第3章:迫る悪意 5
何か起きた時のために、わたしはルクスに乗り込んでいた。
前回の出撃以降、スクランブル発進に備えて、全ての武装が完全な状態を保たれることになっていた。
そして、艦内が慌ただしくなって、非常事態だとわかった。
わたしはルクスを使って、データリンクに割り込みを掛ける。
すると、国連軍艦隊の通信は寸断されていて、エックスレイ――ミランダさんとユーリ軍曹が非武装のままで敵機を食い止めていることが断片的な情報から推測できた。
このままでは、艦隊や2人が犠牲になってしまう。
それを止めるには、武装したストライカーを出撃させる必要があるはずだ。
――ルクスなら、行ける!
今さっき出撃許可を貰い、ミランダさんから要請された通りに実弾を装填したカービンを用意してもらっている。
それで戦うつもりなのだろう。
ルクスなら状況を変えられるが、戦闘が収束するまで身を守る武器が必要なはずだ。
『カービンの装填が完了したぞ!』
足下にいる整備士の報告、それを聞くのと同時にシステムを稼働。機体の姿勢制御をマニュアル――思考同調操作に切り替える。
「ハッチを開けてください!」
『――ブリザードは旋回中です。カタパルトを使わず、自由落下で発進してください』
艦隊の脅威を取り除くためには、カタパルトで遠くに飛んでいく必要はない。
ルクスの性能なら、自由落下からすぐに回復することができる。ユーリ軍曹のOSが無くても余裕だったが、より柔軟な機動が出来るようになった。
機体を屈ませ、格納庫の床に置かれた2つのカーピンを両手で保持。
システムにリンクさせず、ただグリップを握るだけの状態を保つ。
シミュレーター内でマニピュレーターを使った精密作業や回収作業を何度か体験しているから、不安は感じない。
目の前にあるハッチが解放され、外界が見えた。
そこからは2つの青が広がっていた。空の蒼、海の碧、そこに幾重にも繰り出される弾幕と飛び交うミサイルスモーク、毎度お馴染みである戦場の様相。
UNBCブリザードの索敵情報では、周囲に敵機はいない。
出るなら今しかないだろう。
――本当に、大丈夫なの……?
戦闘状況からの発進は経験が無い。
シミュレーターでさえ、そんなシチュエーションは用意されていなかった。
敵味方の距離が近く、自分達の母艦は対空戦闘を継続している。
そんな状況下での発進は自殺行為に等しい――――が、出撃しない理由にはならない。
いつもなら、取るべき行動がすぐに思いつくのだが……
『……エックスレイ1、周囲はクリアです!』
今、出なければ、護衛目標の旗艦に密接した状態になってしまうだろう。
そうなってしまえば、敵機により狙われやすい状況下での発進となる。だったら、今出た方が良いに決まっている。
「――い、いきますっ!」
機体を前進させ、ハッチの外へ向かう。
そして、外に出た瞬間、機体はそのまま落下。スロットル・ホイールを回し、スラスターを噴射。即座に加速する。
敵機はユーリ軍曹とミランダさんが引きつけてくれているおかげで、すぐ近くに敵機はいなかった。
即座に急上昇し、空域を見渡す。
通信で聞いていた通り、敵機はAMU正規軍で使われている機種だった。
その動きは連携や役割分断が明確で、高度に訓練された部隊の印象を受ける。
――本当に正規軍同士の戦闘なの……?
シミュレーター上でなら[オラクル]との戦闘経験がある。USAFや国連で採用しているストライカーとは違い、地上戦と空中戦の双方に対応できる。その柔軟性のまま、高推力のロケットブースタとスラスターによる高機動戦闘を仕掛けてくる。
特にロケットブースタによる加速が脅威だ。
装備している敵機はいないようだが、近接格闘用のスピアやソードといった武装はルクスのレーザーブレードほどではないにしても、普通のストライカーにとっては致命的な損害を受ける可能性がある
なるべく、味方の対空砲火の少ないエリアを探す。
空中での武装交換はかなり難しい。わたしはまだ実機で編隊飛行をしたこともない。
そんな状態で、静止もしくはかなり密接した編隊飛行でカービンを渡さなければならないのだ。
――わたしに、できるのかな……?
ルクスは高性能な機体だ。単機での戦闘なら、負ける要素が無い。
しかし、戦闘以外となれば話は変わってくる。
ただでさえ、高性能な機体だ。一般部隊に普及している量産機と横に並んで飛ぶのはこの機体にとって、最低速度以下の
だが、ユーリ軍曹のOSなら、その下限速度より遅くでも高度を保っていられる。
『――ヒカリ、見えるか?』
突如、ユーリ軍曹からの通信が入る。
ノイズ混じりだったが、ルクスのシステムがデータリンクに介入し、通信強度を保つ。
周辺は激しい対空砲火、対空レーザーが展開していた。
それをすり抜けるようにして空中戦闘艦に接近する敵機、それを追う2つの青白い光――
その内の1つ、グレー色の機体がその渦中から抜け出した。
『――そのままカービンを落とせ、こっちで回収する』
「手渡しした方が確実です!」
『そんな暇は無い、後ろに敵機が付いてる。自力で対処するから合図をしたらカービンを投棄してくれ』
ユーリ軍曹のS3が激しい切り返しをしながら、こちらに向かっている。
S3の後方には2機の敵機が追従していた。
「わたしが敵機を――」
『レールガンとBIDは温存しろ、20ミリかミサイルで仕留めるんだ』
――しとめる……!
間もなくして、ユーリ軍曹を追う2機に機影にロックオンマーカーが重なった。
トリガーを引く寸前、脳裏に閃きが走る。
――相手はもしかしたら、正規軍じゃないかもしれない?!
敵機の機種が正規軍で使われている機体という情報のせいで、友軍は混乱している。
もし相手が正規軍のパイロットなら、対話に応じるはずだ――
火器管制を停止させ、基幹システムを拡張。通信機能に指向性を持たせ、データリンク機能に演算装置のリソースを割く。
間もなくして、P・Hシステムの拡張機能が使えるようになった。
即座にユーリ軍曹を追っている機体を補足、それと同時にハッキングを開始――
――これなら、敵機のパイロットと通信ができる。
すぐに敵機と擬似的なデータリンクが確立された。
敵機側の情報がルクスに共有される。
「聞こえますか、ストライカーのパイロット。わたしは――」
『――大尉、敵機からのジャミングです! 回線に割り込まれていますッ!』
『グリーン5、それはただの混線だ。任務に集中しろ』
「お願いです、攻撃を中止してください!」
『――――邪魔をするなッ!!』
敵機がこちらに武器を向けて、発射。
マシンガンの短い連射、それを避けるのは難しくない。
少しだけ機体を上昇させ、射撃を回避。
「……グリーン5、イノリー中尉、戦闘行動を今すぐに中止してください。このままでは戦争が――」
『――黙れ、と言っているっ!』
軍曹を追い回していた2機の片方がこちらに向かってくる。
拡張機能を停止、火器管制を呼び戻す。
『――ヒカリ、何やってるの!?』
「敵機のパイロットと通信を試みて――」
拡張機能を使用中でも、UNBCブリザードや軍曹とミランダさんとはデータリンクで繋がったままだったらしい。
つまり、敵機から抽出したデータはブリザード側で確認できる状態にあった。
『……中佐、敵はカラードユニットです』
『――レオナルド、それって……これはAMUの特殊作戦だって言うの!?』
――カラードユニット……?
聞き覚えのない単語に、クルーやミランダさんは「何か」を確信したらしい。
それを聞こうとした矢先、アラームが鳴り出す。
センサーが敵機からの照準波を感知し、警戒を促してくる。
間髪入れずに敵機がミサイルを発射してきた。
光学センサーがミサイルを認識、形状からミサイルそのものを識別。
――これって……!!
識別結果は――
本来なら、旧式の航空機や地上の発射機が使うものだ。
赤外線誘導方式。搭載レーダーや機体とのデータリンク情報ではなく、ミサイル本体のセンサーが標的を追い続ける。さらにストライカーと同等の機動性がある。
発射されると、ミサイルの推進剤が切れるか、迎撃されるまで、標的に食らいつこうとするものだ。
シミュレーターでも発射後の回避は難しい。
ルクスの機動性を最大限に活用すれば出来なくはないが、回避機動を先読みされて攻撃される可能性もある。安全策として、高速で巡航して距離を取る方法もあるが、それではユーリ軍曹にカービンを渡すことはできない――
両腕の機関砲でミサイルを迎撃しようとするが、マニピュレーターで保持しているカービンが干渉して照準がブレてしまう。
マイクロミサイルで迎撃してもいいが、誘導が効かなかったミサイルがユーリ軍曹の機体に向かっていくかもしれない。
――このままじゃ、どうにもできない……!
『――カービンを投棄しろ、こっちで勝手に拾うッ!!』
「――は、はいっ!」
ユーリ軍曹の指示に従い、右手のマニピュレーターで保持していたカービンを手放す。
急上昇し、右腕の機関砲で弾幕を張るようにしてミサイルに向けて連射――命中、迎撃成功。
敵に頭上を取られないように高度を取りつつ、敵機との交戦に備える。
わたしが投棄したカービン目掛けて、軍曹のS3が加速したのが見えた。
昼間でもはっきり見えるほどのスラスター炎を噴き出している。
『ヒカリ、後方の敵機を……やれ――』
Gに耐えながらも、ユーリ軍曹が通信してきた。
その言葉に反応するように、軍曹に追従している敵機へ照準を向ける。
兵装を選択――レールガンをアクティブ。
狙撃用照準を敵機に重ねる。敵機の機動予測表示に合わせて狙いを調整、トリガーに指を掛け、発射準備を完了。
捕捉した敵機を拡大したウィンドウ表示、そこに厳ついシルエットの『オラクル』がいる。ユーリ軍曹を撃とうとして、銃身の長い火器を持った右腕が小刻みに動いていた。
照準は機体の胴体に重なっている。
やや上方からの角度、この位置から撃てば——確実に敵機を撃破できるはずだ。
人差し指に力を入れ、トリガーを引こうとした瞬間。
脳裏に、命中後のイメージが閃く――
トリガーを引いて発射される88ミリ高速徹甲弾は、いとも簡単に敵機を粉砕するだろう。
その胴体に撃ち込めば、パイロットは脱出する暇もない。
——それは、ただの人殺しだ。
彼らは正規軍人なのだろう。あくまで命令され、戦っている。
そんな人たちを、何も身構えさせることなく殺すのは——ただの殺戮ではないだろうか。
照準をずらし、機体の下半身を狙う。
そして、トリガーを引き切った。
視界を閃光が瞬く。それとほとんど同時に、狙っていた敵機の左脚が吹き飛んだ。
被弾の衝撃と、片足を失ってバランスを崩したせいで、敵機は歪な回転を始める。コントロールを失った機体は、戦闘不能と同じだ。
コクピットは無傷、パイロットは死んでない——
間もなくして、すぐ近くで爆発が起きた。
ユーリ軍曹によって、わたしを攻撃しようとしていた敵機が撃墜されたのだ。
『中佐の分も持っていく、落としてくれ』
「了解です」
マニピュレーターを操作し、左手で保持しているカービンを手放す。
すると、先ほどと同じく、ユーリ軍曹は落ちていくカービンを空中で回収。
そのまま、激しい対空砲火が展開されている艦隊中央へと飛んで行ってしまった。
軍曹が向かった先では、激しい戦闘が繰り広げられている。
わたしもそこに向かうべきだろう。
『――エックスレイ1、あなたはそこからBIDで敵機を撃墜しなさい』
無線から聞こえてきたのは、ミランダさんの声。
「で、でも……」
『――接近戦は軍曹と私がやるわ、あなたは対空砲火で足止めされてる敵機を落としてちょうだい』
これは命令だ。
ルクスの搭載武装は近距離から中距離用の武装として、機関砲やマイクロミサイルにレーザーブレードを装備している。
これは単機では強力だが、周辺を巻き込んでしまう可能性が高い。
事実、護衛任務では思うように近距離戦闘が出来なかった。
ならば――レールガンやBIDによる
この位置からレールガンで狙撃すると、艦隊の横腹を撃つ形になる。
BIDなら、様々な角度から敵機を狙い撃てるし、誤射しても大きなダメージにはならない。
『――エックスレイ1、データリンクにハイライトした敵機を落としなさい』
ミランダさんからの通信と同時に、視界にいくつかの敵機を示すアイコンが表示され、
攻撃が可能な距離まで接近し、わたしはBIDを解き放つ。
最大望遠で攻撃指示された敵機を捕捉、その動きと周辺の味方との位置関係を確認。攻撃機の位置や角度をイメージし、集中――
――お願い、当たって!
間もなくして、BIDが攻撃を開始。
指示された敵機は黒煙を上げ、後退を始める。
だが、味方の艦や機体から放たれた火線が、その敵機を射貫く。
そして、それが数回続いた後――敵機の反応は無くなった。
『――状況は終了、敵機らしき反応はありません』
オペレーターが告げる。
それと同時に、無線機越しに歓声が上がった。
その歓喜の声は、友軍の艦からだった。次々と感謝の言葉が無線に流れ、後から発進した友軍のストライカーがこちらに向かってくる。
わたしは、やるべきことをやった。
それなのに——救える人たちを、救うことはできなかった。
敵のパイロットは死ななくてもよかったはずだ。
わたしが遠距離攻撃せずに、接近戦で対応すれば——脱出することができたかもしれない。
だが、敵の——AMUのパイロットが、国連軍の人たちを何人殺すことになるのかは、わからない。
大か、小か、どちらかを犠牲になるような展開だったとは思えない。
ルクスなら、全員を救うことができる。
それでも、わたしも——ユーリ軍曹も、ミランダさんも、死ななかった。
それこそが、わたしが出撃した成果。
顔を知っている人を死なせずに済んだ——そう思うことにしよう。
悠々と艦隊を組んで飛んでいる光景を見て、わたしは憤りを感じていた。
AMUの人たちは確かに、先に攻撃してきたかもしれない。
それに対し、確認や警告もせずに迎撃を指示――悠長なことをしては、戦場では生き残れないのかもしれない。
だが、ただ殺す――ただ、撃ち落とすだけで……平和を守れるのだろうか?
――わたしは、なんのために戦ってるんだろう。
漠然とした不安が、胸の中に渦巻いているのがわかる。
でも、それはわたしには解消できない。
パイロットは、ただのパーツ。命令された通りにストライカーを飛ばし、敵を撃つ。
わたしにはそれが求められている——それができないから、わたしは認められない。
できるなら、感情も何もかもを捨て去ってしまいたい。
ユーリ軍曹のように、ロボットのようになりたい。
『――エックスレイ1、帰投してください』
「……わかりました」
今のわたしには、何も変えられない。
何も——救えない。
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