第2章:白いストライカー 1

 改めて支給されたパイロットスーツに身を包み、ゲイツ大尉から託されたヘルメットを装着する。

 艦長のミランダ・バーンズ中佐からの許可を得て、僕は機体の調整を行っていた。


 予備機として用意されている〈AIS-S3〉『ストライカーⅢ』。

 最新型である〈OHS-X1〉『ルクス』。

 これらを自分用に調整している途中だ。


 そして、S3の調整と確認のための慣熟飛行を実施したところだった。

 

『――お疲れっす、ユーリ軍曹!』

 格納庫内に着地、そのままハンガーに固定。

 コクピットブロックのすぐそばで待機していた若い作業者に、持ち込んだ端末の画面を見せた。


「誘導ありがとうございます。機体のチェック項目はこれの内容に従ってください。OSやアビオニクスのチェックについては、基本手順の途中まででお願いします」

 

 ヘッドセットを付けていた彼は、僕の言葉を聞いていなかったらしい。

 改めて説明すると、怪訝な表情を露わにした。


「途中って……?」


「チェックプログラムを走らせるとスラスターとアビオニクスの辺りで必ずエラーが吐くようになってます。異常は無いので無視してください、OSについてはセットしているカートリッジを排出しないように――」


「は、はぁ……」

 ――どうやら、理解できていないらしい。


「ともかく、下手に触らないでください。何か問題があれば、僕の個人端末を通して知らせてください」

 僕はそう言って、コクピットから出る。


 格納庫内に固定されたS3は早速、整備士達によって丸裸にされていった。

 この機体は通常の『ストライカーⅢ』ではない。この部隊専用の改造機だ。

 

 性能も、搭載武装も、並の機体とは大きく違う。

 これほどの機体に乗っていても、撃墜されてしまうのだ。

 空戦は過酷だ。いくつもの制約や障害を克服しても、適正だけでは限界がある。



 格納庫の隅にある作業スペース、そこで僕は腰を下ろす。

 固定された作業台、部品や工具を作るためのマテリアルプリンタ、作業工具が入ったケース、そのスペースに設置されている大型端末を操作する。


 S3用に調整したOSや改良した操縦システムのプログラム、それらをこちらの大型端末に転送。バックアップを作成。

 作業を継続しながら周囲を見回すと、作業者に紛れて小さな人影が格納庫の中を歩いているのが見えた。


 それは、ヒカリだった。

 ヒカリ・タカノ、〈OHS-X1〉『ルクス』の正式なパイロット――となる予定の少女だ。


 少し長めの黒髪を後ろに束ね、搭乗機と同じくらいに輝く純白のパイロットスーツに身を包んでいる。

 歪な造形のヘルメットを抱えて、白いストライカーの方に向かっていくのが見えた。


 ――さっさと調整を済ませるか。

 時間を掛けても仕方無い、こういった作業はさっさと終わらせるに限る。

 

 腰のポーチに医療用ナノマシンのアンプルがあるのを確認し、僕もルクスに向かう。


 梯子を登り、キャットウォークを進む。

 すると、コクピットブロックが露出したままのルクスに、ヒカリは乗り込もうとしていた。


 僕はそっと近付いて、メンテナンス用ハッチを開く。

 アクセスパネルにあるコンソールに携帯端末を接続、機体の構成システムや機器配置の情報を確認する。


 

「……何を、してるんですか?」


 コクピットブロックから、ヒカリが顔を出していた。

 どうやらこのコンソールの操作をしていることが、コクピット側に認識されていたのだろう。

 データは吸い出し終わっている、あとはコクピット側の機器でOSを調整するだけだ


「ヒカリ・タカノ、すまないが降りてくれるか?」

 コクピットを覗き込んでみると、前回の時とは違い単座の状態だった。

 どうやら、主要な電子装備類と機体の姿勢制御系のシステムを分離できるコクピットらしい。

 だから、操縦担当と火器管制担当といったように役割を分担できるのだ。


「えっと、これから訓練なんですけど」

 彼女の手には、記録媒体のカートリッジが握られている。

 どうやら、コクピット内でシミュレータを使った模擬戦闘をやるつもりなのだろう。


 だが、彼女に必要なのはそれではない。

 敵も味方も、殺さない。殺させない。その信条を貫くには、彼女自身の操縦技術よりも精神的な問題がある。


 ストライカーを動かすのは、マニュアルがあれば誰でもできる。

 しかし、「戦わせる」となれば、話は別だ。



 自分がどう動き、相手をどのように追い込むのか。その思考が無ければ話にならない。

 


「悪いが、こっちは中佐から許可をもらってる。こちらを優先させて欲しい」

 僕がそう言うと、不機嫌な表情を見せる。

 そして、渋々といった感じでコクピットから出てきた。


 入れ替わりにコクピットに入り込んでみるが、S3よりも狭く感じた。

 シートやコンソールの位置を調整し、作業を開始する。


「何をしてるんですか?」


「操縦系の仕様を変更している」

 記録媒体のカートリッジをポートに挿入しようとすると、彼女の手がポートを塞ぐ。


「どうしてそんなことを!?」


「ベーシックOSも使えないような機体に命は託せない、任務遂行のためにも自由に動かせるようにしたいんだ」

 

 彼女の手をどかし、カートリッジを挿入。

 コクピットのコンソールを操作し、機体のステータス情報を表示させた。

 携帯端末を搭載機器に接続、内部データからOSと操作系の情報が端末の画面に表示される。


「この機体は特別なんです。あなたに好き勝手にされるわけにはいきません」


 コクピットに身体を突っ込み、僕の端末を奪おうとしてきた。

 そんなヒカリの腕を抑え、なんとか追い出す。

 

 そうしている間にも、内部データの読み取りが進んでいる。

 間もなく、機体の推進機器の配置や駆動系に関するデータの収集が終わった。




「ヒカリ、いくつか質問がある」


 収集したデータを横目に、コンソールを操作して武装の一覧を表示させた。

 そこには前回使用した兵装の名称が並んでいる。


「航空戦艦を無力化した時に使った、BIDという兵装は一体何なんだ?」

 抽出したデータから読み取ろうと試みたが、どうやら機体本体とは別のシステムで動いているらしい。

 

 後席の操作系で制御出来ない以上、前席のコンソールでしか使えないはずだ。

 


非探知型超深度無人攻撃機Blind Intrude Drone――」


 耳にしたことがないような名称を、ヒカリは口にする。

 それが航空戦艦を攻撃した小さな何かだということはわかった。

 

 だが、背中にある翼のようなバックパック、そこに羽根のように付いている部品が独自に動き攻撃するとはとても思えなかった。


「それで、BIDはどうやって制御するんだ? 火器管制の方も操縦桿のような入力デバイスが――」

「――脳波です」


 ヒカリは当然のことを語るように、言い放つ。

 涼しい顔をして、とんでもないことを口走るものだ。



「脳波だって?」


「はい」


 搭乗時に思考操作や脳波パターン、という話をしていた。

 おそらく、BIDを運用するためにそうした面倒なシステムが用意されているのだろう。


 

 標的を正面に捉えるだけで攻撃できる。

 便利な装備だが、特定の人間にしか使えないのでは兵器としての信頼性は低い。

 そもそも、小型攻撃機を飛ばして遠隔攻撃するというのは空想的な話だ。

 そんなことをするよりも強力な火砲、大量のミサイル、初速が出るライフル、大量の弾薬を携行できる機関砲、そういった武装を選べる汎用性の方が重要だ。


 そもそも、BIDが無かったとしても、この機体には武装が多すぎる。


 7.62ミリ対人機銃。

 両腕の20ミリ機関砲。

 艦船並みの出力が必要なレーザーブレード。

 とんでもない初速と精度の88ミリレールガン。

 独自規格のランチャーに収まっている200発のマイクロミサイル。


 ストライカーという機動兵器にこれだけの兵装を搭載してしまうことが、狂気そのものだ。


 通常、ストライカーは戦場を選ばないという点において有用性を発揮する。

 武装を変更することで任務や役割にあった能力を得て、パイロットのスキルを反映する。


 しかし、ルクスに搭乗することになるパイロットはあまりにも多くのスキルを身に付けなければならない。

 遠距離に対応するには、長距離射撃の知識やシステムに精通する必要がある。

 近距離戦闘では動体視力と空間把握能力が求められ、激しい空戦機動を行う格闘戦においては強靱な肉体とメンタリティが必須だ。


 だが、目の前に居るヒカリ・タカノという少女にそれが備わっているかどうかは、言葉にするまでも無い。


 おそらく、僕ですら無理だ。

 何かに特化することは難しくない。


 ルクスに乗るということは、全てを高水準に保ち、各分野の専門家スペシャリスト以上のパフォーマンスを発揮しなければならないのだ。

 そんなことが出来るパイロットは、世界がどんなに広くても1人もいないだろう。


 この機体と同じく、狂気そのものだ。

 機械のようにセオリーを貫き通し、精密に操縦し、一寸の狂いの無い精度で攻撃をする。

 それではパイロットが人間である必要は一切無いはずだ。


 パイロットというのは専門職だ。

 なんでもやれるということは、強みが無いということでもある。

 誰かに勝てないパイロットはその時点で、誰も背中を預けられない。


 ルクスという機動兵器は戦場を一変させる性能を持っているのは違いない。

 だが、あくまで『たった1機』なのだ。

 予備の装備や部品は少なく、おまけに独自のシステムを採用している。

 そんな機体をたった1隻の母艦と直掩機だけで運用するのは多少の無理があるのは明白だ。


 あらゆる状況において、組織的運用の最小単位は「2」だ。

 歩兵、パイロット、軍事的な活動では単独行動はとても危険とされる。

 だからこそ、この新型機を単機運用することはリスクでしかない。



 本来なら同等の性能を持つ機体と組むべきなのだが、現状でそんな機体が存在するとは思えない。

 つまり、最小単位の「2機編成」を実現することができないのだ。



 精一杯の不服の意思を示すようなヒカリを横目に、僕はルクスの解析を続ける。

 操縦や挙動に必要なデータを記録媒体にコピー、最後にフットペダルや操縦桿の感触を確かめ、僕はコクピットから出た。


「このデータがあれば充分だ、あとでOSを書き換えさせてもらう――」

「――そうはいきませんッ!」


 ヒカリは僕に人差し指を突きつける。

 ヘルメットを脇に抱えながら、彼女は大声で言い放つ。


「あなたを、この機体のパイロットとは認めません」

 彼女の堂々とした一言は格納庫中に響き渡り、そこにいたクルー全員の視線を集めた。

 それを意識してるのか、彼女の顔が微かに赤くなる。


「しかし、中佐から許可は……」

「――み、認められません!」


 睨みを利かせるようにヒカリは目を細めた。

 だが、彼女の許可を得る必要性は全く無いのだ。


「脳波データのサンプリングと思考操作の訓練をすれば、この機体は僕でも完全に制御できるようになるんだろ?」

「理論上ではそうなりますが……」


「ならば、それで問題無いな」

「大問題です!」


 ヒカリが1歩分だけ接近。

 そして、自信に満ちた表情を僕に向けた。


「わたしが正規パイロットですから」


 彼女の言い分は間違ってはいない。

 書類上では正規パイロットとして扱われているのは僕も知っている。


 だが、10代の少女を「書類に書かれているから」というだけで戦場に行かせるわけにはいかないのは当然だ。


 ゲイツの教官としての仕事は信頼できる。

 だが、どう考えても彼女を一人前のパイロットと認めるためには様々なものが足りていない。



「それに、あなたはパイロットではなく戦闘員だったと聞きました。素性も信頼できないと――」


 僕を快く思っていない連中は多い。

 その筆頭であるパイロット組が全員戦死したから、少しは落ち着いたと思っていたがそうでもないらしい。

 その話を聞いたのか、彼女は僕を敵視しているのだろう。


 誰よりもルクスを理解している。

 それが自身の優位性である、と彼女は思っているらしい。



「そんなあなたに、この機体を任せることはできません……わたしが、1人で乗ります」



「乗りたければ乗ればいい。撃墜されるか、拿捕されて機体ごとテロリストに鹵獲される運命を辿ることになるだろうけどな」


 彼女の腕はわからないが、敵機を撃墜しないという信条を掲げている限り、戦場において『安全』を確保することができない。

 それがいつか、命取りになるだろう。



「――な、なんですって……っ!!?」


 唐突に、ヒカリの表情が驚愕に染まる。

 わなわなと身体を震わせ、感情が昂ぶったせいか一筋の涙が頬を伝う。



「あなたなんかに、絶対負けてません!!」


「……いや、僕は敵じゃないが?」

 

 すると、周囲が騒がしいのに気付く。

 見回してみると、クルー達に囲まれていた。全員がまじまじと僕とヒカリを眺めている。



「はっきりさせましょう」

 堂々とヒカリは言い放つ。



「あなたとわたし、どちらがストライカーパイロットとして強いかを!」


 より一層、盛り上がっている人だかりの熱気を浴びつつ、事態が面倒な方向に転がってしまったことに、僕は肩を落とすしかなかった。


 話はあっという間に艦内に伝播し、知らぬ間にミランダ中佐が必要な書類と手続きを済ませてしまっていた。

 僕の意思や考えを汲み取ってくれるはずもない。


 戦闘員やパイロットの大損害を受けたクルーたちのストレスは予想以上だったらしい。

 その捌け口として、僕とヒカリの模擬戦が見世物のように行われることになった。



 堂々と挑戦を公言したヒカリに向けられる期待は厚い。

 一方、僕は悪役だ。

 大人げないと言われるかもしれないが、彼女自身の命だけでなく最新鋭機を守るためには彼女を正規パイロットとして単独で搭乗させるつもりはない。


 戦場での最小単位を確保しても、僕はヒカリを守りながら戦う余裕は無いだろう。

 だが、僕は自分の身を守ることは長けている。

 同じ機に搭乗すれば、彼女の身も守れてるし、ルクスを最大限に運用できるだろう。



 そのためには、彼女に納得してもらう他無かった。

 だから、これは……必要な戦いなのだろう。



 着々と進んでいく模擬戦の準備を見ながら、僕はOSの調整を進める。

 最新鋭機であるルクスに対峙するには、S3では性能が釣り合わない。

 それでも、僕は負けるわけにはいかなかった。


 ヒカリ・タカノとルクス、その双方を戦友に託された。

 その約束を守るには、彼女を納得させるしかない。

 パイロットとして、個人として、信用してもらわないとならないだろう。


 その第一歩が、つまらない喧嘩の解決。

 ――やれやれ、面倒なことになった。


 それでもやるしかない。

 

 僕は、戦うことしかできない人間だから―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る