第1章:燻る戦火 

 〈UNBCブリザード〉は無事に新型ストライカーを収容、戦闘空域を離れる。


 予定通り、味方の勢力圏に到達。

 クルーやオペレーターは酷く疲労していた。国連軍航空プラットフォーム基地での戦闘状況から10時間が経過しているが、それでも緊張は抜けきらない。


 

 私も疲れていた。さっさとシャワーを浴びて、ベッドで眠りたい。

 それでも、上官――国連軍司令官に報告をしなければならなかった。


 ふと、自分の首にぶら下げているドックタグを見た。

 空軍時代に与えられたものだ、そこには自分の名前がプレスされている。


 『ミランダ・バーンズ』

 どこにでもいるような名前、ありふれたキャリア、負けず嫌いのストライカーパイロット。

 

 空軍時代、私はただの歯車だった。

 ストライカーという機動兵器を動かし、部隊をまとめ、友軍と連携し、戦略の一部として戦う。そして、合衆国空軍という巨大な存在の部品でしかない。

 空軍が掲げる大義を前に、私個人の意思や主義を汲み取ってもらえるわけがなかった。


 だからこそ、私は……自分のために戦うことを選んだ。

 しかし、今も変わらず、誰かに命令されている。


 だが、それは無くてはならないものだ。

 誰かが許可を出すから、私達は戦うことができる。

 そうでなければ、ただの人殺しだ――




「――艦長、国連軍司令部からです」

 男性オペレーターが告げる。

 

 私は座席のヘッドレストに掛けていたインカムを装着し、手元にあるモニターを手繰り寄せる。

 モニターアームを調整し、定位置に持ってきた。


「繋いでちょうだい」


 オペレーターは返事をするかわりに、通信を艦長席の端末に転送した。

 間もなくして、モニターに男性が映り込む。


 執務室のようだ。彼が背にしている壁に荒鷲の剥製が飾られていた。

 初老の将校が、わざとらしく咳払いする。



「疲れているようだな、バーンズ中佐」

 将校はそう言って、白髪交じりの頭に乗っている軍帽を手に取り、ゆっくりとデスクに置いた。


「いえ、大丈夫です。少将」


 〈ジョナサン・ブラウン〉少将、国連軍の副司令。

 色んなセクションを統括し、私達のような国連軍を支援する民間軍事企業との窓口のような存在だ。


 だが、私にとってはそれだけではない。

 かつての上司、恩師とも言えるべき人だ。 


「基地司令から大体は聞かされたよ、大変だったね」

 少将は眉間の皺を指でほぐしながら、そう言った。


 おそらく、私達より先に基地から報告があったのだろう。

 こちらから既知の情報を伝えても意味が無い。だとすれば、私が語れるのは結果だけだ。



「——ゲイツ・クリューガ大尉とは、どんな人物だったのかね?」


「……彼は、癖のある方でした。戦場でも荒々しい手法がお好みでしたからね」

 ゲイツ大尉とは直接の面識は無い。

 私がパイロットとして現役だった頃、同じ戦場を共にしたことがある。


 そこで彼の部隊の強さを見せつけられ、空軍の再編成――パイロットの戦術教育の重要性を、私は上層部に進言したのだ。

 パイロットは消耗品ではない――そう、思いたかったのかもしれない。


 『スタジーグの決戦』と呼ばれた17日間の戦争、AMUとUSMの正規軍が偶発的に衝突してしまった戦闘。

 そこでゲイツ・クリューガとその部下はエースと称えられるほどの活躍をした。

 以降、彼は自身の才能を示すかのように世界を転々とする。



「惜しい男を亡くした……そういえば、あの新型機はどうやって動かしたんだね? たしか、正規パイロットは教育中だったと聞いたが……」


「戦闘員の中にストライカーの操縦経験がある者がおりました、緊急時の措置として彼に……」


 ユーリ、元テロリストの経歴を持つ戦闘員。

 大尉の護衛をしていたというが、それが事実ならば彼を殺せる立場にいたということになる。

 艦内でも幾度かストライカーパイロットとの衝突があったし、私に何度も専用の機体を用意しろと言ってきたことがある。


 もしかしたら、大尉を襲撃した首謀者なのではないだろうか。

 そうでなければ、パイロットになるために大尉を殺して機体を奪ったという可能性もある。

 彼の信用できる経歴というのも、ゲイツ大尉と同じ民間軍事会社に所属していたというだけだ。

 それを証明できる人物も、物的証拠も無い。


 ——彼に、あの機体を託すわけには……



「——バーンズ君、何か考えごとかい?」


「失礼しました……」


 ゲイツ・クリューガは、死んだ。

 重機の部品を置く保管庫、そこで射殺されたらしい。

 通路では激しい銃撃戦の痕跡があったという話だが、私が直接現場を見たわけではない。偽装した可能性も充分に考えられる。


 ユーリとテロリストがまだ繋がっていないという保証はどこにもない。

 むしろ、状況としては彼にとって都合の良い方向へと転がっている。


 テロリストの一味であるかどうかはさておき、彼はストライカーパイロットのポジションを欲しがっていた。

 現状、配置されていたパイロットは全員戦死している。


 予備の機体が何機かあるが、私が搭乗すればいい。

 そうすれば、彼がストライカーを占有することを防げるはずだ。



「……君の悪い癖だ、疲れている時はそう言ったらどうなんだ? 報告が1日遅れるくらいでクレームを入れるつもりは無いぞ」


「申し訳ありません、パイロットが私だけになってしまったもので……」


 後悔しても仕方無い。パイロットの補充は後で考えることにして、今は私達の未来を変えることに注力しなくては……


「報告書は出来ています。今、送りました」

 手元の端末で作成しておいたレポートデータを送信する。

 すると、早速データを閲覧しているのか、少将の視線が横の方に向けられていた。


 短い沈黙の後、少将は訝しげな表情をする。


「君はパイロットがいないと言ったな」

「ええ、信用できるパイロットという意味です」


 報告所にはユーリのことも記載している。

 また、新型機についての情報もそのまま添付していた。



「君は彼のことを知らないようだな」


「彼……? ユーリ軍曹のことでしょうか?」


 書類以上のことは知らない。

 むしろ、信用できない。


 彼自身が多くは語ろうとしないというのもある。

 コミュニケーションも最低限、口を開けば「契約と違う」「自分専用の機体を用意しろ」「いつになったら正式な回答があるのか」と何度も聞かされるのでは、顔を見るのも嫌になってしまう。


「アイアン・グリフォンズ社は知っているだろう?」


「ゲイツ大尉が所属していた民間軍事会社ですよね」

 今は無くなってしまったが、在籍していたパイロットの多くは訓練教官や戦術指導のインストラクターへと移行し、独立していったそうだ。


「彼はゲイツ大尉の燎機だぞ? それこそ、スタジーグの事件では30

機以上の撃破スコアを持っている」

「――そんなバカな!?」


 スタジーグの決戦は10年近く前の話だ。

 書類上では、ユーリは20代ということになっている。少将が言うことが事実ならストライカーのコクピットに子供が乗っていたということになるだろう。

 あまりにも現実味が無い、まるでコミックみたいな話だ。


「君は人事書類を読み飛ばしていたのか? 彼は凄腕のパイロットだ、戦闘員としての実力もなかなかだがな」


「……でも、他のパイロットとシミュレータで負けてましたよ。あり得ません」


 事実、私も彼の実力を確かめるために模擬戦を行った。

 もちろん実機を使えないからシミュレータ上でなのだが――


「彼は機体のOSや操縦システムを弄ることが得意なんだ、通常の操縦システムでは通用しない動かし方をするみたいでね」


 記憶の中から、微かにキーワードが浮いてきた。その断片的な記憶からなんとか思い出そうと試みる。


「もしかして……彼は、ゴーストって呼ばれていたパイロットでしょうか」

「いかにも、その通りだ」

 ――冗談でしょ?!


 ゲイツ・クリューガの相棒、大戦で30機もの撃墜数を残したパイロット。

 そして、交戦したパイロットが口々に言う。


『――まるで、亡霊ゴーストみたいだ』と――


 私は味方の立場にいた。

 だが、その『ゴースト』の動きを見たことがある。正面から接近し、突然視界から消える。気付くと、ダメージを受けている――常に死角から攻撃され、何も出来ずに撃墜されてしまうのだ。


 もちろん、私がその攻撃を受けたわけではない。

 撃墜されたパイロットを尋問し、その機体のレコードを復元して確認した。

 ガンカメラの視覚から一瞬で消えるなんて、そんなことができるはずがない。


 そんなマニューバをどのように実行するのかはわからない。

 だが、そんなテクニックを持っているならシミュレータ上でも再現できるはずだろう。


「しかし……」


「いいから、パイロットとして雇用しているんだ。試しにやらせてみたらどうだ?」

「元テロリストの戦闘員ですよ?」


「いいか、バーンズ君。彼がまだ内通しているという証拠はどこにあるのかね?」


 少将は大きな溜息を吐いた。

 その表情から落胆の色が見える。


「すみません……」


 いくら言い訳したところで、私が勝つことはない。

 国連軍の手足のように働いている我が社の人事権は、ブラウン少将が握っているのだ。


 

「とりあえず、補充要員はすぐには用意できない。ユーリ君をパイロットにしたまえ」

 ――言うのは簡単だけど……!


 つまり、信用出来ない人間に最新鋭機を乗らせるだけでなく、その改造や仕様の変更すらを許可しなければならない。

 もしも、修理もできないような壊し方をしたら誰が責任を取るというのだ。



「中佐、君は責任感が強い。だからこそ、妥協を許せないというのもわかる」

 

 少将は諭すように続ける。

 これでは、説教されているみたいじゃないか。



「次の補給でS3に搭載する新型装備を用意しよう、新型機だけでは不安だろう?」


「パイロットがいないのですが……」


 すると、少将は大袈裟に肩を竦めてみせる。


「やっぱり、君は人事ファイルを見ていないんだな。それでも指揮官なのかね?」


 事実だから何も言い返せない。

 私は直接指揮する艦内クルーの面倒しか見ることができない、そのために各セクションに部隊長のポジションを用意しているのではないか。

 最終的に責任を取るから全てを把握しろ――というのは、ただの横暴にしか思えない。



 苛立ちつつも、ユーリ軍曹の人事ファイルを展開。

 すると、ストライカーパイロットと戦闘員、2つ分のレポートがあった。

 

 中身に目を通すと、知っている情報がそこには書き連ねられている。

 その中に、戦技指導の経験があることが記載されていた。


 少なくとも、彼はゲイツ大尉とほぼ同じレベルの経験を積んでいはずだ。

 まだ20代と若いが、平均的なパイロットの搭乗時間には達している。

 そういう点では、魅力的な人材と言えるだろう。――元テロリストでなければ。



「……少将の言いたいことはわかりますよ」


 〈OHS-X1〉ルクスの正規パイロットである、ヒカリ・タカノ。

 彼女はまだストライカーパイロットとして使い物にならない。


 ただ復座として、ユーリとヒカリを運用するのではなく。

 彼にヒカリを教育させろ、ということだ。

 そうすれば、いずれは最新鋭機をヒカリに託せるし、ユーリには別の機体を任せられる。

 おまけに補充のパイロットも少なくて済むというわけだ。


 だが、ユーリを信用できない以上は却下だ。

 しかし、それをやらざる得ないのが現状である。



 私も元ストライカーパイロットだ。

 定期的に訓練しているし、自分のために予備機も調達している。

 だが、私は教官であったことは無い。優れたパイロットとも言えない。

 それだからこそ、ゲイツ大尉に期待するしかなかった……


「じゃあ、頼んだよ」


 少将はそう言うと、一方的に通信を切断した。

 

 ――全く、とんでもないことになったわね……

 10代の少女、信用出来ない元テロリストのパイロット、装備も人員も不足している強襲母艦、そこに自分の思い通りにならなくて苛立っている女艦長。


 〈UNBCブリザード〉は、運用されてから3年しか経っていない。

 まだまだクルーの習熟も進んでいないというのが現状だ。



 端末の電源を落とし、シートにどっかりと身体を預ける。

 重たい瞼を降ろし、眉間を指で揉む。目も頭も酷使して、すっかり疲労困憊だ。

 ブリッジクルーに休憩の指示を出そうとした矢先、スライドドアの開閉音が背後で鳴った。


 点灯していない端末の真っ黒な画面越しに、入ってきた男の姿を確認する。

 ヘルメットを抱えた、20代の男。その顔はついさっき端末の画面で見たばかりだ。


 彼はいつもと変わらず、堂々とブリッジを歩き、私の目の前にやってくる。

 無表情にしか見えない、仮面のような表情。そんなユーリ軍曹が口を動かそうとする前に、私から先手を打つことにした。


 上官に文句を言われ、人員補充も受けられず、私達はこのまま戦いに赴くことになるだろう。



 だから、妥協するしかない。

 この後、どうなるかなんて誰にもわかりはしないのだ。




「――軍曹、あなたをパイロットとして任命します」


 戦いでは、何が起きるかわからない。

 それでも、私は最善手を選んでみせる。


 ――もう、私は駒なんかじゃない。

 

 

 

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