第2章:白いストライカー 3

『――エックスレイ1、発進準備はどうですか?』


 ヘルメットの中にあるヘッドギアから女性の声が聞こえる。

 強襲母艦ブリザードのブリッジにいるオペレーターだ。


『緊張していませんか?』

 女性オペレーターがわたしを気遣うように声を掛けてくる。


「問題ありません、行けます」

 わたしがそう言うと、ブリッジからのデータリンク申請が来た。

 母艦とのデータリンクに接続。間もなくして、通信が切り替わった。



『――ヒカリ、聞こえるかしら?』

 UNBCブリザード艦長にして、この部隊の指揮官であるミランダ・バーンズさんの声だった。


「はい、聞こえてます」


『改めて、この模擬戦について確認するわね』

 

 この模擬戦は、最新鋭ストライカー『OHSーX1』〈ルクス〉の搭乗員を決めるためのものだ。

 わたしはこれまで何時間も訓練を受けたし、機体のシステムにも精通している。

 ルクスの装備を使いこなしている自信はあった。

 だからこそ、信用できない人に機体を預けるわけにはいかない。


 わたしだけでも、ルクスは充分戦力になるはずなのだ。



『今回、お互いに機関砲またはマシンガンのみを装備してもらってる。装填しているのは曳光弾、つまり被弾してもダメージは無いし、より接近しないと当たらない――』


 わたしは実機での戦闘訓練は経験したことが無い。

 だが、同じ操縦システムで仮想空間での模擬戦は何度も経験した。

 先日も、元ストライカーパイロットであるミランダさんとも模擬戦をしていた。

 負ける気がしない。



『ユーリ軍曹のS3は右手のマシンガンのみ、ルクスは両腕の機関砲以外の装備は外させてもらっているわ。バックパックのBIDはバランサーの影響があるから装備したままだけど、模擬戦中は使用しないように』


「――はい」


 BIDのレーザー照射装置は出力を制限することができない。

 デバイスの操作性を追求した結果、出力を変更するようなシステムになっていないのである。

 むしろ、戦闘状況で出力を制限する事態は考えられないのだから、問題は無い。




「エックスレイ2――ユーリ軍曹は既に空域で待機してるわ。発進後、会敵したらすぐに模擬戦を開始。私が『終了』と言うまでは模擬戦を続行するように」


「了解です」

 あとは火器管制システムを起動させるだけで戦闘準備は完了。

 その前に、基幹システムに神経接続する必要があった。


 ステータスチェックは終わり、システムのテストは無事に終わっている。

 コンソールモニターで操作して、神経接続を開始。

 一瞬、電流が走ったような感覚が全身を駆け抜ける――――それと同時に、視界に情報が流れ始めた。

 ステータス表記、データリンク情報、センサー情報、それらの数字がシステムによって戦術表示に変換され、個々のウィンドウや透過表示に切り替わっていく。


 火器管制システムが稼働し、視界に両腕の機関砲に装備されたガンカメラの映像が追加された。

 頭部の光学センサーから得た外界の景観、腕のガンカメラの映像、戦術情報ウィンドウ、いくつもの情報と映像でいっぱいの視界。

 それらはルクスに搭載されたシステムによって、わたしの脳に送られている情報だ。


 初めて接続した時は強烈な頭痛で、シミュレーターの中で嘔吐してしまった。

 もう慣れたが、接続した直後は猛烈な違和感がある。

 その違和感もすぐに失せ、拡張された感覚に身体が馴染んでいく。



「……エックスレイ1、ヒカリ――出撃準備、完了です」


 格納庫のハッチが解放され、そこから赤みが混じった陽の光が差し込んでくる。

 夕方の光量が強い時間帯、光学センサーが光量を感知して視界を調整。

 眩しいと感じた光景にすぐ順応した。



『これより発進シーケンスに入ります。エックスレイ1は衝撃に備えてください』


 機体各部を固定している装置が外され、脚部と胴体に接続されたカタパルトユニットのみがルクスを格納庫に立たせている。

 

『電磁カタパルト、射出準備――』


『エックスレイ1、スラスター点火!』

「スラスト・スタート」


 操縦桿に付いているスロットル・ホイールのロックを解除、スラスターをアイドル状態からじわじわと出力を上げていく――


『――射出、5秒前』


 意識を前方――遙か向こうで待機している機体、『AIS-S3』〈ストライカーⅢ〉に集中する。

 強襲母艦〈ブリザード〉の格納庫から、ユーリ軍曹機の機影を補足できていた。



『――4』


 S3にルクスの余剰パーツや装備を搭載した、高機動型のストライカー。

 通常のS3とは比較にならないほど機動性は向上しているが、ルクスの性能差は歴然。

 武装は25ミリカービンだけを装備。精度や連射速度が優秀だが、特に脅威となる武装ではない。標準的な射撃兵装だ。

 

  

『――3』


 光学センサー越しに見えるユーリ軍曹のS3は、現在位置に留まるように浮遊しながら待機していた。

 シミュレーター上の仮想的として何度も対戦した機種だ。負ける気がしない。



『――2』


 圧倒的な性能差、搭載しているシステムの精度や能力も勝っている。

 チューンされた量産機が新世代機に勝つ要素など存在しない。


 いくらOSやアビオニクスを調整したところで、性能差を覆せるわけがない。



『――1』


 この勝負、勝ったも同然だ。

 仮想空間上とはいえ、数十時間以上の訓練時間は伊達ではないことを見せ付けてやる。



『ゼロ――』


「行きます!」


 強烈なGと共に、格納庫から射出される。

 即座にスロットルホイールを弾き、ルクスを戦闘速度まで加速。

  

 即座に両腕の機関砲を機影に向けた。

 トリガーに指を掛けながら、視界に映るS3を睨み付ける。



「戦闘システム起動――」


 ――絶対に、負けない!


 私はルクスの正式なパイロット。

 私がどんな戦い方をしようと、誰にもそれを邪魔させない。



「エックスレイ1、エンゲージ――」


 ――私は絶対に、撃墜されたりなんかしない。 

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