第3章:迫る悪意 4

「交戦を許可します」


 突然現れた敵機、非武装の艦隊、考えることはたくさんある。

 そこに政治上敵対している勢力の機体が出てくるとなれば、話はややこしい。


 丸裸の艦隊に敵機が牙を突き立てることだけは、絶対に回避しないといけない。




 ユーリ軍曹が加速し、敵機を後ろから追い立てる。

 艦隊が状況に気付いている様子はない。

 このまま対処できなければ、敵機は艦隊に対して攻撃を成功させてしまうだろう。

 今から無線で警告しても無駄だ。


 ならば、撃つしかない。



 通信が妨害されていて、近距離にいる軍曹としか連携できない。

 この場を軍曹に任せ、友軍と情報共有を優先するべきだ。

 しかし、敵機を追い払うには単機では難しい。


 

 通信が確実に繋がる保証も無い。

 ならば、状況を『見せる』しかないだろう。


 敵機を追いつつ、その行き先に照準を定めた。

 ついさっきまで映っていたデータリンク情報を思い出し、位置関係を頭の中で浮かべる。


 敵機は2つのグループ。

 艦隊に対して、正面から飛び込もうとするグループをユーリ軍曹。上方から奇襲しようとしているグループを私が追跡している。

 これをそのまま追っても、敵機に追いつけない。

 追いついたとしても、敵機を撃墜することは難しい。


 やはり、彼らに気付いてもらうしかないようだ。


  



「軍曹、射程外でもいいから阻止射撃を実施して!」


『――了解』

 こんな状況でも軍曹の声色は変わらない。

 本当は血の通わないロボットなのではないか、と考えてしまうこともあったが、今はそれが頼もしく思えた。


 

 前方、敵機を示すボックスアイコンを目で追う。

 火器管制システムが演算した弾道予測照準を敵機のアイコンからずらし、トリガーを引く。


 微かな振動、発射炎。彼方へと飛翔していく曳光弾トレーサー

 その光弾が敵機の前方を通過。僅かだが、敵機の速度が落ちる。


 ストライカーパイロットは非常に高い反応速度や精度が求められる。 

 それ故に、実弾ではないとわかっていても反応して回避してしまったようだ。

 敵が何者であるかは知らないが、パイロットの素質は一級らしい。


 だが、少なくとも、曳光弾で時間稼ぎができることは証明された。



 ——お願い、気付いて……!


 空を駆ける曳光弾を視認すれば、ただごとではないことを察してくれるはずだ。

 無線が使えなくても、敵機がいることに気付けば各個で対処できる。

 その時間さえあれば――!



 敵機に向けてひたすら曳光弾を撃ち込んでいると、グループの1機が動きを変え、編隊から離れる。

 ガンカメラ越しに確認すると、その敵機はこちらに向かってきていた。

 おそらく、私を撃墜するつもりだろう。


 ——ただでは、やられないわよ。


 

 辛うじて繋がっているデータリンクでユーリ軍曹の状況を確認すると、どうやら私と同じく敵機に狙われ始めたようだ。

 近距離で敵機に絡まれつつも、対艦攻撃しようとしている敵機の編隊を妨害しようと射撃を継続している。


 しかし、向こうのグループは思った以上に艦隊に接近していた。

 艦隊が状況を把握しているようにも思えない。

 

 ―—この通信妨害さえ無ければ……!

 

 接近してくる敵機と距離を取りつつ、回り込むようにして艦隊の方に接近。

 このままでは自分の身も、艦隊も、どちらも守り通せない。

 ならば、自由に使えるを動かすだけだ。


 

 艦隊の最前衛、他の航空艦より小さな艦影が見える。我が母艦、UNBCブリザード。

 私の指示通り、前衛で警戒に当たっていたらしい。


 遠目からでも、自動砲塔CIWSが敵機を追っているのが見える。

 命令さえあれば、すぐに戦える状態のようだ。


 

 接近してくる敵機にカービンを向ける。

 曳光弾は攻撃力が無い――が、破壊するだけが武器の使い方ではない。


 ――頼むわよ……!!


 発射炎の明滅でモニターが焼き付くほど、トリガーを引き続ける。

 幾重もの光弾が敵機に命中し、弾けるように消滅。

 その最中、視界外から赤い可視光の光線が敵機へと伸びていく。


 赤い光線から逃れようと、敵機が激しい回避機動を始める。

 しかし、激しい左右の切り返しでも照射からは逃れられない。

 数秒後、敵機は爆散。


『――ご無事ですか中佐?!』


「レオナルド、助かったわ!」


 ただの曳光弾射撃で、敵機と判断して攻撃をしてくれたらしい。

 私の副官は頼りになる。


『突然、ジャミングで通信が使えなくなってしまって大変でした。妨害されてないチャンネルを探すのに苦労しましたよ』

「――艦隊との連携は!?」


『今やってます――――ソーン、L-CIWSのチャージはどうなってる?』

『副艦長、旗艦〈スピリット・オブ・フリーダム〉と繋がりましたッ』

『よし、エックスレイ0に繋げ』


 ブリザードからデータリンクの接続が始まった。

 通信強度がそれほど良くない。艦に接近しなければならないだろう。


『中佐、我々が警戒します。艦の下に潜ってください』

「ええ、そうするわ」


 〈UNBCブリザード〉は大口径艦砲や垂直発射システムVLSのミサイルは装備されていない。

 その変わり、全方位に対応できるレーザーと小型ペレット弾を撃ち出す散弾の自動迎撃システムCIWSが唯一の兵装だ。

 しかし、普及しているタイプのものより射程が長く、砲塔の運動性や照準精度が向上している。


 近距離ならば、並みの航空戦闘艦より隙が無い。

 


 副官の進言に従い、機体を母艦の真下に滑り込ませる。

 それを見計らったタイミングで、データリンク越しに直接回線が繋がった。



『――バーンズ中佐か? 何が起きている!?』

 通信の相手は国連軍艦隊の司令官だった。

 周囲の士官や通信士の混乱したやりとりが聞こえてくる。


 どうやら、状況は良くないらしい。



「攻撃です、少将――」

『見ればわかる!』


 画面が大きく揺れ、音声が乱れた。

 敵機の攻撃を許してしまったようだ。


『――攻撃してきてるのは、どこのバカだ!? テロ屋か? クソ傭兵か?』

 司令官は苛立ちを隠そうともしない。その動揺は傍にいる士官にも伝わっていた。

 揺れる艦内では、悲鳴や怒声が飛び交っている。

 そんな混乱した状態で事実を伝えたとして、この司令官は冷静な判断が出来るのだろうか――


 だが、私にはそこまで配慮する立場ではない。

 あくまで、指示を仰ぐ階級であり、その指示をもらえない時に自分の責任で命令を下す立場だ。




「敵は……AMU所属機かもしれません」


 司令官の顔がみるみる青ざめていく。

 目を見開き、視線が泳ぐ。

 国連軍の将兵の質は決して高いとは言えない。

 もちろん、軍人であることは変わらないが、合衆国軍のようなスペシャリスト集団ではないのは事実だった。


『……何かの間違いだろう? こんなところまでAMU軍が、正規軍がやってくるわけがない――』


「〈ガーディアン〉はともかく、〈オラクル〉までも手にしている傭兵など存在しません。あれは正規軍です」


 [ES-A2]〈オラクル〉はAMU所属軍事組織の象徴とも言える機体だ。

 普及している量産機であり、一線級の性能を誇る高性能機。

 それは線密な量産計画で製造され、正規部隊にのみ配備されている。


 我々、USAFや国連軍の装備がいとも簡単に鹵獲や奪取されるのに対し、AMUはそうした不祥事が少ない。

 だからこそ、〈オラクル〉が出てくること自体が非常事態なのだ。


 もし、正規軍でなければ……それこそ、恐ろしいことになる。



 AMUはテロリストや傭兵に「一級の装備」を横流ししている、もしくは利用しているということになってしまう。


 問題は相手が正規軍かどうかではない。

 少なからず、この戦闘によって「国連とAMUの軍事衝突」という絵が出来てしまうことだ。


 国連軍艦隊が沈めば、AMUを勢い付かせ。

 所属不明機を落とせば、国連軍に対する批判は強まるだろう。

 艦隊に近付けさせてしまった時点で、このは私達が敗北する結末だ。



 しかし、始まってしまった状況はどうにかして終わらせなければならない。

 国連軍の被害をどれだけ減らせるかは司令官の決断によって決まる――

 

 



『……そうだ、少佐。君の艦には、あの機体があるだろう!!』


「……ルクスは、出撃できる状態にありません」

『――それをどうにかするのが君の仕事ではないかね!?』


 たかが1機のストライカーに自分達の命運を託す。

 それは軍人として、恥ずべきことのはずだ。


 まだ、何も手を尽くしていない。

 その状態で最上位の手札を切ろうとするのは、指揮官として愚の骨頂だと言ってもいいだろう。



 通信の向こうで、また爆発と振動が起きる。

 ユーリ軍曹が奮闘しても、敵機を撃墜できるわけではない。

 UNBCブリザードは進路を確保するために、艦隊の前方を優先しているはずだ。真後ろにある艦隊周辺まではカバーすることはできない。



『早くッ! あの白いストライカーを出したまえっ! この艦が沈んでしまう!』


 司令官が乗艦している〈スピリット・オブ・フリーダム〉には、我々が所有するよりずっと多くの機体が搭載されている。

 その搭載機に出撃命令を出せばいい。通信が使えなければ、伝令でも出せばいい。


 そうしない理由は簡単。

 制空権……つまり、発進すぐに撃墜されない保証が必要なのだ。

 

 司令官か、パイロットか、あるいはそのどちらも、死ぬのが嫌で手を打つのを躊躇っているだけだ。


 ――結局、国連軍は国連軍ホワイトカラーでしかないか。


 

 



『……少将、ルクスは出せません――』


 出撃させるつもりはない。

 この窮地を脱するために、ルクスの――ヒカリの力を見せてしまえば、国連軍の強硬姿勢はより激しさを増すことになる。

 そして、ルクスは国連軍のシンボルに仕立て上げられるだろう。


 それは、絶対に――



 突然、無線にノイズが走る。

 どうやら、通信に誰かが割り込みを掛けているらしい。

 

 ブリザードのCICに解析を求めるためにコンソールに手を伸ばそうとした時、聞き覚えのある声が無線から流れた。








『――ルクスは出られます! わたしはすぐに出撃できます!』


 ――ヒカリ!?


 新しいウィンドウが追加され、そこには真っ白なパイロットスーツを着込んだ少女が映っていた。

 ルクスの機内カメラ、ヒカリ・タカノの姿だ。



『ミランダさん、わたしを出撃させてください』

 ヒカリの目は揺るがない。

 おそらく、何を言っても聞かないだろう。




『――何をしている中佐、早く出せ! 艦隊を全滅させるつもりか!?』



 どうやら、私には選択肢は与えられていないらしい。

 無能な司令官も、情勢を悪化させる要因の国連軍もまとめて救うしかないようだ。




「…………ヒカリ――」



 敗北が決まったゲームでも、できることはある。

 それは、もっともらしい着地点を目指して事態を収拾することだ。

 


「――出撃を許可します」


『――ありがとうございます』

 いつになくやる気に満ちた彼女の返事に、私は早くも後悔していた。


 敵機のパイロットを殺さず、装備や推進機器だけを破壊して戦闘力を奪う。その彼女の戦法は、この状況では最も避けるべきものだ。

 即座に敵を無効化し、友軍の危機的状態を回避する。そのためには悠長に1機ずつ武装を破壊していく無駄な作業は、敵機に攻撃させる時間を与えるだけだ。




「カービンを2挺、フルロードにして装備してきなさい」


『ルクスには機関砲がありますけど……?』

 おそらく、ルクスは万全の状態だ。

 だが、それでも武装を装備することができるだけのスペックを持っている。

 なら、の武器を用意してもらった方が手っ取り早い。



「――少将、我々〈スレイプニール・アームズ社〉が母艦周辺をクリアにします。艦載機の発進準備を進めてください」

『――わかったから早く迎撃しろ!』




「ブリザードCICよりエックスレイ0、ルクスで艦隊を守るわ。ブリザードは旗艦の直掩に付きなさい」

『わかりました、ルクスの発進準備を進めます』 



 ――どうにでもなれ。


 UNBCブリザードの真下から離れ、マニピュレーターで保持していたカービンを放り投げる。



 機体各部に装備していたダミーのミサイルランチャーをパージしつつ、上昇。

 

 ミサイルスモークと機関砲、レーザーの飛び交う戦場の空に、私は飛び込む。

 以前は危機的状況に直面すれば、高揚感があった。

 今はもう、何も感じない。 



 私は勝利を掴むために戦っているのではない。

 それはきっと、空軍USAF時代から変わらないのだ。



 だが、もっともらしい理由を考えたこともなかった。

 何か大きな物のために戦っている、と思い込んでいた。

 そうすることで、空虚な自分を励ましていたのだろう。



 誰のためでも、何かのためでもない。

 そこに解くべき問題、解決すべき状況があるから、私は戦っていた。



 だが、目の前の状況に対処したところで、その先に光が差すとは限らない。

 




 漠然とした不安を抱えながら、スロットル・ホイールを動かし、機体を加速。

 激しい撃ち合いをしている渦中へと、進路を向けた。


  

 


 


  

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