第3章:迫る悪意 3

 清々しいほどの晴天に、視界いっぱいの航空戦闘艦やストライカー。

 隊列を組み、見せ付けるように飛ぶ国連軍部隊の勇姿。


 この光景を見せ付けただけでも国連軍将校は満足だろう。



 演習のタイムスケジュールは滞りなく進行。

 ストライカーを使った演習も、僕と中佐のチームは好成績を残していた。

 機動部隊としての役割は充分こなしたと言える。



 中佐はブランクを感じさせない『読み』や連携を発揮し、国連軍のストライカー部隊を蹴散らしていた。

 引退したパイロットをあまり知らないが、中佐のそれは現役パイロットとそう変わらない印象を受ける。


 日頃からシミュレーターで訓練を続けていたからだろう。

 終盤は集中力が切れかかっていたが、元合衆国空軍USAFの経歴は伊達ではなかったことを証明していた。






『——こちら航空管制機AWACS〈スペクター1〉より、エックスレイ』


 甲高いビープ音と共に入った無線は、演習の進行補助を行っていた機体からの通信だった。


『こちらエックスレイ——』

 僕の代わりに中佐が応じる。

 今回は中佐がチームの指揮官という役割をこなし、友軍との連携調整や母艦への行動指示を同時に行っていた。



『エックスレイは航空空母〈メビウスリングⅣ〉の上空で待機、USAFの艦が隊列から離脱したのを確認後、母艦への帰投を許可する』


『エックスレイ0、了解。待機する』



 間もなくして、航空管制機からデータリンク越しに位置情報が更新された。

 指定された〈メビウスリングⅣ〉という国連軍の母艦の位置がメインモニターの景観にハイライトされる。

 視界に大きなコンテナの枠線表示で強調された巨影、その艦影に接近するためにスロットルホイールを回し、機体を加速。



 小さな電子音が鳴り、メインモニターに新しい通信回線が追加されたことが表示された。

 それはどうやら、近距離用の秘密回線のようだ。

 おそらく、中佐だろう。



 通信回線を切り替え、隣に並んだ中佐のS3に視線を向ける。


「こちらエックスレイ2――」

『エックスレイ0……いえ、演習は終わったから、コールサインはやめましょうか』

 気を抜くように、中佐は深く息を吐いた。


「久々の実機はどうでしたか?」

『さすがに実戦機動は堪えるわね。明日は全身が筋肉痛なのは間違いなし……ほとんど艦長席で過ごすから問題無いでしょうけど』


 模擬戦での中佐は、優れた指揮官だった。

 味方や燎機を常に意識し、常に自分達が有利になるように行動する。

 確実に撃破する以外の牽制射撃や陽動攻撃、あらゆるアクションが味方の動向を反映したものだ。


 戦闘は複数の「1対1」で形成されることが多い。 

 中佐はそれを対単独へ塗り替えていくような戦い方だ。


 大局的、というのが正しい表現だろう。

 誰か1人に重くのしかかるリスクそのものを、中佐は誰にも気付かれないように分散し、分配させる。

 戦場をコントロール、状況を支配するという戦術だ。


 ミランダ・バーンズというパイロットは、見ず知らずの他人に並以上の連携をという技能を持っている。

 かつては教官を目指していたというのも疑いようがないほどの実力だ。

  


『……軍曹、あなたもよく合わせてくれたわ。窮屈だったでしょ?』


「いいえ、そんなことはありません。むしろ、自分の代わりに周囲に気を配って頂けて助かりました」


『――あなたは1人でも敵を全滅させてそうだったけど……』



 仮想敵役アグレッサーのUSAFは手強い相手だった。

 中佐と同じく、複数で敵機を仕留めることを念頭に置いた戦闘行動を主軸としている。

 それだけでなく、パイロットの質もかなり高い。

 反応速度、空間認識、連携、あらゆる点で世界トップの空軍と言えるだろう。

 部隊ごとに練度差が大きいことが課題のようだが……




『……今晩、とっておきのボトルを開けるから、一緒にいかがかしら? ユーリ軍曹の経験談を聞きたくなったわ』

「アルコールは恒久的に判断力を低下させ、依存性があり、身体機能を著しく損なう危険性があります。パイロット兼指揮官を務められるのであれば、ほどほどにされた方が――」


 


 不意に、視界の中に違和感を覚えた。

 異物が紛れ込んだような不快感、もどかしさ。

 メインモニターに映る光景は変わらない。複数の航空戦艦やストライカー、戦闘機、そのほとんどは大陸の方へと進路を向けている。


 だが、その大陸と別方向に大きな入道雲があった。



 ――雲、だと?


 演習中にまとまった雲を見ていない。

 薄い雲が流れてきたことがあったが、視界が遮られるほどの雲量が空に浮かんでいた印象は無かった。



『軍曹? なんで私は説教されてるのかしら……』


「――中佐、〈スペクター1〉に気象データを要請してください」

『……どうしたの?』


「右側、2時方向に見える積乱雲が気になりまして」


 ――嫌な予感がする。


 国連軍の主要部隊、USAFの艦隊、AMUやテロリストのような敵対組織からすれば、絶好の攻撃タイミングだ。

 ここで襲撃し、打撃を与えることができれば、戦力的な損失があったとしても大きな効果を発揮する。


 状況的にも、ちょうど演習が終わって撤収するタイミング。

 ほとんどの機体が模擬戦用の装備で、艦隊が密集しているから広域レーダーやセンサーが使えない。



 奇襲には、完璧なタイミングと言ってもいいだろう。




『――こちらエックスレイ0よりスペクター1、現空域の気象情報を求む』

『スペクター1よりエックスレイ、これよりそちらにデータを転送する』


 機体の望遠装置を調整し、積乱雲をフォーカス。

 モニターに追加されたウィンドウに、多少画像の粗くなった景色が映った。


 大きな要塞のような白い雲、その下にあるはずの海が見えないほどの規模だ。

 低空に密度の濃い雲があること自体が不自然に感じる。



『データ受領、これより展開する』



 拡大した映像の中で、真っ白な雲の奥で微かな明滅が見えた気がした――





『――あの雲、10分前に出来たの? 発生条件は満たしていないのに……?』


 中佐から共有されたウィンドウには、数分の間で突然出現した雲の影がレーダーで観測されていた。

 だが、誰1人として気付かなかったらしい。


 演習空域の外れ、演習そのものに影響が少ないから見過ごされたのだろう。

 大規模な演習だからこそ、狙われないとでも思っていたというのか。警戒が甘過ぎる。

 


 過去、極東で人工的に発生させた雲を使った奇襲攻撃が行われた事例がある。

 今回もそれと同じ手法なのは間違いない。



「中佐、25年前にあった事件を知ってますか?」


『……アキツ州、所属不明部隊襲撃事件――まさか!?』



 極東にある中立国家〈イースト・エリア〉そのアキツ州という地域に、正体不明の敵部隊が襲撃した事件。

 敵は電子妨害と煙幕で機動艦隊を隠蔽、そのまま沿岸沿いまで接近し、都市を巻き込んだ大規模攻撃を成功させた希有な事例だ。


 この方法はテロリストや民兵の間で使われてきた。

 もちろん、〈国境なき戦士達BW〉も例外ではない。



 

 望遠映像越しの雲、その中で微かに光の明滅が見えた気がした。

 行動が遅れれば、被害は甚大だ。


「エックスレイ2、これより強行偵察を行う」



『――待ちなさい軍曹、せめて実弾装備に換装してからでも遅くないわ』


「それでは遅過ぎます。自分だけで調査に向かうので、中佐は装備を換装してきてください」


 操縦桿上部のスロットルホイールを回し、加速。

 艦隊から離れ、積乱雲へと進路を向ける。


 効果の無い装備のまま、単機で足止めすることは不可能に近い。

 もし、演習自体の情報が漏洩していれば、こちらが訓練用の曳光弾トレーサーしか装備していないことが筒抜けだ。



 ——それが、狙いか?


 ストライカーだけでなく、戦闘艦であっても戦闘用の装備や状態に戻すのには時間が掛かる。

 機動兵器が多様化しているとは言っても、装備を丸ごと換装しなければならないことには変わりはない。

 ただマシンガンやカービンを持ち替えるだけで出撃するわけにはいかないのだ。



『——エックスレイよりUNBCブリザードへ、現在位置より前に出て警戒態勢に入りなさい』


 ミランダ中佐の声が無線から流れたのとほとんど同時に、こちらを追い抜く機影があった。

 

 ダークグレーのカラーリング、大型のブースターユニットを背負った特徴的なシルエット。

 それは僕が乗っているのと同じ、カスタムされたS3。ミランダ中佐の機体だ。



「中佐、下がってください。撃墜されるわけにはいきません」


 艦長であり、部隊指揮官。替えの利かないポジションだ。

 中佐が撃墜されてしまえば、隊は身動きが取れなくなってしまう。


 あくまでヒカリの代役。この状況になってまでストライカーに搭乗させるわけにはいかない。

 それに今回は友軍も存在する。時間稼ぎさえできれば、中佐やルクスを交戦させる必要は無い。



『——あなた1人でもやれるでしょうけど、リスクは冒せないわ』


「それは中佐も同じです」

『——単機でやるより、2機の方が成功率高いでしょ?』


 中佐を説得するのは難しい。

 だが、中佐の考えは至極当然である。単機で対処しても足止めは難しい。実弾が無ければ尚更だ。


 摸擬戦と同じく、僕が前衛で動けば中佐もやりやすいだろう。

 中佐の体力や集中力が耐えられるかわからないが、やり切るしかない。




『——スペクター1よりエックスレイ、何か問題か?』



『偵察行動よ――!』


『……エックスレイ、所定の位置に戻れ』


 状況的に、国連軍は少しもおかしいとは思っていないようだ。

 

 この予感が杞憂に終わればいい。

 しかし、そうはならないだろう。


 

 ここで仕掛けてくるのがどんな敵であれ、国連軍や合衆国に敵意があることは間違いない。

 それも演習後を狙ってくるということは、計画性や戦力だけでなく。その効果も意識されているということだ。


 普通、軍に対しての攻撃は通常任務中の部隊や基地に対して行われるのが一般的である。

 演習のスケジュールを把握し、ちょうど撤収のタイミングを奇襲するというのは並大抵のことではない。

 内通者や協力者を用意し、周到に準備しなければ実行は不可能だろう。

 偶然でタイミングを合わせられるほど、奇襲攻撃は容易ではないものだ。



 中佐と並んで積乱雲へと向かっていると、視界内に動体物が映る。

 センサーが反応し、メインモニターの光景にロックオンマーカーが重なった。


 咄嗟に積乱雲に向けている望遠装置の映像を確認。

 すると、雲を抜け出てくる機影がはっきりと見えた。

 まだ距離があるせいで機体の詳細は不明だが、敵機なのは間違いない。

 

 

「――所属不明機ボギー確認コンタクト



『了解、今からスペクターに――』


 中佐が話している最中、けたたましい警報がコクピットに鳴り響く。

 考えるより先に、僕は回避機動に移っていた。


 ――ミサイルアラート?!


 それは敵機からではない。

 積乱雲、雲の中からストライカーよりも小さい影が飛び出してくる。


 観察するまでもない、それは対空ミサイルだ。





「――エックスレイ2、回避するッ!」

 機体を回頭させ、スロットルを最大まで入れる。

 ルクスの最大加速に匹敵するほどのGに揉まれながら、ミサイルのセンサーから逃れようと加速。




『エックスレイ、より……スペクターへ。攻撃、を、受けているっ……!』


 中佐は回避機動の最中、航空管制機へ情報共有を行う。

 だが、無線から返ってくるのはノイズだけだ。



 加速と急旋回による切り返しで、なんとかミサイルの誘導から逃れた。

 しかし、そのせいで敵機の足止めが遅れてしまっている。


 再び、最大加速で敵機の方へと急行。

 センサーが敵機を捕捉、光学装置による補正や処理が可能な距離に接近。

 敵機を追う形で、側面に追従する。



 その敵機のシルエット、武装の形状、ディテールから機載CPUが機種判別を実施――――その結果は……



「ガーディアン、オラクル……ッ!? AMUの機体がどうして――?」


 [ES-A1]〈ガーディアン〉、[ES-A2]〈オラクル〉はAMU――つまりは合衆国と対立している立場の軍に採用されている機体。

 〈ガーディアン〉は古い機体だ。鹵獲や輸出がされているとは言っても、まだまだ現役で戦える。

 その武装構成は対艦用のミサイルや大型ロケットポッドと、明らかに艦隊を攻撃する意図があった。




 ――戦争を始める気か!?



 対立であっても、戦争状態ではない。

 経済的、政治的、様々な点で相容れないために非協力的関係であるというだけで、火種はあってもという状態だったはずだ。


 だが、この状況はどういうことだ?

 この攻撃が成功しても、しなくても、合衆国USMと国連と戦争するためのカードを切らせることになってしまう。



 トリガーに掛けた指を、咄嗟に離す。

 いくら曳光弾とはいえ、敵は正規軍かもしれない。


 敵も撃てば言い訳できないが、僕らも同じことだ。

 

 


 ――どうすればいい!?


 明確に敵だと判別できればいい。ただトリガーを引いて、撃墜するだけだ。

 しかし、正規軍同士だったら……そこには政治的判断力が必要となる。


 

 一介のPMC、国連軍に金で雇われているだけの民間軍事会社。

 そのパイロットの引き金1つで、戦争が起きてしまうかもしれない。


 周到に準備された奇襲、対抗国の正規軍の装備、そして……緊迫状態になっているこの情勢――



 ――完璧過ぎる。


 正規軍が引き起こしたなら、宣戦布告に相応しいアクション。

 テロリストが実施したなら、並大抵の組織力で成せることではない。


 どちらにしても、僕たちは後手に回っているということは間違いない。

 それでも、被害は最小限に抑えなければ――





「……中佐」


 僕は改めて、トリガーに指を掛ける。  




「――指示を」


 中佐の判断は、おそらく決まっている。 

 これまで衝突に近いことを何度もしてきたが、中佐の状況判断や選択が大きく間違っていたことは少ない。


 だから、信用できる。

 

 そして、彼女が下す命令は――――限りなく最善手であることも、確信している。




 

 間もなくして、中佐の声が無線から流れた。



『――――交戦を許可します』


 

 

 


 



 

 

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