第2章:白いストライカー 4

『――状況開始、エックスレイ1の交戦を許可します』

 女性オペレーターの声が耳に届くよりも早く、正面に見えている機影に照準を重ねる。

 フルスロットル、最大加速でユーリ軍曹のS3に急接近。

 

 一気に距離を詰め、一瞬で撃墜する――!


 ガンカメラのウィンドウいっぱいにS3のシルエットに映り込む。

 必中の距離感、相対速度、機体の反応速度の差。ここでトリガーを引けば、間違いなく『撃破』することができる。


 ――そのはずだったのに……!


 トリガーを引き、機関砲を発射。

 だが、手応えは感じず、ミランダさんからの制止も無い。

 接近しての攻撃とはいえ、母艦から確認できるはずだ。

 それに、ストライカーに搭載されているセンサーが被弾を検知することになっている。

 

 つまり、当たっていないということだ。



 一瞬で距離を詰め、一気に攻撃した。

 ルクスの機動性ならば、不意を突くのは簡単だ。

 それをユーリ軍曹は回避したらしい――

 

 機体を急上昇させ、周囲を警戒。

 突貫した際に機影を見失っていた。それでも探し出すのは難しくない。

 次の瞬間には、センサーが機体反応を拾っている。


 反応がした方向に回頭すると、機影がこちらに向かってきていた。

 青白い炎の尾を引いて、S3が迫る。

 即座に照準を重ね、ガンカメラの映像を注視。

 

 ガンカメラ中央のレティクルを機影に重ね、トリガーを引く。

 機関砲から曳光弾が吐き出され、S3に向かって飛んでいく最中――

 

 突然、S3の姿がガンカメラから消えた。

 ――どうして!?


 フラッシュの明滅のように、機影は突然消えてしまった。

 

 航空機動兵器であるストライカーに、そんな突飛な機動ができるはずがない。

 マニューバには何かしらの予兆がある。それを見抜けなかった。

 

 咄嗟に機体を加速させ、ユーリ軍曹からの攻撃に備える。

 周囲にS3の姿は無い。おそらく、ルクスの機動性に追従できていないのだ。

 

 ――カスタムされたS3でも、追いつけるわけない……!


 急加速、急制動、急旋回、ピーキーな機動性を持つルクスにだけ許されたマニューバ。

 それを駆使すれば、どんな機体であろうと撃墜できる――はずだ。


 

 強引に機体を回頭、急旋回。

 シミュレーションで何度も練習した、高速巡行状態からの後方への振り向き――それは実機でも上手やれる。


 身体が捻り切れそうな痛みと共に、視界がぐるりと動く。

 スラスターの青白い残滓、機体の端から伸びる筋雲、そこにはS3の姿があった。

 距離は目前、両腕の機関砲の有効射程内――

 

 ――当たって!

 反射的に照準を操作しながらトリガーを引く。

 光弾がS3に向けて飛んでいくが、掠りもしない。


 減っていく残弾数、センサーが観測した相対距離、迫り来るダークグレーの機影、それは仮想空間での戦闘訓練と何も変わらない。

 Gの感触、緊張感、それが足されただけなのに全く別のように感じた。


 ――だからって、負けない!



 20ミリ機関砲の曳光弾を避け続ける、S3の機動は普通ではない。

 きりもみ回転、短い切り返し、まるでアクロバットのようだった。

 そんなものは実戦では役に立たない……はずだ。


 回避しながらも距離を詰めてきて、右手に持っているカービンが持ち上げられたのが見えた。

 ならば――あの手しかない。


 ストライカーは人型兵器だ。

 だが、航空兵器としての性能を発揮するには、頭部を上にして直立した姿勢で巡行飛行する必要がある。高い推力を発揮する機体は前傾姿勢になることもあるが、ほとんどの機種はスキージャンプの空中姿勢のような体勢が基本である。


 だから、頭上を飛び越す相手を攻撃するのは非常に難しい。

 プロペラで飛んでいた時代から続く、背後を狙い合うドッグファイトは今でも通用する戦術だ。


 急加速、急旋回、これを連続で実行できる高出力スラスターとジェネレーター、細かい操作をフィードバックする特殊システム。

 ドッグファイトでルクスに勝てる機体など存在しない。



 ――これで……決める!


 フットペダルと操縦桿で姿勢制御とスラスターノズルの偏向動作を入力。

 同時に操縦桿のスロットルホイールを一瞬だけ最大まで動かす。


 急上昇と急旋回のコンビネーション、普通のストライカーではスピンによるコントロール不能から回復するのに時間が掛かってしまうことだろう。

 細かい動作や同時入力に対応できるシステムと高推力スラスターの恩恵を発揮できるマニューバの1つだ。


 

 振り向くと同時に、狙いを定める。

 交差したばかりのS3、その未来予測位置に右腕の機関砲を向けた。


 ガンカメラ越しに見えた視界には、S3がはっきりと映り込んでいる。

 だが、それは妙な光景だった。


 S3より頭上にいて、高度を取っている。

 それなのに――


 S3の前面が「こちらに」向いていた。

 右腕に持っているカービン、その銃口がはっきりと見える。

 わたしがトリガーを引くよりも早く、カービンの銃口から光弾が飛び出す。


 ――避けられない!

 わたしは思わず、瞼を閉じてしまった。

 

 想定していた通りの軽い衝撃、振動、センサーが反応しての電子警告音。

 言い逃れできないほどに、確実な射撃だった。


 被弾、それはわたしの負けを意味するものだ。





 S3はそのまま距離を取り、待機するようにその場に留まる。


『エックスレイ2よりブリザードCIC、判定はどうか』


 感情も、疲労も、何も感じ取れないような冷淡な声。

 ユーリ軍曹の声色に、思わず寒気がした。


 彼にとって、この戦闘は苦戦すらしていない。とでも言うかのようだ。

 短時間とはいえ、高性能機同士の機動戦をしていた。Gや激しい機動で揉まれれば、どんなパイロットでも息切れくらいしてもいいのではないだろうか。

 機動性で横に並ぶ機種がいない最新鋭機とドッグファイトをして、微塵も疲れていないはずがない――



『――何をしてるの軍曹、まだ模擬戦は終わってないわよ』

 無線から流れるミランダさんの言葉に、わたしは疑問を抱く。

 機体のステータスをモニターしている以上、被弾時のアラートはブリッジでも検知しているはずだ。

 それなのに、ミランダさんはルールを無視して模擬戦を続行させようとしている。



『……了解、戦闘を続行する』

「――えっ、ちょっと――」


 ユーリ軍曹のS3が加速、こちらに向かって突撃。

 反射的にトリガーを引き、機関砲で弾幕を張る。それでもS3はいとも簡単に弾幕をすり抜けてきた。


 ――どうして当たらないの!?


 火器管制の機動予測が追い付いていないのだ。

 よく見ると、上下の高度差を使って回避している。

 本来、ストライカーという機動兵器はスラスターを常時推進している状態が当たり前だ。


 だが、ユーリ軍曹のS3は奇妙な動きをしている。

 メインスラスターを瞬間的に停止させたり、姿勢制御用のスラスターで機動を曲げたり、そういった微細な操作によって最小の機動変更で回避を成功させている。

 本来、ストライカーの操縦系ではそこまで詳細な操作はできないはずだった。



 基本的な動作やマニューバの多くを自動化し、安価で、大量に配備できるのがストライカーという兵器だ。

 戦技研究は行われているとはいえ、意図的に失速させられるような危険なマニューバが実用化されるわけがない。


 

 ふと、ルクスを弄ろうとしていたユーリ軍曹の言葉が脳裏を過ぎった。

 『――操縦系の仕様を変更している』

 それはつまり、彼の手によってストライカーという兵器が改変されているということだ。

 旧世代の機動兵器にありふれていた『超高性能化オーバースペック』、それを彼は目指しているのだろうか。


 

 

 まっすぐ突っ込んでくるS3を避けようと、横方向にスラスターを噴かす。

 Gの影響で軋むような痛みが全身を襲う。

 医療用ナノマシンのおかげで後遺症や気絶のリスクが無いとわかっていても、痛みのせいで気が滅入っていた。


 

 また、警告音が鳴る。

 なんとか回避したつもりだったのに、死角から攻撃されてしまったらしい。


 ユーリ軍曹は姿勢制御を完全にコントロールしているのだろう。

 本来なら直立した状態を保つはずの飛行姿勢を意図的に崩してまで、旋回や回頭に傾倒した仕様に変更しているのだ。


 だから、不安定な姿勢でも精密に射撃したり、すれ違いざまに撃ち込むなどという芸当が出来るのだ。

 

 ストライカーでの空戦においては、正対したままでより速く、より正確に撃ち込むことが求められる。

 だが、ユーリ軍曹がしていることはそれよりも高度な技術が必要だ。


 超人的な動体視力、敵の機動を完璧に予想できる経験値、衝突や被弾を恐れぬ度胸、ストライカーパイロットが持つべき素養の理想値を遙かに上回るものに違いない。


 

 ――わたしがしてきたのは、なんだったの……?


 何時間も費やしたシミュレーション、それが無駄なわけがない。

 だが、ユーリ軍曹はあまりにも異質だ。

 あんな動きを仮想空間で再現するのは非常に難しいだろう。


 機体のデータを欲しがったのは、スラスターごとのパラメーターや各部のバランスを完全に把握したかったからだ。

 そうして、常にアクロバットが出来るような『スペシャルなOS』に書き換えてしまう。




 正面に捉えようとしても、あっという間に見失う。

 センサーを頼りに旋回すれば、マニューバを読まれて狙い撃ちされる。

 しかし、回避だけしていても反撃のチャンスを得られない。


 ユーリ軍曹は単なる一撃離脱を繰り返しているわけではなかった。

 普通のストライカーならば、交差後に旋回に時間が必要になるが、ユーリ軍曹の調節によって「その場」で瞬時に任意の方向に旋回できてしまう。


 だからこそ、一瞬も気が抜けない。

 油断してはいけない――



 牽制で機関砲弾をばらまき、揺さぶりをかける――――が、上手くいくはずもない。

 そして、このまま距離を詰められ、衝突寸前の距離で機動が逸れる。この瞬間に死角に回り込まれてしまうのだ。

 このパターンだけは変わらない。上下左右、ランダム性はあるもののユーリ軍曹は同じ手法を用いていた。

 

 ――わたしにだって……!


 ルクスに搭載されている操縦システムは飾りのようなものだ。

 基幹システムは、わたしの脳と繋がっている。

 通常の操縦系ベーシックOSで追いつけないなら、わたし自身が反応すればいい――


 システムにアクセス。脳とのリンク制限を取り払い、操作系をコクピット機器からではなく、わたし自身が大半の操縦を管理。

 理論的には、思考しただけで機体の制御が可能になる――はずだ。


 ――これなら、負けない!



 加速で一旦引き離し、回頭。ユーリ軍曹を待ち受ける。

 何度も繰り返されてきた突撃、迫ってくるグレーの機影にも慣れてきた。


 トリガーを引き、機関砲を発射。

 すると、珍しくユーリ軍曹が応射してきた。飛来してくる曳光弾を避けるために横方向に加速。

 

 操縦桿のスロットルホイールを深く入れようとした瞬間、嫌な予感がした。

 S3のカービンの銃口が、不自然な方向に向けられている気がする――


 全身を痛めつけるGの感触が始まった直後、S3のカービンから発砲炎マズルフラッシュが見えた。

 そして、銃口から飛び出す光弾――


 ――しまった、読まれてた!?


 横方向への回避機動、それを見越したユーリ軍曹の予測射撃。

 曳光弾の弾道上に、わたしはそのまま飛び込んでしまう。


 加速し始めた、最もコントロールができない機動部分、そこを狙われた。

 眼前に迫ってくる光弾に、反射的に反応してしまう。




〈自衛要撃プロトコル:アクティブ〉


 視界に通知された内容、訓練で数回表示されたことがあるものだ。 

 それの意味するものは――!


「――だ、だめっ!」


 頭部センサーに曳光弾が着弾し、火花に変わる寸前。

 ユーリ軍曹のS3にロックオンマーカーが重なっているのが見えた。

 機体のステータス表示から消えるバックパックの一部分――


 ――BIDが起動してしまう!


 基幹システムの自衛用パターンの一部、遠隔操作が可能な小型攻撃機を飛ばす「BID」の要撃モードが発動してしまった。

 小型機から照射されるレーザーはストライカーの装甲を溶解し、容易に破壊することができる。


 カスタムされたS3でも、耐えられるわけがない――



 曳光弾の着弾で頭部の光学センサーが焼き付く。

 数秒間の補正処理の後、これまでと同じように鮮明な映像が表示される。

 そこにはS3の機影は無かった。


 BIDの攻撃精度は高い。並大抵の機体ではレーザー照射から逃れられることは難しいだろう。

 一瞬で視界外から消え去る以外に方法は無い。 



 基幹システムから直接操作に切り替えたせいで、わたしの強いストレスや防御反応にシステムがダイレクトに答えてしまったのが原因だ。

 そのせいで、ユーリ軍曹が……



 突然、衝撃がやってくる。

 そして、電子音のアラームが流れた。


 機体の動体センサーが、自機の後方に反応を捉えている。

 この空域の安全は確保されている……ということは、ユーリ軍曹のS3しかない。


 ――よかった、無事だったんだ……


 仮想空間でのシミュレーションでは、BIDの命中率はほぼ完璧だった。

 回避不能、対処不能――それを打ち破ることができたのは、ユーリ軍曹が初めてだ。


 一安心したのも束の間、機体が何度も揺れる。

 鳴り続けるアラート、被弾を知らせる警告音。




『――どうした、エックスレイ1? もう降参か?』 


 相変わらず、感情の起伏が無いような声色にわたしは苛立ってしまう。

 死ななくてよかった、と一瞬でも思ったのが馬鹿馬鹿しい。



「……まだ、やりますっ!」


 何度繰り返したかわからない交差。その度に被弾し、アラートが鳴る。

 実機でしか得られない経験、出会ったことのない敵、その体験にわたしは興奮していた。


 徹底的な敗北。

 被弾した数だけ、わたしは殺される可能性があるということだ。


 わたしは、強くならなければならない。

 ユーリ軍曹ならば、すぐに追い付いてしまうなんてことはないだろう。

 だから、追い続けてみたい。


 ――この人を、超えてみたい。


 Gに揉まれ、嘲笑うようにアラートが鳴り、こちらの射撃が掠りもしない。

 それでも、わたしにとっては――充実した時間に思えた。


 

 

 

 

 

 

 

 

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