断章:コウモリの末路

 薄暗く、清潔とは言い難い物置部屋。

 そこで、壁に背を付けたままの男が呻く。


 ゲイツ・クリューガ。

 世界初のストライカーを配備した民間軍事会社の部隊長をしていた男だった。


 歴史的な大戦を生き延び、空戦技を確立したエース。

 世界各国を飛び回り、インストラクターとして名を馳せていた。

 

 そんな男が銃弾を浴び、今にも事切れそうになっている。



 突然、倉庫のドアが開いた。

 ゲイツはその足音を聞いて、不敵に笑う。

 脂汗を浮かべた顔を、入ってきた人間に向けた。


「――あら、こんな所にいたのね」

 入ってきたのは、女だった。

 短く切りそろえた銀髪、エメラルドグリーンの瞳、国連軍将校の軍服姿が微塵も似合っていなかった。


「……始末しに来たのか」


「ご名答、さすがスパイは引き際がわかってる」

 彼女はホルスターから消音器が付いた拳銃を引き抜き、ゲイツの額に押し当てる。

 そして、ゲイツの顔を覗き込んでから、笑う。



「どう? あなたは充分に楽しんだでしょ? 大戦で活躍、世界各国から大先生と呼ばれて招致されて教官ごっこ。おまけに最新鋭のストライカーにも乗れた……これ以上にパイロットとして楽しいことってあるかしらね」


 だが、彼女の機嫌が一変する。

 額に押し付けられていた拳銃が動き、ゲイツの胸を撃ち抜く。

 肺が潰れて呼吸出来ないゲイツを踏みつけ、将校服の女は言葉を続ける。

 

「……どういうつもり? 本来なら、あれは私達の手元に来るはずだった。あの男ともそういう契約だったはずだけど?」






「……悪い、が――すり潰されるのは、お前だ。……ストレーガ――」


 



「あら、そうなの? 助言をありがとう」


 彼女は、ゲイツを見下ろしながら拳銃を構えた。

 そして、消音器によって抑えられた銃声、薬莢の跳ねた音が倉庫内で反響する。




「――悪い魔女の名前を口にしたら、『誰かに』殺されるって知らなかったのかしら?」


 女はクスクスと笑いながら、倉庫から出て行く。

 彼女の部下らしき隊員が床に落ちた空薬莢を拾い、頭と胸を撃ち抜かれたゲイツを死体袋へと収めた。



「英雄はきちんと埋葬しないとね、きっとたくさんの人が悲しんでくれるわよ」


 女は拳銃から消音器を外し、ホルスターに戻す。

 部下に預けていた軍帽を被り、死体袋のポケットにゲイツのIDタグを入れた。



「その英雄が、とんだ大嘘吐きだったとしても――」


 部下達に背を向け、女は歩き始めた。



「――弟子達はそれを知らないまま、泣いてくれるでしょうからね」


 その一団はそのまま区画を抜け、国連軍の警備本部に出頭した。

 ゲイツ・クリューガの遺体を引き渡し、その場を去った。


 数日後、彼の葬儀は出身国であるメニティ合衆国で行われ、数多くの軍事関係者が参列したという。



 そして、そこにはスレイプニール・アームズ社のメンバーは誰もいなかった――

 

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