第2章:白き翼、黒い化身 3
灰色の空に、剥き出しの大地。
上空から見た広大な荒れ地には、いくつもの残骸が転がっている。
それが光学スキャンで脅威判定され、形状だけで火器や砲と誤認されて警告が鳴った。
その警報に、ユーリ軍曹は少しも動揺していない。
それが初めからあるものだと、わかっているように――
「――エックスレイ1、
地図情報を確認すると想定していた作戦エリアに到達していた。
すぐにシステムを稼働状態に移行させる。
指先から全身に電流が走ったような痛みの後、ルクスのセンサーやガンカメラが視界に映る。
視界の隅に表示されたステータス表記で、『P・Hシステム』が無事に稼働していることがわかった。
「システム起動。戦闘モード、起動します」
新たなスキャン情報――ユーリ軍曹の操作によって、指向性を持たされたスキャンの報告が帰ってきた。
その情報には、明らかに人工物――建造物の反応がある。
ブリーフィングで見たような、格納庫やビルらしきシルエットを光学センサー越しに確認。
「……前方――12時方向、ターゲット
「これより攻撃を開始する――ガンアタック・レディ」
ユーリ軍曹がルクスの両腕に搭載している20ミリ機関砲を選択。
そして、その両腕が前方に向けられた――
「――待ってください!」
ガンカメラに映る基地のような場所。
そこには、たくさんの人の姿があった――
「――エックスレイ1、エンゲージ」
ルクスが基地上空に到達。
ユーリ軍曹がトリガーを引き、機関砲を発射しようとしていた。
それを、わたしはシステムを通じて――止める。
「――ヒカリッ!?」
ルクスはそのまま基地上空を通り過ぎる。
緩く旋回するように進路を変更、再度攻撃のために体勢を整えていた。
「あ、あれは民間人かもしれません。再度確認を――」
「――ふざけるな! ヤツらをよく見ろ!」
刹那、機体の動体センサーが反応。
小さな飛翔体を複数検出、識別はミサイル――
――
人が抱えて撃つ小型ミサイルは小型航空機くらいなら致命傷を与えられるかもしれないが、ストライカーなんかに当たるはずがない。
それでも、敵は撃ってくる――
ユーリ軍曹の操縦によって、次々と発射される小型ミサイルは当たらない。
複雑な回避機動の最中でも、軍曹は機関砲で人々を狙っていた。
ミサイルを担ぐ人達は様々だ。男性、女性、子供、大人――肌の色さえもが違う。
この人々は、どうして武器を手にしているんだろうか――
「――安全装置を解除しろ、ヒカリッ!」
軍曹の大声がコクピットを震わせる。
それもそうだ、そうしなければ任務を遂行できない――
――でも、そうしたら……!
「あなたもテロリストだったじゃないですか! なら、彼らも――」
――やりなおせるはず。
元テロリストの少年兵、そこからPMCに拾われてエースパイロットと恐れられるほどになった。
今、交戦しているのはかつての自分だとは思わないのだろうか。
機会を与えられたから――更生できた。
ならば、その機会を与えるべきなのではないのか?
「――そんな無駄なことをッ!」
「無駄なんかじゃ……」
上下左右、あらゆる方向に振り回されるような機動。
そこにわたしは介入できない。
「――兵装の安全装置を解除しろ、これは命令だ!」
――命令……!
わたしはルクスの正式パイロットとして認められていない。
それどころか、ストライカーパイロットでいることも許されていないのだ。
パイロットとして認められるには戦うしかない。
戦うには――「命令」に背いてはいけない……!
――ごめんなさい……
軍曹の命令通り、全ての武装の安全装置を解除。
すると、間髪入れずにトリガーが引かれる。
機関砲が地上の基地へと向けられ、20ミリ弾があらゆるものを破壊していく。
人も、モノも、無慈悲に砕かれる。死や破壊は平等に降り注ぐ――
ユーリ軍曹の機関砲掃射によって、基地は壊滅的なダメージを受けているように見える。
作戦内容は制圧することが目的だが、これはやりすぎではないだろうか……
建造物は残骸の山になり、整地された敷地には人だった何かがいくつも転がっている。
ここに
「ヒカリ、センサーに集中しろ」
「……わかりました」
これだけやったら、迎撃機も出てくることは無いだろう。
想定戦力が少ないのに対して、軍曹は一気に殲滅してしまった。
ルクスの頭部光学センサーが捉えた外界に意識を向けていると、遠くの方で何かが動いているのが見えた。
映像をフォーカスして、部分的に拡大。
その動いているモノの正体はわからないが、布のような何かなのは間違いない……
だが、次の瞬間。
青白い光が空中に飛び出す。
それと同時にレーダーに反応、即座に形状判定が行われる――
「レーダーコンタクト……あれ?」
識別機種名は……不明――
複数の反応、機種判別ができない機体群がこちらにむかってくる。
「――来るぞ、ヒカリ」
軍曹はルクスを急上昇させ、全ての兵装のチェックプログラムを走らせた。
「……軍曹?」
「〈フェンリル〉だ! 気を引き締めろ」
――フェンリルって……!
BWの使用するストライカーは改造品や規格外の装備が取り付けられていることが多く、機体を正確に判別するのは難しい。
現状、シルエットや装備で分類してコードネームを付けている。
だが、〈フェンリル〉はそういったものとは違う。
BWが独自に製造しているストライカー。第三世代のS3にも匹敵する性能を持つと言われている。
頭部の光学センサーが捕捉した敵機の画像を拡大。
灰色の空に浮かぶ、黒の機影。
その中に、たった1機だけが真っ白に塗装されている。
白い機体が、こちらに武器を向けた。
そして、筋雲を引きながら、弾頭らしき何かが飛んできた――
電子音のアラームが鳴るより早く、ユーリ軍曹は告げる。
「行くぞ、ヤツらを落とす――」
複数の機影が青白い炎の尾を引いて、こちらに向かってくる。
ただの機動兵器、ただのストライカー。たった数機――
シミュレーターでこれ以上に苦しい状況を体験しているし、ユーリ軍曹の操縦技術はわたしよりもずっと上だ。
何も心配することなんてない……はずなのに――
――どうして、わたしは不安になっているんだろう……?
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