第2章:白いストライカー 5

 ユーリ軍曹とヒカリの模擬戦は、推進剤の枯渇という理由で終わった。

 この短くない模擬戦の中で、ヒカリは32回もの被弾判定が結果として残っている。

 

 それでも、私が『終了』を言い出さなかったのは、単にヒカリという少女を屈服させたかったわけではない。

 『ゴースト』と呼ばれたエースパイロット、ユーリ軍曹の実力を見たかったからだ。



 彼の実力は完璧と言えるものだった。

 機体の性能差を覆し、長時間の戦闘でも集中力を切らさず、攻撃も回避の精度も落ちなかった。

 それはもう、人間業ではない。


 ヒカリが短期間で猛特訓していたのは知っている。

 だが、ユーリ軍曹も同じくトレーニングに励んでいた。

 彼の場合、機体の調整と耐G能力の向上といった具体的な項目の存在が大きい。

 一方、ヒカリはただシミュレーターで連戦していただけだ。



 記録映像やログを見ても、その差は言葉にするまでもない。

 おそらく、ユーリ軍曹はヒカリのシミュレータのログも取得しているに違いない。

 これまでの仕事ぶりやパイロットとしての性格を考慮すれば、彼が準備に妥協することは考えられなかった。

 だからこそ、ユーリ軍曹はルクスという高性能機を相手にしても被弾することなく勝つことができたのだ。



 

 私はブリッジにいた。

 時刻は深夜。通信士や戦術士官は休憩し、ここにはほとんど人がいない。


 そして、私はユーリ軍曹を呼び出していた。

 模擬戦の記録を確認しながら、報告書を作成。残るはパイロットの調書を取るだけとなっている。


 ヒカリはこちらから自室に赴き、話を聞いた。

 帰還直後の彼女は疲労困憊だったのもあったが、機嫌は悪くなかった。


『――あの人は、本当に手強いですね』

 ヒカリはユーリ軍曹の実力を認めた。

 だが、負けを認めていたわけではない。


 彼女にとってユーリ軍曹は『師』というよりは、『好敵手』に近い関係になったように思える。

 ルクスを復座運用することに関して、異議を唱えるような真似はしないだろう。

 だが、自信を取り戻した暁には、再び模擬戦で優劣を決めようとするはずだ。

 

 ――それまでに、部隊の再編成が行われたらいいけど……


 戦力になるストライカーが最新鋭機か、カスタムされた量産機のどちらか1機しか動かせない。

 それでは、あまりにも危険な状態と言える。


 最小単位での運用も出来ず、ルクスに関しては予備パーツはあっても予備機は無い。

 S3は予備機も含めて2機と3機分のパーツがある。

 本来なら、ルクスは出さずにS3の2機運用を実施するべきだ。

 しかし、ストライカーパイロットはユーリ軍曹しかいない。


 私が搭乗してもいいが、それではブリザードの指揮ができなくなる。

 それに艦だけでなく、部隊そのものの責任者でもあるのだ。

 簡単にパイロットに鞍替えすることも、危険を冒すこともできない。


 ――本当に、面倒ね……



 瞼を閉じ、溜息を吐く。

 我々は軍隊ではない。軍の正規部隊よりはマシな装備が与えられているのは間違いないが、人や装備の補充が約束されていることなんてありはしないのだ。

 だから、充てられた人材だけで任務を達成しなければならない。



 機密ドアの開く音がして、硬いブーツの足音がブリッジに響く。

 ブリッジクルーはブーツを着用していないし、戦闘部隊の隊員が使っているコンバットブーツは柔らかくて軽い。

 消去法的に、それはユーリ軍曹のものだということになる。


 そして、当の本人が私の前にやってきた。

 相変わらず、仮面のような無表情の表情をしている。

 その感情を見せないような顔を見ていると、理由が無くても苛立ってしまう。



「――通達通り、ブリッジに集合しました」

「楽にして、軍曹」


 ユーリ軍曹はパイロットスーツのままだった。

 先ほどまで、哨戒任務に就いていたのだからしかたないことなのだが。



「ヒカリとの模擬戦、どう思ったかしら?」


 単機同士での戦闘でも、空戦というものは十数分で決着がつくと言われている。

 それが総勢100以上の戦力同士のぶつかり合いだとしても、10分で勝敗が決まるのだ。


 それを意図的に引き延ばし、1時間近くまで続けた。

 さすがにエースパイロットと呼ばれている軍曹でも、こんな経験は少ないだろう。



「いえ、特にありません」


「……は?」

 

 ――特に、ありません……だと?!


「どういう意味かしら……?」


「模擬戦の結果は、想定通りの内容でした。ですから――」

「だから、『特に無し』と?」


「そうです」

 ――何を言ってるんだ、この男は……?


 確かに、圧倒的な展開ではあった。

 ヒカリがルクスの性能を充分に引き出していたとも言えない。

 だからといって、何の感想も抱かないということは無いはずだ。



「パイロットとしての、ヒカリはどう?」


「彼女の反射能力は高いですが、感情的になりやすいのが問題点です。耐G能力が高いせいか、マニューバに迷いが少なく。それにより無思考のままアクションを実行している傾向があります。本来なら――」


 ――それはわかりきってることでしょう。


 パイロットとして適切な訓練を受けた人間なら、ユーリ軍曹と同じ感想を抱くだろう。

 私にだって、それくらいわかる。

 だから、それ以上のことを――


「――それで、あなたはヒカリと組むことに異論は無いの?」

「問題ありません」

 ――そう言うでしょうね。


「あなたなら、ルクスを出すべきではないことくらいわかってるでしょう?」


 ヒカリとルクスを失わないためには、そもそも出撃させなければいい。

 しかし、スポンサーである『タカノ・インダストリアル』からはルクスの戦闘データの収集を命じられている。それを無視するわけにはいかない。



「わかっています」


「なら――」

 ――あなただったら、どうする?


 民間人と唯一無二の最強の機動兵器、それを守る最善手。そんなものが存在するかもわからない。

 私にだって、どうすればいいものか……



「――僕とヒカリが乗ることで、ルクスは最高戦力になります」


 彼の答えは、私が強いたものだ。

 それでも、彼はそれを受け入れてしまうのだろう。



「僕がルクスのスペックを最大限に引き出して、生還してみせます――」


 彼の実力なら、それも可能だろう。

 持て余すほどの機動性を、彼ほどのエースなら充分に使いこなせるはずだ――



「――それに、ヒカリしかルクスの専用武装を使えません。今回の模擬戦で彼女は僕のマニューバを知りました。これなら射撃と機動を合わせられるはずです」


 彼は諦めているわけではない。

 ただ、命令を受け入れたわけではなく。彼なりの最適解を見つけようとしているのだろう。

 パイロットなら、全てを自分でコントロールしたいはずだ。


 最新鋭機を乗りこなすのはパイロットとして、最も有意義な体験だ。

 それを、彼は捨てた。

 任務に徹するというだけでなく、自分が置かれた環境そのものを改善しようとする姿勢。それは誰にでもできることではない。


 プライドがあるエリートパイロット、金を欲する傭兵、彼はそのどちらでもない。

 自分のために、誰かのために、理由は何でもいい。

 ユーリ軍曹は最善の選択肢を手繰り寄せることができるだけの素質がある。


 彼に、私達の命運を託すしかないのだ。



 

「わかりました。以後、ルクスとヒカリに関する内容は軍曹に一任します」


 世界最高峰のエースパイロット、その元相棒。

 ユーリ軍曹は特別な人材だ。元テロリストという経歴があっても、それを払拭するだけの実力を持っている。


 そんな彼に教官とストライカー部隊の指揮官を兼任させてしまうのは酷だと思うが、他の誰にも任せられない。



「訓練計画をまとめ、私に提出してください。以上です――」


「――了解です」


 軍曹は敬礼してから、背を向けてブリッジを去った。

 


 艦内では、まだ彼への偏見や悪評が続いている。

 今すぐは難しいが、いずれは収めなければならないだろう。


 だが、ルクスの実戦投入が始まれば――それも無くなるはずだ。


 S3をあれだけ自由に動かせる彼がルクスを自由自在に操縦したら、どんなことになるのだろうか――


 元パイロットとして、指揮官として、彼の上官として、とても楽しみだ。

 それもが見られるのも、そう遠い話ではない。


 状況は必ずしも悪くなるわけではない。

 ユーリとヒカリは、私達の希望になる存在だ。

 2人が存分に戦えるように支えるのが私の役割だろう。


 ――もし、最悪な戦況になったとしても……


 最新世代ストライカーのルクス、エースパイロットのユーリがなんとかしてしまうのではないかと思ってしまう。

 もちろん、楽観視はできない。


 だが、不安も大きいが、期待も同じだけ存在する。

 まだ、最悪ではない。

 それが事実だ。

 

 これまでも綱渡りの状況を続けてきたが、それは今も変わらない。

 諦観してきたこの状況を、これからは変えられるようになる。

 きっと、ユーリ軍曹が打開してくれる。


 そんな希望を、垣間見ることができた。

 ヒカリにとっても、私にとっても、この模擬戦でプロフェッショナルな彼の一面を知ることになった。


 最高ではないが、最悪でもない。

 本来なら頭を悩ませるのが普通だろう。

 だけど、私はほっとしていた。



 少なくとも、何かを任せられる相手ができた。

 それがとても、嬉しかったからだ――

  

 

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