
次の任務は極東、中立を公言してはいるがどちらかと言うとAMU側の勢力圏だ。
イースト・エリア、「大陸戦争」に巻き込まれた島国。
その周辺海域にある洋上プラントを攻撃するという任務内容だった。
『眠れる獅子を起こすつもりは無い。ただ、近場に眠りを妨げようとしているネズミがいるのは事実だ。我々はそのネズミを駆除して、関係を取り持つべきだと考えている——』
「それは部外者がやるべきことじゃないはずです。彼らには空軍がいて、ストライカーより強力な装備がある。私たちが手を出すまでもないかと」
事実、極東では未だに旧世代の兵器が運用されている。
ストライカーが登場するまで戦場を支配していた、航空機動兵器――
コストの高騰によって、今では極東でしか運用されていない。
しかし、それは淘汰されたわけではなかった。
ストライカーが様々な武装組織にとって、都合が良かったに過ぎない。
結果的に戦力差が戦局を左右するという、戦闘の単純化――ただの殴り合いレベルまで落ちるという事態が起きてしまった。
現状、ストライカーパイロットにとって、極東の空を飛ぶことは死刑宣告とほとんど同じ。
極東の空を守る翼―—
圧倒的な性能差と技量差に、大概のストライカーパイロットは対処することすらできない。
先の襲撃で、ルクスの性能を目の当たりにした将校の誰かが、このバカげた作戦に関与した可能性があった。
そうでなければ、強襲母艦と部隊規模にもならないストライカーだけで極東の防空圏内の外れで攻勢任務など考えもしないだろう。
『それを決めるのは、君でも、我々でもない。これによって、国連軍の艦隊がイースト・エリアを監視するための足掛かりができるというのも、また事実なんだ』
作戦立案や命令は少将の権限で発せられたものではない。
それは理解しているが——それに異を唱えることもしない少将に、私は苛立ってしまう。
だが、私はあくまで部下だ。
私の役割は部隊を運用し、任務を達成させること——
『――厳しい状況ではあるが、君たちなら打破できると信じている』
言うだけなら簡単だ。
これまでのテロリストとの戦闘とは根本から異なる。
標的はもちろん、テロリスト—―それに準じた武装集団だ。
しかし、場合によっては
それに対処するのは、最新鋭機――世界に唯一の新世代機であるルクスだ。
レイダーはストライカーよりもずっと高性能だ。
それに合わせて、パイロットもより高度な訓練を受けている。
ストライカー同士の戦闘より、かなり不利な戦闘を強いられることになるはずだ。
――それでも、ユーリ軍曹なら……
対レイダー戦のシミュレートは、空軍時代に何度かやった。
ストライカーだけでの戦闘は避け、戦闘艦の近距離支援を受けながら戦うことを徹底しなければ勝ち目がない——そんな相手でも、彼はやってのけるのではないか。そんな勝手な期待を抱いてしまう。
そうでもしないと、私は作戦を放棄するしかない。
失敗の可能性があまりにも大きいことに対処できないまま、部下や装備を失うことを許すわけにはいかない
だが、あくまで国連軍の配下でしかない
作戦を放棄し、国連軍の指揮から外れるようなことをすれば、私は解任されて別の誰かが部隊を引き継ぐだろう。
そうなってしまえば、ルクスとヒカリの安全は保障されない。それどころか、より凶悪な兵器として運用される可能性もある。
それを少将は許さないだろう。
だからこそ、私はこの部隊を任され、ルクスとヒカリという爆弾を抱えている。
――なんとか、ね。
戦場で不可能を変えてきたのは、将校でも司令官でもない。
奇跡を起こすのは、常に現場の人間だ。
ユーリ軍曹はそれができる人材だと、私は思っている。
極東での任務に対してできることは、彼を信じる他無い。
私にできることは少ない。
それでも、何かしようと——より良い選択肢を模索してしまうのは、空軍時代から続けてきたことだ。
誰かに託すこと——それが、私のやるべきことだった。
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