第3章:迫る悪意 1
我々、機動部隊『スレイプニール・アームズ社』の置かれた状況はなかなか厳しい。
この間、テロリストの親玉を確保する作戦を成功させてからは、地球の東西南北を行ったり来たりを繰り返している。
強襲作戦、護衛任務、火力支援――ルクスは様々な任務で活躍。
その数々の戦闘を、ユーリ軍曹は見事な操縦技術で難無く片付けてしまった。
ヒカリとの連携も特に問題無く、訓練も順調に進んでいる。
最近では、軍曹のOSでの操縦をマスターしたという成果が出たばかりだ。
しかし、パイロットとストライカーの補充は未だに無い。
ルクスやS3用の装備や部品が届くことはあっても、人員は追加されない。
戦闘員の派遣や人員の護送といった任務が無いため、人的消耗が起きない以上は補充はありえない――と、上司のブラウン少将は考えていることだろう。
ありふれたPMCの管理職でしかない〈ミランダ・バーンズ〉の権限は微々たるものだ。
我ながら情けない。
一方、ルクスの性能と活躍は国連内部で話題になっているらしい。
国連軍部隊が戦闘に突入する状況を作り上げているのは私達のような『機動部隊』の存在が大きいようだ。
国連軍の正規部隊は精強とは言い難く、運用している機体や装備は最新鋭ではないし、練度も高くない。
国連軍の役割は治安維持や拠点防衛が主だ。
それ故に、攻勢任務や戦略攻撃といった軍事作戦を主導で行うことは難しい。
それがここ最近になって、大規模な作戦を立て続けに実行している。
ボス不在の武装集団が弱ってきたから国連軍でも勝てるようになった――という楽観的な考え方もできるかもしれない。
しかし、理由はそれだけではないだろう。
国連軍の軍事作戦が活発になれば、それを支援――巻き込まれる形で
それはAMU――つまり、対抗国の軍を刺激することになる。
事実、AMU加盟国周辺での軍事衝突はぎりぎりのところで回避されていた。
それは、私達『機動部隊』が迅速かつ、スマートに作戦を遂行しているからだ。
バックアップがあるから練度の低い国連軍部隊の士気が高まり、軍事作戦を強行してしまう――
ふと、視線を上げる。
深夜のブリッジには、ほとんど人がいない。
〈UNBCブリザード〉は戦闘時以外は最小限の人員で運用できるところが特徴でもあった。
だからこそ、私は艦長特権として『艦長席』で事務仕事をしている。
個室で机に座っていると窮屈さのせいか、パイロット時代を思い出して憂鬱になってしまう。
自由、裁量、権限、本当に欲しかったものは一体どれだったのか――今では、もう思い出せない。
パイロットとして、
結局のところは、妄想を膨らませて陰謀論をこね上げていただけだ。
現実感の無い不安を作り、それに対抗しようともがく――
ちっぽけな正義感を振り回し、存在しない『誰か』のために動いているつもりになっていた。
それが――空軍で最後にしたことだ……
報告書の確認と国連軍や本社への書類作成を中断し、新しい書類データを端末に表示させる。
それはつい先日に受領した装備についてのものだった。
AIS-S3〈ストライカーⅢ〉の追加装備。
元々、我々が所有するS3は普及しているタイプとは大きく異なるものだ。モジュールを追加し、高出力なスラスターに換装。試験開発された武装の一部を装備している。
通常機より機動性・運動性は飛躍的に向上したものの、追加装備はメンテナンスを全く考慮されていないために整備性が劣悪だ。
通常の仕様なら、整備は5人ほどの人員で半日で終わる。
だが、改修機は30人集まっても2日で終わることはない。
いっそ、毎回出撃の度にモジュールを壊し、パーツのブロックごとに入れ替える形式の整備なら時間は短く済むだろう。
膨大なコストと、大量のパーツを維持管理しなければならないことは言うまでもない。
それでも、ルクスの整備性の悪さに比べればまだマシだ。
あの機体はただの点検だけでも大量の人員と時間を要する。
常に戦闘に備えなければならない空軍では、とても運用することはできないだろう。
計画的に出撃と整備のスケジュールを組む必要がある。
ルクスを普通のストライカーのように運用するならば、大量の予備機を揃えるべきだ。
そうでなければ、スクランブル発進なんてとてもできやしない――
新しく届いたS3用の装備、それは大型ブースターだ。
巡航性を高めるための装備だが、スラスターも増設されており、機動性が大きく向上するのは詳細欄を読み上げずとも理解できる。
おそらく、ルクスの実戦データから得た結果。『燎機』にはこれくらいの機動力が必要だろうと判断されたのだろう。
ユーリ軍曹の機体と、予備機――私の機体の分も届いていた。
そして、5時間前に搭載が完了。
明日にはユーリ軍曹が試験飛行を実施するらしい。
艦内で蔓延っていた軍曹への偏見や嘲笑は消えつつある。
ユーリ軍曹の腕前を認めたのは間違いないだろうが、任務で地球のあちこちを行き来している間にクルー達はすっかり疲弊してしまい、陰口を叩く暇も無いというのが真実だろう。
本艦、UNBCブリザードも戦闘に参加することは少なくない。
通常の戦闘艦より火砲は少ないが、立派な強襲母艦だ。ミサイルや大砲が飛び交う戦場で弾幕を張るのも、この艦の仕様に含まれている。
どんな形であれ、悩みのタネが1つ消えたのはありがたい話だ。
私自身も、彼にあれこれ押し付けることができる。母艦運用と人材マネジメントをしながら機動部隊の面倒までを見るのはとてもじゃないができる気がしない。
――だけど、強化されたS3に乗ってみたいわね。
艦長、指揮官、部隊統括責任者、そうしたポジションにいても、私は元パイロットだ。
たまにシミュレーターで操縦訓練をするのは、それを忘れることができないからで『有事に備える』というのはただの言い訳でしかない。
結局、ただ黙って座っていられないという点では空軍時代から何も変わっていないのではないかと思う。
それでも、この席に居座る以上は誰にも役割を押し付けることはできない――
突然、別の端末が点灯した。
モニターを掴み、モニターアームを引き寄せる。
そこには新しい通知が表示されていた。
国連軍から暗号化されたデータが届いたらしい。
規定の処理を実行し、送付されたデータを展開。
すると、それは書類――命令書だった。
――また仕事ね……
命令書にざっと目を通すと、その内容に思わず呆れてしまった。
通達された任務は攻勢作戦でも、火力支援でも、護衛でもない。
国連軍主導の大規模演習への参加命令だった。
記載されているスケジュールや項目は、私が参加したことのある演習とは比べものにならないほどの密度だ。
その意図は対抗戦力であるAMUへの示威、機動部隊の実力を国連軍部隊に周知させることだろう。
そして、我々『スレイプニール・アームズ社』が呼ばれたのは〈ルクス〉を披露させるためだ。
――そうは、いかないわよ……
私にだって、意地はある。
このまま利用されるのは癪だし、これに乗ってしまえば国連軍の勢いを後押しする結果となる。
それでは、国連軍とAMUの軍事衝突を現実のものにしてしまう。
それは避けなければならない――
どうするべきかなんて、考えるまでもない。
私はヘッドセットを装着し、長距離通信用のアプリケーションを立ち上げる。
そして、私達の上司――国連軍少将〈ジョナサン・ブラウン〉に繋いだ。
言うべきことはわかっている。
やるべきこともわかっている。
私達は軍の命令を受けて作戦を実行しているが、それが全てではない。
だから、私は言ってやる。
呼び出し画面になってから数秒後、モニターには疲れ切った男が映し出された。
深呼吸しつつ、私は話を切り出す。
私がベストだと思うこと、それを実行できる環境を得るために空軍を抜けた。
今なら――私は、自分の意思を突き通せるはずだ。
「――少将、演習の件ですが……」
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