第2章:魔女狩り

 視界いっぱいに表示される警告、絶え間なく鳴り続けるアラート。

 

 メインモニターやガンカメラに、黒い機体が映り込む。

 激しく交差し、互いの懐に飛び込もうと駆け引きが続く。


 黒いストライカーは〈フェンリル〉。

 『国境なき戦士たちBW』が独自に開発したストライカー。

 軍の実働機レベルの性能を持ち、武装も強力。


 フェンリル数機と乱戦になり、ぎりぎりのところで凌いでいる。

 そんな僕らを遠巻きに眺めている白い機体――


 その白い機体の肩に描かれている『グリフォン』のエンブレム。

 僕はそれに見覚えがあった――



 ――そこにいたか……!


 戦場で最も安全なのは、渦中――コンバットゾーンの中だ。

 自由に力を行使し、戦場そのものをコントロールする。

 『魔女』はそうやって生きてきた。


 僕自身もその教えで生き残ってきた。

 だからこそ、直感で理解出来る――


 あの白い機体こそ、魔女の搭乗機。

 どこまで仕込まれているかはわからないが、この作戦自体が罠なのは疑いようもない。


 ――だが、突破してみせる……!



 敵の連携は高度だとは言えない。

 入り乱れるような動きはせず、攻撃できる位置にいる機体が間髪入れずに差し込んでいるだけだ。

 

 機体と火器の性能が良く、頭数がある。

 たったそれだけの優位性アドバンテージ――――



 それを破るのは、難しくない。



「――ヒカリ、BIDを使え!」


「この状況で――?!」

 

 ルクスに搭載されている小型無人攻撃機による遠距離攻撃。それは敵機を光学センサーで捕捉した状態でないと使えない。

 彼女が敵機と自機の位置関係をイメージし、それを情報として小型攻撃機ドローンに伝達、細かな姿勢制御や攻撃指示を入力する必要があるからだ。

 


 だが、それは攻撃以外にも転用できる。

 その訓練を彼女に受けさせていた。


「ミサイル迎撃!」

「――了解!」


 敵機の包囲を振り切るように、ルクスを加速。

 逃がすまいと、敵機がミサイルを発射したことをセンサーが感知する。



「――――インターセプト、レディ!」

 ヒカリの言葉を信じ、機体を急旋回。

 背後へ振り向かせると同時に、兵装を選択――マイクロミサイルランチャーを稼働。



「――ターゲット・ロック、リリースっ!」

 ヒカリの言葉と共に、バックパックに搭載しているBIDの攻撃機が飛び立つ。

 それと同時に敵機にミサイルのシーカーアイコンが重なった。



「エックスレイ1、ドライブ――」

 発射コールと共に、マイクロミサイルを解き放つ。


 敵機が発射したミサイルはBIDによって破壊、その爆煙をルクスのランチャーから発射されたマイクロミサイルが突き抜ける。



 ――ここからは、僕らの番だ。


 フルスロットル、最大加速。

 ミサイルスモークに沿って、敵機に吶喊。


 

 途中で上昇、敵機の位置を再確認。

 敵機からの砲火に晒されるが、こちらが発射したミサイルを避けながらの射撃なので精度は高くない。

 ルクスの高性能な火器管制システムFCSによるマルチロック機能で、全ての〈フェンリル〉に対してマイクロミサイルの誘導が行われる。

 射程距離の限界で発射したため、こちらのミサイルも命中はしないだろう。


 だが、それでいい。

 攻撃する余裕ができれば、上々だ。



「――レールガンで敵機を撃墜しろ!」


「……射撃シーケンス、開始」

 機体姿勢を安定させ、ヒカリが狙撃に必要な条件と時間を作る。

 敵機を真正面に捉え、発射に備える。

 反動は無く、超高速弾を発射できるレールガンであっても、精密狙撃に必要な照準時間は1秒以上は必要になる。


 ストライカーでの空戦において、『1秒』は大きい。

 そのたった1秒で、勝敗を決するアクションを起こすことができる。

 必中距離に間合いを詰め、高威力な武器の狙いを定め、機体の死角に潜り込む。

 それを行うために、さらに短い――コンマ秒の判断が必要だ。



 ルクスの腰に装備されたレールガンから、光条が放たれる。

 その光弾は、敵機に命中するが――――撃墜には至っていない。


 ――まだ、命令に従ってくれないのか。


 

 本来なら、人々はわかりあえる。

 だから、殺してはいけない。

 互いを理解する機会を、時間を、奪ってはならない。


 ヒカリはまだ、それを信じているらしい。


 僕に、彼女の信じる物を否定する権利は無い――

 だからといって、ヒカリを死なせる理由にはならない。



 

 ガンカメラに映る敵機は武器を持っていた右腕を失っていた。

 武装を失い、姿勢制御のバランスを崩している。それでも敵機は戦意を喪失していない。

 武器を失って、自分の命を脅かされても、人間は戦うことを止められない。

 それが現実だ。


 

 

 敵機は互いの距離を離し、連携できる状態ではない。

 今なら、1機ずつ排除することができる。


 最大加速のまま、別の敵機に接近。

 敵機の反撃を避けながら、その懐に飛び込む。


 

 ルクスの機動性なら、出来ないことはない。

 だが、敵にルクスの性能を知られている以上は、警戒が必要だ――


 しかし、ルクスの高いスペックは並みの『高性能』とは違う。

 そう簡単に、対策を打てるわけがない。



 機関砲で牽制し、敵機の回避機動を促す。

 横方向へのスラスター炎が噴射されたのを目視、一気に距離を詰める。

  

 兵装を選択――レーザーブレード。


 

 視界を横断する斜線、近接格闘照準を敵機の胴体に重ねた。

 トリガーを引く、機体各部のアクチュエーターが稼働して腕部を振り抜く。

 腕部のブレードユニットから放出された閃光が、光の刃が人型兵器の胴体を切り裂いた。


 敵機はそのまま制御を失い、地上へと落下していく。



 照準波を感知、敵機がこちらの背後に回り込もうとしていた。

 だが、敵機は複数の方向に存在する――!


 兵装を機関砲に戻し、ヘルメット内モニターにガンカメラの映像を投影。

 小さなディスプレイに外界が映り込む。

 その中央に表示されたガンレティクルに意識を向けながら、機体を上昇――旋回。


 機体がさっきまで真後ろだった方位に向き直り、同時に制動を掛ける。

 一瞬の静止、そのタイミングを見計らったように敵機がガンレティクルの中に飛び込んできた。


 瞬時に機体の火器管制システムが敵機の未来位置を割り出し、適切な照準位置を知らせてくれる。

 それは、僕が既に狙いを定めていた位置だった。


 トリガーを引き、機関砲を発射。

 唸る回転砲身、飛んでいく曳光弾。そして、短い発射時間の中で撃ち出された20ミリ徹甲弾。

 1秒未満の射撃時間、僕の背後を取ろうとした敵機は胴体に風穴が空いた。


 敵機から黒い煙が上がり、小さな爆発が起きる。

 その結末を観るよりも先に、次の敵機が仕掛けてきた。


 敵機がミサイルを発射しながら接近。

 センサーがいくつもの警報を鳴らす。

 今からBIDで迎撃するのでは遅過ぎる。ならば、加速して振り切るしかない。


 敵機は残り少ない。包囲を突破するのも難しくないだろう。

 それに――ここまでくれば、各個撃破することができる。


 スロットルホイールを回し、出力をアイドルに。

 推力を失った機体は、すぐに自由落下機動に陥った。

 だが、メインスラスターは点いていなくてもサブスラスターは自由に動かせる。

 

 落下しながら、方向転換。旋回――

 自分に向かって飛んでくるミサイルを視界に収め、機関砲の照準を動かす。

 トリガーを引きながら、薙ぐように弾幕を張る。半数のミサイルを迎撃――



「――白い機体がっ!」

 ヒカリの声と同時に、警報が鳴る。

 それは、センサーが敵機の接近を知らせるものだ。


 爆煙を掻き分けるように、白い機体――グリフォンのエンブレムを付けた〈フェンリル〉が飛び出してくる。

 その右手で持っている大型ランチャーを投棄し、こちらに手を伸ばしてきた。


 ――捕まえるつもりか。


 わざわざリスクを冒してまで、あの魔女はルクスを手に入れたいらしい。

 だが、そうはさせない。


 ヒカリを守るため、ゲイツとの約束を果たすため――

 ――負けるわけにはいかない。


 ストライカーを撃墜せずに拿捕するには、武装を破壊して投降を促すしかない。

 それ以外の手段があるとしたら、マニピュレータやワイヤーで対象の動きを封じることくらいだろう。

 空戦の最中では、敵機を拘束するのは到底不可能だ。


 しかし、ルクスには『必要最低限の火力』を発揮する武装が搭載されている――これさえあれば、パイロットを殺さずに機体の自由を奪うことができるはずだ。




「――どうするんですか、軍曹っ?!」


「対処する、レールガンとBIDを同時に使うぞ」

「――ま、待ってくださいっ」


 迫ってくる白い〈フェンリル〉を捕捉、ミサイルランチャーの誘導装置を稼働してマイクロミサイルを発射。

 敵機を完全に捕捉していないため、ミサイルは誘導せずにただ直進するだけだ。


 だが、白い〈フェンリル〉はこちらと距離を取った。


 ――チャンスは今しかない。



 こちらの横っ腹を狙おうとしていた敵機に機体を向ける。

 即座にレールガンが発射状態になった通知が表示された。


「――無力化さえすればいい、当てろ」


「――りょうかいっ!」


 最大望遠でやっと見えるほどの遠距離、自然落下状態の中での狙撃、かなり難しい条件だった。

 それでも、ヒカリは2回の射撃で命中させる。


 ――次だ。


 スロットホイールを回し、最大出力。

 機体を急上昇させながら、別の敵機へと向ける。



「BIDを展開しておけッ」

「――はいっ!」


 他の〈フェンリル〉は白い機体の後方にいた。おそらく、フォローしようとしているのだろう。

 手に持っていた火器がこちらに向けられている。

 やや長めの銃身、大型の弾倉からすると、高速徹甲弾が発射できる類のライフルだろう。


 ――避けるのは……難しいだろうな。


 機関砲やミサイルは距離さえあれば、回避できる可能性がある。

 しかし、バトルライフルやロングバレルカノンは初速が凄まじい。予備動作を見てから回避機動をしても、とても間に合わない。


 それに、ヒカリの精密射撃を期待するにも武器や腕だけを破壊するには距離が近すぎる。

 パイロットを殺さないようにと、照準に時間を掛けてしまうはずだ。


 ――ならば、やり方を変えるしかない。



 再度、ランチャーの誘導装置を稼働。

 白と黒の〈フェンリル〉2機をロック、そのままマイクロミサイルを発射。


 黒の〈フェンリル〉はライフルの銃口を下げ、回避機動に移行した。

 それに追い打ちをかけるように、機関砲で弾幕を張る。


「――BID、リリース!」


「白いヤツを狙え!」

 機体を白いフェンリルに向けつつ、黒い機体に機関砲の狙いを定める。

 敵機は最小の機動でマイクロミサイルを回避、姿勢を整えて射撃姿勢に移行しようとしていた。


 ――狙うなら、今しかない。


 トリガーを引く。

 ルクスの両腕から閃光が瞬き、光弾が空を駆け抜ける。


 ヘルメット内の小型モニター、そこに投影されているガンカメラの映像では黒いフェンリルが爆発。上半身を失った機体がコントロールを失い、落ちていく。



 ――最後だ……!



「――腕と脚を破壊しろ」


 BIDからレーザーが照射され、指示通りに白いフェンリルの四肢がもがれる。

 スラスターだけでなんとか浮遊しようとしている機体、その背後に回り込んだ。



 武装を変更――対人機銃。


 ヒカリが操るBIDが最後に残った白いフェンリルを取り囲む。

 そして、機銃の照準を――フェンリルのスラスターに重ねた。


 発射――――命中。

 小爆発と共に、四肢を失った白い機体が落ちる。


 それに追従するように加速。

 マニピュレーターの精密操作モードを呼び起こし、作業用の汎用照準がメインモニター追加される。


 自由落下機動にある、最後の敵機に接近。

 そのまま、右腕のマニピュレーターでもげた腕部のケーブルを掴ませる。




「――ヒカリ、全方位警戒」


「……りょ、了解――」


 

 ゆっくりと制動を掛け、地上に降り立つ。

 そのまま、胴体だけの敵機をルクスの前方に降ろした。


 

 すると、仰向けになったままの胴体に動きがあった。

 コクピットハッチがゆっくりと開き、そこからパイロットが這い出てくる。

 オリーブドラフ色の標準的なパイロットスーツ、体型から女性だと判断できた。


 敵パイロットがヘルメットを脱ぎ、放り投げる。

 銀色の髪、緑色の瞳、整った顔立ちの女性がこちらを見上げていた。



 その顔を忘れたことはない。

 世界中の軍や組織に命を狙われ、現在進行系で人類の敵で有り続ける女――



 ――やはり、お前か……ストレーガ。


 ブリーフィング通り、ヤツはいた。

 やはり、ルクスを手に入れるために罠を張っていた。

 だが、僕らが勝った。


 


「――エックスレイ1よりブリザードCIC、ターゲットを無力化。ミッション完了だ」



「周囲に敵影ありません――――後方から友軍の反応です」



 ヒカリの報告を受けても、コンソールに目を落とす気にはなれない。

 この『魔女』から目を離したら、とんでもないことになりそうな気がしたからだ。


 さっきと変わらず、ストレーガはこちらを見上げたまま薄ら笑いを浮かべている。

 このままトリガーを引いて、この世界から蒸発させてやりたい。

 しかし、彼女の確保を任務とする部隊がやってくる。彼らの仕事を奪うわけにはいかない。




 ふと、ガンカメラ越しにストレーガを観察する。

 すると、彼女の口元が微かに動いているのが見えた――



『こちらブリザードよりエックスレイ1、国連軍部隊が作戦エリアに到達。帰投を許可する』



 





 トリガーに掛けていた指を離し、機体の火器管制システムを沈黙。

 機体を後退させ、撤退の用意をする。




「お疲れさまです、軍曹」



『こちら国連軍第9特務中隊、そちらを視認した。これより対象の確保に移行する』


『UNBCブリザードより第9特務中隊へ、我々はこれで撤退する』


『了解した』









「……軍曹?」



 ――何が、『』だ


 薄ら笑いを浮かべていた魔女は、確かにそう呟いていた。

 その言葉に、多分意味は無いのだろう。

 だが、何故か胸騒ぎがする。


 これは予定調和――ストレーガの思惑通りなのではないか、そう思ってしまうのだ。



 ルクスの性能で勝った。

 魔女の仕掛けた罠を打ち破った。

 状況的には、それが正しい。


 しかし、これまで逮捕も暗殺もできなかった相手がこうも易々と倒せるというのは、奇妙な話だ。






「――ユーリ軍曹、帰還しましょう?」


「……ああ、すまない」


 国連軍部隊が地上に降り立ち、ストレーガを拘束する。

 そのまま小型輸送機へと連行されていく。


 それを見届けながらスロットルを入れ、離陸。



「……エックスレイ1、帰投するRTB



 これでルクスを狙う者は消え、同時に世界を脅かす悪党が1人減った――と思いたい。


 戦いはまだ終わっていない。

 まだ、何かが続いている。

 見えないところで動いている何かを、僕は撃つことはできない。


 ただ、備えるしかない。

 それは戦闘員でも、パイロットでも変わらないものだ。

 最善を尽くす時に、全力で臨む。


 僕には、それしかできないからだ。

 


 




 

 

  

 

 

  



 




 

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