第2章:白き翼、黒い化身 2

 UNBCブリザードは作戦地域に到達し、地形に身を潜めているという状況だ。


 僕はコクピットの後席に乗り込みながら、データリンクで得た情報やタブレット端末で情報を整理していた。

 

 ルクスのコクピットからでは得られる情報は多くはない。

 だが、出撃直前のストライカーパイロットに必要なのは覚悟だけだ。



 

 作戦開始時間――出撃まで、残り少ない。

 

 今回の任務は強襲制圧任務。

 武装集団のリーダーである『ストレーガ』の確保、そのためにテロ組織の拠点を襲撃する。

 制圧を見計らって、国連軍の部隊が標的を確保――


 ストライカーを運用するミッションとしては、とてもシンプルだ。

 単機で拠点を攻撃し、迎撃機を撃ち落とす。


 衛星写真や地形情報から察するに、戦力規模はそれほどでもない。

 情報部からは、現地戦力は旧型の装甲車両や第1世代のストライカー程度の部隊しか存在しないという報告だ。



 このブリーフィング内容からでは、ストライカー単独――それこそルクスを使うまでもない作戦のような印象を受けるだろう。


 たかがテロリストグループ、その辺境の拠点。そんなところに偶然訪れた世界中から指名手配されている女。


 

 地球の全ての国家から恐れられている『白き魔女ストレーガ』――

 『国境なき戦士達BW』の実態が解明されず、そのリーダーであるストレーガ本人も逮捕されていない。


 だからこそ、今回もそう簡単に彼女を捕らえることは難しいはずだ。




 ブリッジではああ言ったが、僕は10年以上も前のやりとりを全て覚えている。

 あの女はそう簡単に尻尾は出すはずがない。


 ――これは罠だ。


 ストレーガやBWはルクスをどうやっても手に入れたいらしい。

 これまで何度も逮捕や暗殺が失敗している対象が痕跡を残している。

 国連軍としては、なんとしても逮捕したいはずだ。

 地球人類の軍警察――統合軍事組織のプライドを保つためにも必要だろう。



 ブリーフィングでフォーカスされた地図情報はごく一部だ。

 開けた地形にある拠点――荒野の中に偽装された隠蔽基地、そこがはっきりと映っている。

 草も生えていない荒れ地に整備された路面、ストライカーや航空機を入れられそうな大きさの格納庫、電波塔や送電線、その様相は明らかに軍事基地のそれだ。

 駐車されている装甲車、輸送ヘリ、積み上げられたコンテナ、それらの情報から戦力情報を予測することができる。


 正規軍でも偽装工作は行われてきた。

 空軍基地に駐機している機体をダミーバルーンに変えたり、偽の滑走路を作ったり、ハリボテの建築物をいくつも建ててみたり……


 それはテロリストでも同じだ。

 中でも、BWは正規軍とそう変わらない装備と資金を蓄えている。

 だから、その偽装技術は軍と同等か、それ以上だ。


 

 おそらく、予想されていた戦力規模も誤りだろう。

 ストライカーは間違いなく配備されているが、第1世代機だけではないはずだ。


 国連軍空中プラットフォーム基地『E01』での戦闘で、ルクスの性能を目の当たりにしている。

 並大抵の機体では対処できないことは明確だ。


 どこかで切り札を切ってくるに違いない。

 それが何かはわからない。

 ストレーガという女は、冷酷で、大胆で、気まぐれだ。


 あらゆる状況を想定しなければならないだろう。

 質か、量か、どちらで攻めてくるかはわからない。

 ルクスの性能は「あらゆる状況」に対応することはできるが、場合によっては作戦を変える必要もある。



 ――ルクスを出したくはないが……


 しかし、ヒカリを単独で実戦に参加させるのは早計だ。

 彼女はまだパイロットとしての判断能力を備えていない。

 自力で判断するのはもちろんだが、並列思考を保ったまま機体を操縦ができないといけないのだ。


 彼女は頭の回転が早い。

 だが、同時に相反する思考を両立することができていないのが現状である。


 ストライカーパイロットに限らない話だが、機動兵器の真っ向からの撃ち合い――機動戦では「攻撃思考」と「防御思考」が存在する。

 先制攻撃で有利な状況を手繰り寄せ、いかに敵に攻撃を命中させるかを『思考』する。

 一方、攻撃を受けたパイロットは敵からの射撃をどのように回避するか、もしくはいかにして最小限のダメージにするかを『思考』しなければならない。


 三次元での立体機動を行いながらも、敵や自分の攻撃を判定し、精査する。

 ストライカーパイロットに求められるのは『動体視力』や『反射神経』などと声高に言われるが、そのほとんどは間違いだ。

 自分の命と機体を上官や戦術士官に全て託すというなら、話は別だが。



 攻撃と防御というものは両立することは難しい。

 東洋の言い回しにある『攻防一体』は、三次元戦闘においては存在しない。

 敵に攻撃をさせる機会を奪えば、防御をする必要が無い。

 しかし、戦闘は必ずしも1対1という状況を許してくれるわけではないのだ。


 

 攻撃と防御を切り替えるのではなく、現状の比率がどちらに傾倒しているかを把握することが重要である。

 ヒカリは攻撃に傾倒し過ぎているあまりに、防御的思考が出来ていない。

 敵からの攻撃に対して、ほぼ反射的に回避しているだけだ。

 回避後、敵にどう狙われるのか、いかにして攻撃に転じるか、それを考えていない。


 ルクスというストライカーは非常に攻撃的な機体と言える。

 極大射程のレールガン、レーダーやセンサーに反応しないBID、これらの武器はあらゆる状況で『攻撃』に転じることができる強力な兵装だ。

 それ故に、ヒカリはルクスを過信し過ぎている。


 彼女をS3のような通常のストライカーに乗せたとしても、訓練兵に毛の生えた程度の実力だろう。

 神経接続で脳と機体の基幹システムを繋ぐ『プロジェクト・ヘイロー』というシステムが、そんな素人同然の少女を一級のパイロットにしているということでもあった。




 ――ルクスは、危険だ。


 ヒカリの父、シンジ博士の作った『P・Hシステム』とルクスは戦場どころか、世界を震撼させてしまうような代物なのは間違いなかった。

 これをテロリストなんかが手に入れてしまったら、どんな「最悪の展開」が訪れるか、想像もできない。


 これは、大量破壊兵器に代わる――――新しい大量殺戮兵器だ。


 1人のパイロットが、たった1機の機動兵器が、戦場を覆してしまう。

 紛争、戦争、そうした武力衝突を根本から変えてしまうだろう。



 ルクスも、ヒカリも、どちらも守らなければならない。

 それは任務でもあるが、それ以上の意味もある。

 

 それを、僕の師であったゲイツから引き継いだ。

 非常に困難な使命だが、逃げるつもりはない。



 



「――すみません、お待たせしました!」


 コクピットを覗き込んできたのは、専用のパイロットスーツに身を包んだヒカリだった。

 同じく、彼女専用に作られたヘルメットを手にしている。

 普通の規格とは全く異なるパイロットスーツ、それは彼女の体質と『P・Hシステム』の恩恵を最大限に発揮するために必要な装備だ。



 時刻はもうすぐ出撃予定時刻だった。

 あと十数分もすれば、発進することになるだろう。



「ヒカリ、調子はどうだ」


 慌ててコクピットの前席に乗り込もうとしていたヒカリが、こちらを見た。


 顔色が良くない。

 明らかに緊張し、高いストレスでコンディションを崩しているのがわかる。

 唇が乾燥し、目が充血している。きちんとした休憩が取れていないらしい。



「大丈夫です――」


「睡眠は何時間取ったんだ?」

「――えっ?」


「どれくらい寝たかを聞いている」

「た、多少は……」


 ――ほとんど寝てないな……?!


 おそらく、精神的な要因で充分な休憩ができていないのだろう。

 国連軍のパイロット規定で、実働任務前に8時間以上の休息あるいは4時間以上の就寝が義務化されている。

 それは教官であるゲイツが教えることのはずだが、ヒカリ個人がそれを実践できていないのは問題だ。


 本来なら、コンディションが悪いヒカリを出撃させることはできない。

 だが、ここは軍ではなく、民間軍事会社PMCだ。

 リスク管理より任務オーダーが優先される。



「……後続の国連軍部隊との連携上、出撃時間をずらすことはできない。このまま出撃するぞ、いいか?」


「問題ありません……」


 ――どちらにしろ、出撃するしかないが……


 僕はヘルメットを被り、機体のシステムとスーツのデバイスを同期させる。

 同時に機体のシステムのいくつかを稼働状態に移行させた。


 ヒカリが前席に乗り、コクピットブロックを閉鎖。

 そのままコクピットが機体胴体に格納されたタイミングで、出撃予定時刻となる。


 メインモニターが起動し、ルクスの頭部センサーが捕捉している外界を映し出す。



『ブリザードCICよりエックスレイ1――』


「エックスレイ1、発進まで待機中」


「――火器管制、スタンバイです」

 ヒカリからの報告を受け、ルクスが出撃可能な状態に移行。

 あとは母艦であるUNBCブリザードから飛び立つだけだ。


 すると、格納庫のハッチが開き、外の景色が見えた。

 激しく荒れる海、その波が打ち付けられる氷山。その白い山肌を越えて内地へと飛べば、ストレーガが待ち構えている荒野へと続いている。


  

 不安要素の多い作戦ではあるが、我々に逃げるという選択肢は与えられていない。

 しかし、ここでBWを叩かない理由は無い。

 ルクスに手を出せば痛い目に遭うと示すだけでなく、おまけにストレーガを逮捕することができれば上々だ。


 そう上手くいくとは思わないが、逮捕するのは僕らの仕事ではない。

 

 

『――発進を許可します』




「エックスレイ1、ルクス……出るぞ」


 操縦桿上部のスロットルホイールに親指を掛けながら、フットペダルを踏み込む。

 

 カタパルトで射出され、格納庫外に飛び出す。

 Gと痛みと共に、僕らは真っ白な山肌に沿って飛行する。


 現地には、数分で到着する予定だ。


 また、母艦に帰れる保証は無い。

 それでも、僕は生きて帰らなければならない。



 それが、僕の存在理由だからだ――

 

 

  



  

  


 

  

 

  

 

 

 

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